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5.ご飯のあとで

 日もとっぷり暮れたころ、食卓にはネジュ特製の夕食がずらりと並んでいた。

 チーズたっぷりのミートグラタンに、贅沢に生ハムがたっぷりと乗ったサラダ、熱々のコンソメスープ。そして前日にマールの店から買っていたバケットをカリカリに焼いたもの。

 先程いじけてしまったからか、いつもより少し豪華で、春子の好物だらけだ。


 正直まだ機嫌は直っていなかったが、食べ物に罪はない。とろとろに溶けたチーズが魅惑のグラタンにスプーンを突き刺し、一口食べる。火傷しそうなほど熱いが、濃厚なミートソースとクリーミーなチーズの組み合わせがたまらない。

 思わずふわりと笑みを零せば、心配そうに伺っていたネジュがほっと息を吐く。随分と心配していたようだ。

 それからは他愛もないことを話しながら、和やかな夕食となった。


「ファルディンさんは、王都から来たんですか?」

「いえ、私はミランの街からです。迎えの者は最寄りの神殿から派遣されるのですよ」

「へ~。ミランって、この辺で一番大きな街でしたっけ?」

「そうだよ。僕の申請もミランの神殿に出したしね」


 この世界は郵便もある程度しっかり整備されている。ネジュはこの街からミランの街にあるマイヤ神殿宛てに、郵便で春子の異邦人申請とやらを出したらしい。ほぼ薬屋に引きこもっているネジュが、いつの間に申請したのかと思ったら、そんなからくりだった。

 ふむふむと頷いていると、ファルディンがふと思い出したというようにネジュに問う。


「そういえば、ネジュ殿は魔術学院を卒業されているのですね?」

「あ~……、はい、まぁ……一応。ギリギリでですけどね」

「魔術学院……?」


 首を傾げる春子に、ネジュが渋々説明してくれる。かなり気乗りしない様子で、どうやら学院を思い出すのも嫌なようだ。


「王都にある、この国唯一の魔術師を育成する学校なんだ」

「魔術師、と名乗るには魔術学院を卒業していなくてはいけないんです」

「へぇぇ! じゃあネジュさんは、王都から来たの?」

「うん、まぁ……。王都は、好きじゃなかったから……」


 どんよりと陰気な空気を漂わせ始めたネジュに、これ以上話を聞くのは危険だ。ちらりとファルディンとアイコンタクトで会話をし、話題を切り替える。


「ハルコ嬢は、こちらに来る前は?」

「んっと、学生でした。学校に通いながら、アルバイトでお店の店員もやったりはしてましたけど」

「あるばいと、ですか?」


 どこか舌足らずな発音のファルディンに、思わず小さく笑ってしまう。そして少し考えながら、説明をする。


「ん~……、本業とは別に、短時間のお仕事をしてたんです。お小遣い稼ぎ、ですかね」

「そうなんですか。勉強だけでなく仕事も……。学校では、何を学んでいたんですか?」

「私の国の、過去の文学を学んでました」

「文学ですか……」


 曖昧な表情のファルディンに、春子も微妙な笑みを返す。日本でだって、将来の就職に繋がらないと言われていたのだ。異世界に来てはもう何の役にも立たない知識だ。

 きっとファルディンもそう思っているだろう。


 微妙な空気のまま夕食は終わり、ファルディンは宿へと戻っていった。そして相変わらずキッチン立ち入り禁止な春子は、皿運びだけして先に入浴を済ましてしまう。

 お風呂に関しては、春子が使えないと困るからと、魔石タイプに切り替えてくれていた。おかげで、お風呂を破壊することもなく、一人で入浴を楽しむことが出来るのだ。

 そして湯上りのほかほかした気分で何気なく居間を覗いてみると、ネジュがどんよりとした空気を発生させながら佇んでいた。

 椅子にも座らず、部屋の片隅で立っているその姿は、少々怖い。


「ネジュ、さん?」

「っ! は、るこさん……!?」

「どうしたの? そんなところに立って?」


 恐る恐る声を掛けると、ビクリと肩を震わせたネジュが振り返る。おどおどとしたその様子は、いつも以上に覇気がない。


「疲れちゃった? お風呂空いたから、ゆっくり浸かってきたら?」

「ううん。……春子さん、ちょっとそこに座ってもらっても良い?」


 近付いて腕に触って見上げれば、少し目元を赤くしたネジュがふるふると首を横に振る。そして居間のテーブルの方を指す。

 どうしたのだろう、と思いながらネジュと共に居間のテーブルにつく。しかししばらくしても、ネジュは俯くばかりであった。


「ネジュさん、どうしたの?」

「その…………。春子さん。コレ、貰ってくれる……?」


 沈黙に耐えかねて声を掛けると、ネジュが俯いたまま上目遣いで春子を見る。

 そしてそろり、と差し出してきたのは銀色の細めのバングルだ。中央に一つ、小さい水色の石が嵌っており、その石の周囲には花のような紋様が彫り込まれている。

 シンプルだが、可愛らしい一品だった。


「わ、腕輪! これ、もしかしてネジュさんが作ったの?」

「うん……。魔力制御の役に、立つと思って」

「魔力制御に……!?」


 テーブルに乗せられていたバングルを手に取り、まじまじと眺める。見た目はただの装飾品に見えるのに、魔力制御に役立つというからには魔道具の一種なのだろう。

 不安そうにしているネジュを見上げ、にっこりと笑う。


「嬉しい。これ、着けていいの?」

「……うん。着けてくれると、僕も嬉しい」


 へにゃり、と笑ったネジュの頬は、ほんのりと赤く染まっていた。

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