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8.異邦人たちの軌跡

 旅は平穏に進んでいた。特に獣や野盗に出会うこともなく、春子の体力を考慮したペースのおかげで途中でへばってしまうこともない。

 それに出来る限り村や街に宿泊出来るように計画してくれているおかげで、意外とストレスなく旅を続けられていた。


「明日にはミランの街に着くんでしたっけ?」

「ええ、この街を朝に出れば、昼過ぎくらいにはミランの街に着きます」

「神殿って初めてなので、ちょっと楽しみです」


 今日の宿泊地である宿屋の厩舎でフーディーのお手入れを手伝いながら、和やかに会話をしていた。

 一週間近く共に旅をしていれば、フーディーも春子達を受け入れてくれた。ただ、牝馬であるフーディーはファルディンのことが大好きらしく、あまり春子がファルディンと仲良くしていると威嚇をされてしまう。

 なので少しフーディーが不機嫌そうなのを感じて春子はさっとファルディンから離れ、ネジュの元へ行く。


「ネジュさん、明日はミランの街ですって。ネジュさんはミランの街に行ったことってあるの?」

「うん、一応。あそこはマイヤ神殿が中心の街だから、結構治安も良いし、春子さんも楽しめると思うよ」

「そうなんだ、楽しみ! ネジュさん、時間があったら街を案内してね」

「え……、ファルディンに頼んだ方が良いんじゃない?」

「ファルディンさんは多分忙しいんじゃないかなぁ」

「あ~……、そう、かもね」


 なんだか微妙な表情のネジュは、もにゅもにゅと呟くだけで約束はしてくれない。ここの所少し態度が変なネジュにさらに声を掛けようとするが、するりと宿の部屋に逃げられてしまった。

 小さな宿だが春子達は個室を確保できていたのだ。そのせいでより一層、ネジュに逃げられているように感じているのだった。

 しかし夕食時にはいつも通り、時々陰気な空気を発生させつつ和やかな様子のネジュに、追及するのを諦める。

 きっとネジュも、この旅に何か思うところがあるのだろう。


 そして夕食後。春子は、ファルディンの訪問を受けていた。

 騎士だけあって紳士なファルディンは、いつもは日が暮れてから春子と二人きりになることは避けているようだったのだ。それなのにわざわざ部屋を訪れたからには、何か重要なことがあるのだろう。

 少し緊張しながらファルディンを見上げると、碧い瞳を和らげて小さく笑う。


「不安にさせてしまいましたね。申し訳ありません」

「いえ……」

「明日、ミランの街に着いたらマイヤ神殿に向かいます」

「はい」


 真剣な表情で話し始めたファルディンと向かい合い、春子も居住まいを正す。

 真っ直ぐ見詰めた碧い瞳は、とても真摯で、切実な光を宿していた。


「神殿では私も立場があるので、少々貴女達への接し方が違うと思いますが、ご了承ください」

「ええ、それは分かっています」

「すみません。…………貴女は、ちゃんと考えられる人だと、思っています」

「え……?」

「こちらをどうぞ」


 そう言ってファルディンが差し出すのは、一冊のノートだった。見た目は比較的新しく、表紙には何も書いていない。

 一体何なのかと首を傾げながら受け取ると、ファルディンは真剣な眼差しで春子を見据える。


「きっと、それは貴女の助けになるでしょう。……どうか、貴女の望むべき道を、選んでください」

「……ええ、もちろんです」


 とても真摯なその言葉に、春子はしっかりと頷く。

 きっと、これは重要なことなのだ。忘れてはいけない。


 詳しく説明されなくても、そう思えた。

 だから春子は、ファルディンが部屋から出ていくとすぐに、渡されたノートを開いてみる。

 ノートの中には、きっちりとした美しい文字が並んでいた。これは、ファルディンの字だろうか。

 そんなことを考えながら文字を読み進めるうちに、これは幾つかの逸話をまとめたノートであることを理解する。



 ある男は、類稀たぐいまれな武勇を誇り、数多の魔獣を倒した。そして魔獣の被害にあっていたとある国の王女と結婚し、幸せな生涯を送ったという。

 とある少女は、特別な癒しの力を持ち、いくつもの奇跡を起こしたという。そして神殿に尽くした彼女は、今でも聖女として祀られている。

 とある青年は、不思議な知識で街を盛り立て、一つの国を作り上げた。しかしその繁栄を妬んだ周囲の国に襲われて、その国と青年は滅びてしまった。

 とある老人は、非常に多彩な魔術の才を持っており、惜しみなく周囲に力を貸していた。しかしその才能を欲した各国が争い、多くの者が傷付け合う状況を憂い、森の中へと消えていったという。



「特別な力は”贈り物”…………? これは、過去の異邦人たちの、はなし……?」


 ノートを読み終え、愕然と呟いた春子の声は、静かな夜の空気に溶けていった。

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