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15.観光というか……

 せっかく風光明媚な街に来たのだし、前日に魔狼の襲撃もあったからと、1日ニルスの街に留まることになり、その日は自由時間となった。

 しかし、春子は何とも言えない気分で本日の同行者をじっとりと見る。


「これって、実質仕事じゃないですか?」

「ははは。まぁ、上司の意向には逆らえないですからね」


 苦笑するのはファルディンだ。

 本日1日、春子と共にニルスの街を観光するということで、鎧を脱いでラフな格好をしている。しかし纏う空気が相変わらずキラキラしているお陰で、休日の貴公子感がスゴイ。

 そんな人と1日中一緒というのも辛いし、何より、少し距離をおいて何人かの騎士たちがついて来ているのが、本当に辛い。


「あの人たち、必要なんですか? 私、ただの一般人なんですけど……」

「ハルコ様には窮屈な思いをさせて、申し訳ないです。異邦人は狙われる可能性もありますので」

「でも……」

「この街は貴族も多いので、ああやって護衛がついているのもよくある光景ですから」

「そうかもしれないですけど……」


 ため息を吐いて、手元の紅茶に口を付ける。この街の名物だという、フルーツやハーブをブレンドした紅茶は爽やかな甘みが美味しい。合わせてバターがたっぷり使われたパウンドケーキも食べてしまう。

 お昼前だが、護衛付きでファルディンと観光という状況に疲れて、早々にカフェで一休みしていたのだ。

 甘味が疲労に染みる気がする。


 美しい街の様子を改めて見やり、また春子はため息を吐く。


「ネジュさんは無事かなぁ……」

「申し訳ありません。悪いようには扱われていないはずですが……」


 小さく頭を下げるファルディンの眉間には、かなり深い皺が刻まれている。


 実は、今朝も痣の手当てしてもらおうとしていたのだが、何故かネジュを見つけることが出来なかったのだ。そうこうしているうちに、グディアムの提案という名の命令により、ファルディンと観光に行くことになったのだった。

 しかしネジュの行方が気になったのでファルディンに相談し、護衛役の騎士から先程無理やり聞き出したところ、グディアムの命令で今日はネジュと春子の予定が合わないように調整されていたことが判明したのだ。ファルディンも知らなかったことらしく、春子と一緒に愕然としていた。


 とはいえ春子としても、今日は成し遂げたいことがあった。だから、ネジュのことは気にかかったが、ファルディンとの観光を続行することにしたのだった。


「さて、このあとはどうしましょうか。どこか、行きたいところはありますか?」

「うーん、そうですね……。湖でボートに乗るとしたら、あの護衛の方たちもついてきますか?」

「流石にそれはないかと。ボートに乗ってしまえばある程度安全は確保出来ますし、何より彼らも男だけでボートに乗るのは辛いでしょう」

「確かに……。それなら、ボートに乗りたいです!」

「…………良いのですか?」


 片眉を上げ、驚いた様子でそう問いかけるファルディンに、春子は首を傾げる。

 このニルスの街の名所である湖では、手漕ぎボートに乗れるのだ。2人から4人程度が乗れる小さなボートに乗り、湖から街を眺めるのは人気の観光コースだと聞いている。

 ちなみにスワンボートはないらしく、ちょっと残念だったりもする。


「なんでですか?」

「……そういうことは、他の方とやりたいかと思っておりました」


 明言はしなかったが、ファルディンはネジュのことを考えてくれたのだろう。湖のボートに乗るのは、恋人たちが多いのだ。


 そんな気遣いに春子は微笑み、首を横に振る。


「たぶん、乗ってくれないと思います。溶ける、とか言って嫌がりそうです」

「確かに。彼は日に当たるのを嫌いますね」

「ええ。だから、ファルディンさんと一緒に乗れればと思って」

「それは光栄です。……では、この後早速湖へ行きますか?」

「はい。お願いします」


 そしてカフェからすぐに湖へと向かい、ファルディンと2人でボートに乗る。護衛の騎士たちは、やはり湖畔で待つらしい。

 彼らに見送られ、鍛えられた腕を持つファルディンが漕ぐボートは、グングンと岸から離れていく。


 あっという間に湖の中ほどにまで進み、周囲には他のボートが居なくなっていた。こんなに湖畔から離れると、戻るのも大変なのだ。普通に恋人同士でボート遊びを楽しむなら、ここまで来ることはないだろう。


 キラキラと陽光に輝く湖面と、秋色に色付いた森。そして森に囲まれた、湖に臨む白と青緑色で彩られた街並み。

 街側から見た景色とはまた違う趣のこちらも、1枚の絵画のようでため息が出るほど美しい。


 春子が景色に目を奪われているのを、ボートを漕ぐ手を止めたファルディンは穏やかに見ていた。そして景色を十分に堪能し、ファルディンへと目を向ければ、にこやかな笑みを向けられた。


「お気に召されましたか?」

「ええ! とっても綺麗です。ここまで連れてきてくれて、ありがとうございます」

「喜んで頂けたのなら、幸いです。さて、そろそろ本題でしょうか」

「え…………」


 急に向けられた話題に、春子は目を見開く。しかしファルディンは、にこやかな笑みを浮かべたまま、問いを重ねる。


「貴女が私に聞きたいことは、何でしょうか?」


 向けられたその言葉に、春子はじわり、と背に嫌な汗を感じたのだった。

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