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11.密談……?

 翌日、ついにミランの街から出発する日になった。全員が揃ってマイヤ神殿から出発すると目立つため、ミランの街の外が集合場所となっていた。

 なので春子達は旅のメンバーが誰なのか、というのは街の外に出るまでは知らなかったのだ。


 街の門を出て少し離れた場所までネジュとファルディンの3人で向かい、集合場所に集まった人を見て春子はがっくりとしゃがみ込んだ。


「うわぁ~。まじかぁ……」

「ハルコ様……」

「春子さん!?」


 旅の出立準備をしているその場には、複数人の神殿騎士と1台の馬車、それからグディアムと女性神官が2名居るのだ。想像以上に大所帯だし、何よりグディアムが一緒だなんて、とても嫌だ。


 まだグディアム達には気付かれていないのをいいことに、春子は駄々をこねる様にその場から立ち上がるのを拒否する。

 しかしファルディンは春子の反応を予測していたのか、苦笑を零しただけだ。そんな反応に少々イラっとした春子は、ジトリとファルディンを見上げる。


「ファルディンさん、知っていたんなら教えてくださいよ……」

「そうは仰られましても。後見人となるグディアム様が一緒に行くのは、そう不自然なことではないでしょう」

「そうですけどぉ……。助祭って、確か神殿で2番目? くらいに偉いんですよね。何でホイホイ外に出るんですか」

「まぁ……。あくまでも、2番目ですから」


 そう言うファルディンの笑みはかなり黒い。トップでなければ、いくらでも代えが居る、ということだろうか。

 グディアムに従っているようで、やはり何かあるのだろう。

 軽く眉間に皺を寄せた春子に、ファルディンは綺麗な笑みを向ける。そして片膝を付き、春子へと手を差し伸べる。


「さぁ、ハルコ様。そろそろ向かいましょう。出発が遅くなると、予定が狂ってしまいますので」

「……はぁい」


 嫌々返事をした春子はファルディンの手を取り立ち上がる。そしてネジュにも声を掛ける。


「ネジュさん、じゃあ行こっか」

「……そんなに、あの人が苦手なんだねぇ」

「うん。あの人の道具には、なりたくないなぁ……」


 ぼそり、呟いた春子の言葉には、誰も言葉を返すことはなかった。しかし、それを聞いたファルディンは満足気に笑い、ネジュは眉を下げていたのだった。




 そしてグディアム達と合流したあと、出発までに案の定ひと悶着あった。

 グディアム達の想定では、馬車にグディアムと女性神官、そして春子が乗るはずだった。しかし、春子は馬車への乗車を断固拒否したのだ。

 酔う、狭いところは苦手、等々理由を付けて全力でグディアムと密室空間で長時間一緒に居なくてはいけない、という苦行を回避しようとしたのだ。しかし春子は一人では馬に乗ることも出来ない。

 それもあってなかなか話し合いは決着がつかなかった。


 しかし結局は、ファルディンが春子を同じ馬に乗せることで、この問題は解決することとなった。ちなみにネジュは、意外にも馬には乗れるらしい。

 神殿騎士が用意してくれた葦毛の馬にひらり、と軽やかに乗って春子を驚かせていた。


「フーディー、ごめんね。重いかもしれないけど、よろしく」

「ハルコ様、お気になさらず。騎士の装備は元々重いので、装備を変えてハルコ様を乗せるのであれば、いつもと然程変わりはありません」

「ファルディンさんにもご迷惑おかけしてすみません」


 今回、春子が同乗するにあたり、フーディーへの負担を減らすためにファルディンは金属鎧から皮鎧へと装備を変えていた。重さは大幅に減ったが、その分防御力も激減だろう。

 しゅん、とした春子の後ろでファルディンは朗らかに笑う。


「私はこの隊の指揮官ですから、元々前線で戦うわけではありませんので。それに、危険な場所を通る際はハルコ様にも馬車に乗って頂くので、護衛としても問題はありませんよ」

「う……、はい。すみません」


 流石に危険な場所でまでは我儘を通すことは出来ない。そういった場所では春子もグディアム達と馬車に乗り、ファルディンは馬車に積んでいる金属鎧へ着替えて警戒を強化する約束だ。

