20.ざまあみろ
パーシュの街を出た一行は、その後は特に問題も発生することなく、無事王都へと到着したのだった。
ただしファルディンの悪だくみの結果、ネジュは失踪したとグディアムたちには伝えられていた。手紙を見つけた後探しに出たが、見つからなかったという筋書きだ。
その報告を受けた時、グディアムは表面上は困惑し、悲しんではいた。しかし、特にネジュの捜索に時間を割くこともせず、予定通りに王都へと向かうことにしたのだった。
予想はしていたが、なかなか腹立たしい対応だった。
「ハルコ様、お疲れ様です。王都では、色々と手続きがございますが、どうぞわたくしを頼ってください」
「グディアムさん……。ありがとうございます」
ネジュが居なくなってからというもの、グディアムは笑顔が絶えない。そして何かと話しかけてくる頻度が上がっており、正直かなり面倒だった。
春子は愛想笑いを浮かべ、適当に受け流す。
異邦人登録自体は簡単だ。いくつかの書類にサインすれば良いだけなのだ。
ただ、異邦人がもつ”贈り物”が何なのかは、ゲームのステータスのようにどこかに表示されるものではない。おかげで春子は色々計測を受けたり、テストを受ける日々を送るハメになった。
魔術を使える人間が見れば、春子の魔力量が尋常でないことは一目瞭然だった。だから、春子の”贈り物”はほぼ間違いなく、この膨大な魔力だと思われてはいる。
しかし、もしかしたら別のものの可能性も無いとは言えないため、形式通り約1週間かけて”贈り物”の測定をされていたのだった。
そして一連の測定の最終日。ついに春子の魔力量を測る時がやってきた。
グディアムからは早く魔力量を測るよう圧力を掛けられていたのだが、明確に数値として魔力量が判明すると色々面倒だということで、無理やり一番最後に回していたのだ。
そのおかげで魔力測定の場にはグディアムまでも押し掛けて来ていた。
「さぁハルコ様。早く魔力量を測定しましょう」
「グディアム助祭。もしもの可能性が有りますので、もう少しお下がりください」
「何があるというのだ、ファルディン」
「その……。ハルコ様は以前、簡易計測器を爆発させております」
「なっ…………」
声を詰まらせて後退るグディアムに、春子は半眼になる。嫌なことを思い出したうえに、酷い対応だ。
苦笑しているファルディンも、わざわざ言わなくても良いのに、いじめだろうか。
今回の魔力測定には、王都の神殿関係者も沢山居るのだ。変な印象を持たれては堪らない。
ぐるりと周囲を見回せば、何人もいる神官たちは皆、何事も聞いていなかったというように無表情だった。引かれていないのは良かったが、これはこれで怖い。
そんな神官たちの中に1人、ローブのフードを深くかぶった長身の人を見つけた。
春子が唇の端を持ち上げると、フードの人はびくりと体を震わせ、フードから覗く口元をもぞもぞとさせる。怯えたような反応に、春子は眉間を微かに寄せてしまう。
そんな一幕をさりげなく見ていたファルディンも、片眉をわざとらしく上げていた。しかしその事には特に触れず、春子を魔力測定へと誘導する。
「ハルコ様、こちらへどうぞ。トゥール司祭、どうぞよろしくお願い致します」
「はい。それでは、魔力測定を行いましょう」
そう穏やかに宣言したのは、初老の神官だ。ファルディンがトゥール司祭と呼んだその人の前のテーブルには、乳白色の石のようなものが置かれていた。
漬物石に使えそうなくらいの大きな石は、つるりとした綺麗な楕円形をしている。これで魔力測定をするのだろうか。
小さく首を傾げる春子に、トゥール司祭は柔和な笑みを浮かべた。
「ハルコ様。こちらの石の上に、両手を乗せてください」
「こう、ですか?」
「ええ。そのまま落ち着いて、ゆっくりと呼吸をしてください」
誘導されるまま、楕円形の石を覆うように両手を乗せ、ゆっくりと呼吸を続ける。この後何が起きるか分からないが、とりあえず気持ちを落ち着かせることだけに集中する。
そんな春子の様子を見て小さく頷いたトゥール司祭は、低く落ち着いた声で何かを詠唱し始めた。
言葉の意味は分からないが、とても気持ち良い声だ。朗々と紡がれる詠唱の言葉は、荘厳で厳粛な気分になる。
そしてそんな短い儀式のような時間の後、春子が両手を置いている石がほわりと輝きだした。
目に刺さるような鮮烈な光ではないが、部屋を満たすほどの光であった。
「これは……!」
「なんと。凄まじいですね」
「一体何ですか……?」
トゥール司祭やグディアムたちが口々に驚きの声を漏らす状況に、春子は首を盛大に傾げた。何が凄まじいのだろうか。
困惑する春子に、驚きから立ち直ったらしいトゥール司祭が穏やかな笑みで説明してくれる。
「申し訳ございません。魔力測定の際に、ここまで石が光ることがなかったので、驚いてしまいました。さて、手を離してしまって構いません」
「はい……」
「さて、魔力量ですが……。1,608、ですね。やはりすごい数値です」
「1,608……?」
「なんと! 素晴らしい!!」
確かネジュの魔力量が300程で、ファルディンでも900程だったはずだ。1,608というのは、間違いなくかなり多いのだろう。
