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猫神は見守る

告白

作者: 翡翠


 主が泣いていた。

 

 この川辺の土手は私のお散歩コース、そこで夕陽を見ながら主が綺麗な瞳に涙を貯めて泣いている。

「待ってたよ、ゾネ」

 主は私を見つけると、私を抱きかかえる。

 きっと、私が来るのを待っていたのだ。

「ゾネは、相変わらず温かいね」

 私の頭の上から、主の涙声が聞こえてきた。

「ゾネ、聞いてくれる?」

 貴女は私が煩わしそうにしてたって、私に愚痴を言うのだから今更である。

 どうせ居眠りでもして怒られたとか、試験の内容が悪かったとか。

 

 そんなところだろう、そう思っていた。

 

「私ね、好きな人がいたんだ」

 その言葉が、私の猫目をさらに細めさせた。

「そいつね、クラスでも目立たない奴だったんだ」

 主は続ける、私の気も知らずに。

「だけど、すごく優しい奴なのはみんな知ってたから――」

 言葉の合間に聞こえてきた、嗚咽。

「いつか、誰かに取られちゃうかな~って思ってたんだ」

 無理やり作った弾みのある言葉、それでも私の頭に降る(なみだ)は止まない。

 今日は、こんなにも快晴なのに。

「結局、きょう――取られちゃったんだ」

 その時の事を思い出したのか、弾んだ声はすぐになりを潜める。

 そして主は、私の身体を抱き寄せる。

 壊さぬように。

 けど、食いしばる様に。

「私に、告白する勇気が――あったら」

 後悔の言葉を最後に、主の声は嗚咽だけになった。

 言葉から察するに、どうやら主は失恋というモノを経験したらしい。

 

 仕方のない事だ。

 主だってもう高校生だ、意中の一人や二人いたって不思議じゃない。

 多分しばらくの間は、私に愚痴を吐き続けるのだろうが構わない。

 主の言葉を黙って聞く事の出来るのは、私だけなのだ。

 

 私だけの、特権なのだ。

 

 だけど――貴女は知らない。

 

 いや――告白しよう、失恋なんて私はずっとしている。

 貴女に拾われて、貴女を見染めた時から私の失恋は始まったのだ。

 

 私がいくら愛を囁いても、貴女には届かない。

 私が貴女の頬を舐めても、貴女は笑って躱すのだ。

 だって私は猫だから、貴女に抱えられることはあっても貴女の隣に行くことは出来ない。

 私が貴女を選ばなかった男の代わりになる事は、絶対に出来ない。

 

 何故なら、私の名前はゾネ 。


 人間に恋いをした、猫である。

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