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18.波乱

 ”花祭り”の翌日は、祭り中何かと忙しかったというグディアムの要望で出発は見送られた。そのため一日お休みなのだが、春子は何故だか胸騒ぎがして朝早くに目が覚めた。

 そしてその予感のままに、ネジュの部屋に押し掛ける。


「ネジュさん……?」


 ノックをしても何も反応がなかったからと勝手に扉を開けると、中にはネジュは居なかった。それどころか部屋はすっきりと片付けられ、荷物は全てなくなっている。

 どう見てもネジュが出ていってしまった様子の部屋に、春子は絶句した。


 ふらふらと覚束ない足取りで部屋に入る。

 小さな部屋だから、どこかにネジュが隠れて居る訳なんてない。でも、信じ難くて周囲を見回した。なにか、残されているものはないか。

 そんな思いで部屋の中を探していると、備え付けられた小さな書き物机の上に、一通の手紙を見つける。

 宛名は春子だった。


 すかさずその手紙を読み、春子は大きくため息を吐く。

 無意識に、くしゃりと手紙を握り潰していた。


「ネジュさんのバカッ……!」


 それからの春子の行動は早かった。

 お休みだろうが、早朝だろうが関係ないと問答無用でファルディンの部屋に押し入り、ネジュの手紙を突き付ける。


「ハ、ハルコ嬢!?」

「ネジュさんが、一人で帰りました」

「ネジュ殿が……。手紙を拝見させてください」

「ええ、どうぞ」


 静かに、しかし素早く手紙に目を通すファルディンを待ちつつ、春子は手紙の内容を思い出す。

 手紙には、自分は邪魔者だから帰る、春子に幸せになって欲しい、といったことをつらつらと書かれていた。


 ネジュは、何を言っているのだろうか。何、勝手に決めつけて、勝手に行ってしまったのだろう。

 もっと早く、ネジュを捕まえて話をすべきだった。早く、ネジュに思いを告げるべきだった。

 後悔と怒りと、悲しみがない交ぜになった気持ちが胸の中をぐるぐると回る。強く強く手を握り、爪が食い込んでいることにも気付かなった。


「ハルコ嬢、手が傷付いてしまいます」

「……ファルディンさん」


 そっと握り締めた手に触れられ、はっと顔を上げる。手紙を読み終わったらしいファルディンが、心配そうに春子を見ていた。


「きっと、ネジュ殿が出ていったのは今朝でしょう。夜の間は街の門は閉まっています」

「そう、ですか……」

「どうしますか?」

「……追います。ネジュさんと別れるなんて、嫌です」


 きっぱり告げ、ファルディンを見上げると満足そうな笑みを向けられる。

 ここでもし春子が諦めたら、ファルディンとしても困るのだ。だから多分、春子がちゃんと選択しなかったら、彼は春子を切り捨てたのだろう。

 相変わらずな在り方にちょっと眉間に皺が寄ってしまう。


「では、早速ネジュ殿を追いましょう。今ならそう遠くには行っていないはずです」

「はい。お願いします」


 パーシュの街の周辺は花畑となっているが、元の街へ帰るための街道は森へと続いている。森は魔獣が出るからと、ここに来るときも春子は馬車に乗ったのだ。

 そんな場所へ探しに出るのに一人で飛び出すほど無謀ではない。


 ファルディンとともにフーディーに乗り、森へと向かう。

 フーディーを連れてくる際にファルディンが確認したところ、馬は減っていなかったという。つまり、ネジュは徒歩で街を出たのだ。それなら、すぐに追いつけるだろう。


「ネジュさん……」

「…………ハルコ嬢、あそこに!」

「ネジュさん!!」

「っ!? 春子さん……」


 森に入ってしばらくしたところでファルディンがネジュを見つけ、教えてくれた。すぐさま声を掛けたが、振り返ったネジュは絶望したような表情をしていた。

 そして道から外れ、木々の中へ走って行ってしまう。


「っネジュさん!! ファルディンさん、降ります!」

「ハルコ嬢!?」


 フーディーに乗ったままではネジュを追いかけられない。そう思ってフーディーから降りようとジタバタする。

 手綱を持っているファルディンの腕が邪魔だ。フーディーの高さなんて、考えていなかった。

 ただ、とにかくネジュを追いかけなくては。それしか考えられなかったのだ。


 ファルディンの腕をくぐり、滑り落ちるようにしてフーディーから降りる。

 足や腕を痛めたような気はした。でも、そんなことには構う余裕もなく、ネジュを追いかける。


「ネジュさん!」


 木々の間に辛うじて見える、ローブに包まれた背中に声を掛ける。足元に降り積もった落ち葉や、縦横無尽に伸びている木の根に足を取られながらも、必死に後を追う。


「ネジュさん、待って! 逃げないで!!」


 距離は縮められないまま、大分森の中を走っただろうか。

 春子もネジュも、息を切らしてフラフラだ。そんな状態でありながらも、止まろうとしないネジュを追いながら声を掛けていれば、ついにネジュが足を止めた。

 そして振り返った彼は、悲壮な声を上げる。


「っ春子さん、なんで……? 何で来るの!?」

「……っ、だって! ネジュさん、が、勝手に居なくなる、から……」


 息を整えながら言い募る。走りすぎて、喉が痛い。

 膝に手をついて、それでもネジュを見上げる。もう、逃げられるのはごめんだ。

 真っ直ぐ見据えていると、ネジュはへにょりと眉を下げた。


「春子さん……。手紙を、置いておいたじゃないか」

「そんなの! あんな、手紙だけで、納得できるわけない!!」

「でも……。僕は、王都に行けないよ。春子さんには、幸せになって、欲しいから……」

「それなら! それなら、一緒に来てよ。私は、ネジュさんと別れるのは、イヤ」

「春子さん…………。でも、春子さんにはファルディンが……」

「違うっ!! 違うの、ネジュさん!」


 やはりネジュは勘違いしている。思い切り首を横に振り、言葉を遮る。勘違いでも、そんなこをとネジュに言われたくなかった。

 そして春子が言い募ろうとした時だった。


「……っ!?」

「はるこさんっ!!!!」


 ギャオォォォ! そんな叫び声と共に、春子へと巨大な魔獣が迫っていた。

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