グディアムが大仰な拍手をしながら歓声を上げる。
「さすがハルコ様です! こんなに豊富な魔力があれば、様々な活躍が出来るでしょう」
「えっと、いやぁ……」
「どうされましたか?」
「あの、私は元の街に帰るので。活躍とか、そういうのは……」
「何故ですか! 王都でその”贈り物”を活かすべきです。あのような街よりずっと良い暮らしも出来ますし、それにファルディンも」
「や、ファルディンさんとは何もないですし。それに、あの街での生活が気に入っているので」
早口で詰め寄るグディアムに引きつつ首を横に振れば、憤怒の表情でファルディンへと振り返る。
「ファルディン! お前は一体何をしていたのだ!」
「何を、と仰られましても。ハルコ様は既に伴侶をお持ちですので」
にこやかに告げたファルディンは、フードを被った神官を手招きする。そしてその人は春子の隣に立つと、フードを外す。
「お久しぶりです、グディアム助祭」
「なっ……!?」
慇懃無礼に挨拶をするのはネジュだ。失踪したことにしつつ一緒に王都に来たネジュは、神官のふりをして神殿に潜んでいたのだった。
春子の右手を取ったネジュの左腕には、春子がしているのと同じデザインの腕輪が嵌められている。
先日パーシュの街で思いを告げた後、春子が着けているのと対となる腕輪を見せながら、実は魔力制御の腕輪ではないのだとネジュは教えてくれた。そして神官が祝福を付与すれば、立派な対の腕輪になると聞き、すぐさま神官位を持つファルディンに祝福を付与してもらったのだ。
そして王都の神殿で、ファルディンが懇意にしているというトゥール司祭に協力してもらい、伴侶の誓いも交わしたのだった。
「ハルコ様とネジュ殿は、既に伴侶の誓いを交わされております。そんなお二人を、引き離すことなど出来ません」
「そんな、馬鹿な! 聞いていないぞ!!」
「まぁ、報告しておりませんので」
そう言うファルディンの笑みは、とても黒い。
「グディアム助祭、異邦人を私的に利用することは許されておりません。今回の行いについて、審問が行われるでしょう」
「何のことだ! わたくしが何をしたと言うのだ」
「ハルコ様の意思ではなく後見人に就こうとしたことは、私的利用のための手段だと見なされます。それに私への命令や、ネジュ殿の証言があれば、懲罰は免れないでしょう」
「何故だ! お前も、わたくしに従ったのだろう!?」
顔を赤くし、言い募るグディアムはいっそ憐れだった。
トゥール司祭を始めとした、魔力測定の立ち合いに揃っていた神官たちも、眉を顰めていた。
「グディアム助祭、貴方はあまりにも神殿内政治に向いておられない。そもそも私は、貴方の陣営の人間ではありませんよ」
「な……」
「貴方はミランの街の神殿に着任して、自分の陣営を作り上げたつもりでしたのでしょうが、全ては神殿長の采配です。元々貴方がミランの街の神殿へ異動させられたきっかけも不祥事だと聞いております。そんな人間を野放しにするほど、神殿も甘くはありません」
「そんな……」
がくり、と膝を付いたグディアムは神官たちによって、別室へと運ばれていく。こんな部外者だらけの場で、なんとも酷い断罪劇だった。
思いっきりため息をついた春子に、ファルディンが頭を下げる。
「巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「最初っから、グディアムさんを始末する予定でした?」
「期待はしていました」
小さく笑うファルディンに、春子は眉間に皺を盛大に寄せる。
色々面倒な目に合ったし、不安に思う日々もあったのだ。神殿という組織が嫌いになりそうだ。
もう一度大きなため息を吐く春子の肩を、ネジュがそっと撫でる。そして思い出したようにファルディンへと問う。
「それにしても、こんだけ杜撰なグディアムはよく助祭になれたもんだね」
「ああ、そのことですか。グディアム助祭は、元々は別の街の神殿で、とある司祭の腰巾着をしていたんです。それで甘い汁を吸いながら、地位も上げていたのですが、以前の不祥事でその司祭は失脚しまして。しかしグディアム助祭は処罰を免れ、ミランの街へ異動してきたんです」
「ふーん。それで、グディアムを片付けるために春子さんを利用したんだ」
とげとげしいネジュの物言いに、ファルディンは小さく笑いを返すだけだ。否定をしないということは、利用したことは事実なのだが、流石に言葉にして肯定することも出来ない、ということだろう。
もう一度ため息を吐いた春子は、小さく呟く。
「もう帰りたいなぁ……」
「そうだね。ファルディン、もう手続きとかは終わりだよね?」
「ええ。色々こちらの都合に巻き込んでしまいましたので、後のことはこちらに任せて頂ければと」
「そう」
淡々と頷いたネジュは、そっと春子の手を取る。そしてどこか未だに不安そうに、春子へと問い掛ける。
「じゃあ、僕たちの家に帰ろうか?」
「うん。もちろん!」
春子は大きく頷く。そしてネジュの手をしっかりと握り返し、にっこりと微笑むのだった。




