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17.花祭り

 ファルディンの狙いを知り、ついでに下手をしたら殺されていた可能性があった衝撃の事実に慄きつつも、とりあえずは正式に協力者ということになった。そしてこの件についてはネジュにも説明が必要だと機会を伺っているのだが、グディアムも何か画策しているようで、春子もファルディンもネジュと話をする時間を取れないでいたのだった。

 そうこうしているうちに旅は進み、一行はパーシュの街へと到着した。


 パーシュの街は香料の原料となる良質の花の名産地として有名な街だ。そして一行が訪れたこの週末、花の収穫を祝う”花祭り”が行われるという。

 収穫を祝う、という性質から”花祭り”はマイヤ様に関連したお祭りだ。

 そんなタイミングで由緒あるミランの街の助祭が訪れたのだ。街の神殿は大喜びでグディアムをもてなし、そして満更でもないグディアムはそのお祭りへのゲスト参加を決めていた。そのおかげで春子は一般客としてだが、ゆっくりと”花祭り”を楽しめることになっていた。


 ”花祭り”の期間はパーシュの街中が花で溢れ、とても女性に人気のお祭りなのだ。美しい花飾りや可愛いお菓子、そして華やかなイベントで盛り上がるのだという。

 だからこのお祭りを楽しめることを知った時、春子はウキウキとしていたのだ。

 しかし今は、どんよりとした気分で同行者に対して愚痴るばかりであった。


「絶対、避けられてます……」

「ハルコ嬢……」


 ”花祭り”の名物であるという菫の花の糖蜜漬けを片手に、春子は項垂れる。本日の同行者は、やっぱりというかファルディンであった。ただ今回のファルディンは護衛としての同行であり、鎧姿ではある。

 ”花祭り”にはグディアムが貴賓として招かれているため、大半の神殿騎士はそちらの護衛についているのだ。


 そのこともあり、本当は春子としてはネジュと二人でこの”花祭り”を楽しもうとしていたのだ。

 しかし。


「今日、折角朝会えたのに、誘おうとする前に逃げられたんです。用事があるからって。昨日もずっと居なかったし、お祭り、今日が最終日なのに……」

「ハルコ嬢……」


 もはや涙目な春子に、ファルディンも何と声を掛けて良いのか困った様子で眉を下げている。

 せめてお祭りを楽しもうと街に出たのだが、かえって悲しくなってきてしまった。春子は一つ大きく息を吐くと、ぐいと目元を拭う。


「ダメですね。折角のお祭りなのに」

「無理はなさらなくて良いと思いますよ。……ネジュ殿とは、私も話をしようと思っているんですが…………」

「……多分、ネジュさん、グディアムさんとかに何か言われたんでしょうね。それで、変に考えちゃったのかなぁ」


 ネジュは基本的にネガティブなうえ、自己評価が低い。そんな人間であるから、他人を自分の目的の駒として使うグディアムのようなタイプとは相性が悪いのだ。

 今朝会った時、無理やりにでも捕まえるべきだったのだろうが、あまりにも全力で避けられたのがショックだったのだ。つい、出ていくネジュを見送ってしまった。


 あの丸まった背中を思い出し、春子は一つため息を吐く。

 折角の華やかなお祭りだが、やっぱりどうしても楽しめそうにない。


「ちょっとお土産を買ったら、帰ろうかな……」

「……花祭りは毎年ありますから。きっと、また来れます」

「そう、ですね。…………ありがとうございます」


 そっと慰めの言葉をくれるファルディンを見上げ、小さく笑う。

 ”花祭り”を楽しむため、いつか必ず、ネジュと来よう。そう心に決めた春子は、周りのお店で売られている花飾りを物色し始める。


「わぁ、綺麗……」

「この花飾り、祝福の結晶石で作られてますね」

「え、祝福の結晶石なんですか!?」

「ええ。神殿では屑石とされているような結晶石ですが、綺麗に細工していますね」


 ファルディンがまじまじと見ているその花飾りは、薄く小さい結晶石を使い、マーガレットのような花を形作ったチャームだった。結晶石の色は淡く、ファルディン曰くあまり祝福の力が宿っていないため屑石として神殿から安く提供されているもの、とのことだった。


「結晶石ってこんな加工も出来るんですね~。……そういえば、ファルディンさんが着けてるペンダントは、彼女さんからの贈り物ですか?」

「……ハルコ嬢は意外と目敏いですね」


 ファルディンは苦笑し、鎧の下からペンダントを引き出した。

 そのペンダントは、以前春子がネジュに贈ったものに少し似ており、細かな装飾が施された透かし彫りの板に、美しい碧色の石が飾られている。


「ハルコ嬢は、祝福の結晶石が付いた装飾品を恋人に贈る意味をご存じで?」

「はい。この前ミランの街で、お店の人に教えてもらいました。対の腕輪じゃない装飾品は、未来を共に過ごしたい、という願いを示すんだって」

「ハルコ嬢が知っていることは、ネジュ殿は?」

「知らないと思います。知ってたら、多分受け取ってくれなかったと思うし」

「……どういうことですか?」

「ミランの街で、ネジュさんにペンダントをあげたんです。祝福の結晶石が付いたやつ」


 少し目を見開いたファルディンに、春子は自嘲気味に笑う。


 自分でも、ちょっとズルいとは思っていた。でも、自分とネジュの関係はただの同居人だ。

 明確に言葉にすることは、できなかった。


 でも、ネジュと一緒に居るのは面倒なこともあるが、とても心地よいのだ。一緒に居て安心できる、というのは、この知らない世界に急に迷い込んでしまった春子にとって、何よりもの幸いなのだ。

 だから、この先もどうかネジュと過ごせますように、そんな願いを内緒で込めていたのだった。

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