 旅のことを考えれば、無駄や危険を増やすことになるのだが、異邦人だからか春子の我儘は割と通ったのだった。


「さて、そろそろ出発ですね。ハルコ様、私にしっかり寄りかかってください」

「う……、はい」


 二人乗り用の鞍を使っているが、シートベルトがあるわけでもない。意外と高い馬の背中に緊張していると、引き寄せるようにファルディンへともたれるように誘導される。そしてファルディンは春子を囲うようにして手綱を取り、まるで抱え込まれるような体勢になっていた。

 近い距離にときめきなども多少はあるのだが、実は背中に当たる皮鎧のゴツゴツした感触が痛かったりする。これが金属鎧だったら、きっともっと痛かっただろう。


 そんなあまり乙女らしからぬ思考の春子とは裏腹に、ネジュは何やら悲し気に眉を下げているのだった。


   § § § § §


 そして一行はミランの街を出発した。 この周辺は街や村が多く、しかも移動が徒歩ではなくなったため、基本的に野宿はしないで済むそうだ。

 慣れない馬上での姿勢に四苦八苦しながらも、穏やかにファルディンと雑談しながら旅路は進んでいく。


 時々挟まれる休憩や食事時にはグディアムに必ず絡まれるのだが、ずっと馬車で一緒に居るよりは格段に拘束時間は少なくてすんでいた。

 しかも、気高いフーディーはどうやらグディアムが大嫌いらしく、フーディーの近くにグディアムが寄れば鼻息荒く追い払ってしまう。そのことに気付いてからは、なるべく休憩時間にもフーディーの側に居るようにしていた。

 おかげでファルディンと一緒に居る時間も増えてしまい、旅の一行からは訳知り顔で頷かれることが多くなった。明らかに、誤解されている。


 しかしファルディンはにこやかに笑い、むしろ春子への恭しくも親し気な態度をより一層増やしていた。

 おかげで、またネジュには距離を開けられるようになっていた。


「はぁ……。もう、なんなんだろうなぁ。ファルディンさんの態度も、わざとらしいし」


 とある日の宿で、春子はため息を吐く。


 連日の馬での移動で筋肉は凝り固まり、春子の歩きはよろよろとしたものだった。しかし、この宿には温泉があると聞いては、日本人として行かない訳にはいかない。

 与えられた宿の一人部屋からそっと抜け出し、宿の敷地内にあるという温泉へ向かっていたのだ。


 そんな時、少し離れた場所から人の話し声が聞こえて来た。

 部屋から抜け出している、という後ろめたさもあるため、つい物陰に隠れてしまった。そしてじっと耳を澄ます。


「それで、首尾はどうだ。ちゃんと、手懐けられているんだろうな?」

「ええ、ご心配には及びません。ハルコ様からは、しっかり信頼して頂けております」

「信頼か。ちゃんと篭絡して、逃げられないようにするのだぞ」

「承知致しました」


 そんな短い話を交わして宿へと戻っていくのは、グディアムだった。そしてそんなグディアムを見送る、会話の相手はやはりファルディンだ。


 手懐ける、篭絡させる、という聞こえて来た単語に春子は静かにため息を吐く。

 やはり、グディアムは春子を手駒にしようとしているのだ。春子自身が過去の異邦人たちのように功績を残せるとも思えないのだが、もし何かしらの地位を得ることが出来たら、春子の後見人は権力を持つことが出来るだろう。

 恐らく、グディアムはそれを狙っているのだ。


 そしてファルディンはグディアムの指示に従っている。このところの変に恭しい態度は、そのせいだろう。

 しかし、ファルディンは事前に過去の異邦人たちの逸話を渡してくれたり、何かと含みのある態度を取り続けている。

 ファルディンの狙いは、いまいち分からない。

 眉間に皺を寄せ、まだ立ち去った気配のない彼の方へ視線を向けた春子は、小さく息を呑む。


 グディアムが去った先を見るファルディンは、随分と冷たい表情をしていたのだった。

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