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16.ボートの行く先

「わざわざ私と二人きりになれるよう、行く先を選んでいたようですので。何か聞きたいことがあるのでしょう、ハルコ嬢?」


 にこやかな笑みでそう問うファルディンに、春子は開き直ることにした。ただの女子大生だった春子に、心理戦やら難しい駆け引きなど出来る訳ないのだ。

 それに、呼び方が前のものに戻っている。きっと、これはあのノートを渡してくれた時と同じなのだ。


 春子は一回深呼吸すると、まっすぐファルディンを見据えた。


「グディアムさんは、権力を得るために私を使おうとしてますよね」

「何故ですか?」

「私が、異邦人だから。異邦人は、”贈り物”のおかげで特別な力を持ってるし、この世界とは違う知識を持ってる。何かしら役に立つ能力や知識があれば、国は重用するんでしょう?」

「ええ、そうですね」


 春子が考えをまとめながら話す言葉を聞き、ファルディンは頷きつつ、笑みを深める。今のところ、期待には応えられているようだ。

 口の中が乾くのを感じつつ、春子は言葉を続ける。


「重用したい異邦人に関係が深い人が居れば、国はその人を無視することは出来ない。国に、意見することが出来る。つまり、使える異邦人の関係者であれば、権力を得ることが出来る。だからグディアムさんは私の後見人になりたい」

「ええ」

「そして、グディアムさんの部下であるファルディンさんは、その協力を命じられているんですよね」

「何故、そう思うんですか?」

「温泉のある街で、お二人の会話を聞きました。ファルディンさんに私を篭絡させて、ただの後見人よりも、強固な関係を作ろうと思ってたんでしょうか?」


 春子の問いに、ファルディンは肩を竦めて少し首を傾げる。グディアムの細かい思惑までは知らない、ということだろうか。

 なんか色々と面倒になった春子は、小さく息を吐く。


「というか、ファルディンさん。あれ、わざと私に聞かせてますよね」

「おや、バレてしまいましたか……」

「やっぱり……。騎士が、私が居ることに気付かないとは思えませんもん。…………ミランの街の前であんなノートもくれるし、グディアムさんの命令にただ従ってるわけじゃないのは分かるんですが、何をしたいんですか? 何が狙いですか?」


 眉間に皺を寄せ、ファルディンを睨みつける。ファルディンにとって春子の睨みなどは怖くもなんともないだろうが、はぐらかされるのは嫌なのだ。少しでも圧力を掛けたかった。

 しかしファルディンはそんな春子の威嚇には動じず、満足そうな笑みを浮かべただけだった。

 そしてゆっくりと説明を始める。


「私はグディアム助祭からハルコ嬢と伴侶になれと命じられておりますが、その命令に従いたくはありません。しかし残念ながら上司の命令に逆らうのは難しいのです。特に、グディアム助祭のような方については……」

「でしょうね。あの人、自分より下の人間の事情なんて考慮しなそうですもん」

「ははは、ハルコ嬢は容赦がないですね。まぁ、なので一応命令には従いつつ、自分に都合の良い方向へと持っていこうと考えておりました」

「そうなんですね。……命令に従いたくないのは、恋人さんが居るからですか?」


 ちょっとワクワクしながら聞いてみると、ファルディンは小さく頷いた。

 その碧い瞳は、なんだかどんよりしている気がする。


「ええ。そろそろプロポーズを、と思っていたタイミングだったんです……」

「それは……。なんか、ごめんなさい」

「いえ、ハルコ嬢が謝るようなことではありません。ただ、ハルコ嬢の件が彼女の耳に入ったようで、この前、危うく振られかけました…………。恋人になってもらうのにも、凄く時間が掛かったのに…………」

「フ、ファルディンさん……?」


 ネジュ顔負けのどんよりとした空気を背負い、ファルディンは肩を落とす。

 この前とは、ミランの街に滞在していた間だろうか。そんな危機的状況にまで陥っていたとは知らなかった。

 申し訳ないと思いつつも、キラッキラな美丈夫で、エリートなファルディンがこんなに苦労する彼女さんとは一体どんな人かすごく気になった。


 しかし、多分それを聞くと岸辺に帰れなそうな気がする。

 春子は慌てて話題を変えた。


「えっと、ファルディンさん! その……、なんで、こんなまどろっこしいことをしたんですか?」

「……まどろっこしい、ですか?」


 春子の問いに、ファルディンは首を傾げる。

 まだ瞳は少々どんよりとしているが、身に纏う空気は暗いものではなくなっている。流石の切り替えだ。


「ええ。逸話集を渡したりとかじゃなくて、最初っからグディアムさんの狙いとか話してくれれば、もっと早かったと思うんです」

「ああ。そこですか」


 頷いたファルディンは、とても綺麗な笑みを浮かべる。今まで見た中で一番美しい笑みで、すこし眩しいくらいだ。


「考えることも出来ない、ロクでもない異邦人は存在するだけで国を乱すことになりますので。その場合は、魔獣の犠牲になって頂こうと思っておりました。だから、ハルコ嬢がちゃんと考えられる人で良かったです」

「あはは…………。ほんと、ですね………………」


 美麗な笑顔でさらりと告げられた言葉に、春子は凍り付くのだった。

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