5 見て!
感動巨編だと思って見に来た方、ごめんなさい。
あらすじとキーワードに「コメディ」追加しときました。
ほのぼのコメディだよ!
片手に数着のドレスを抱えたアニェーザの後ろから、ぞろぞろと若いメイドが部屋に入って来る。メイドに着ていたパンツスーツを引っぺがされ、アニェーザの持っていたドレスを着せられ、シャルロタは言われるがままに後ろを向いたりかがんでみたり、いろいろなポーズを取らされた。
「これらのドレスは奥様がお若い時にお召しになっていたドレスです。何でも取っておくもんですね。デザインはひと昔前のものですが、ある程度お直しすれば着れないこともありません。新しいドレスができるまでは、これでごまかしましょう」
アニェーザがそう言うと、シャルロタは再びドレスを引っぺがされ、今度は風呂に放り込まれた。浴槽には温かいお湯がすでに張ってあった。
シャルロタは久しぶりの湯に大きく息を吐いた。
足を伸ばしてもまだ余裕があり、自分のこの大きな体を肩までしっかりと浸けることのできる浴槽を用意してもらえたことに感謝した。裕福な家の養子になって良かった、と浅ましくもそう思った。
実家の風呂の記憶はあまりない。日々鍛錬でへとへとの体の汚れを落とすだけの場所で、成人してからは戦場近くの川や湖に入っていたからだ。
風呂からあがると、メイドたちが床に座ってせっせとドレスを縫い直していた。
「さあさ、こちらのドレスは完成しましたから、今日はこれを着てください。髪も結いますからね」
深い紫色のドレスだった。サイズを調整するためにひらひらした装飾は取り払われ、非常に飾り気のないものだった。試着してから装飾を付け直す予定だったようだが、シャルロタはそれを断った。このままの方が落ち着くし、二の腕部分が膨らんでいるのも動きやすくてとても良い。スカートの長さが足先まであるのは歩きづらくてかなわないが、こういう風習の国なのだから仕方がない。シャルロタは郷に入っては郷に従えという言葉をきちんと理解しているつもりである。
とても手際よくアニェーザが髪を結ってくれ、軽く化粧もされた。こうして見れば、令嬢とまでは言えなくとも女性には見えるな、とシャルロタは口の中でつぶやいた。
その後は、アニェーザとフローリアと一緒に馬車に乗り、中心街にあるドレスショップへ向かった。私も行く! とトスカが叫んでいたが、侯爵家の侍女たちに引きずられて帰って行った。
「まあ、まあ。よくいらっしゃいました。シャルロタ様、どうぞ奥へ」
店主の女性が愛想良くシャルロタに声をかけた。
派手な看板のショップは、中に入ってもどこもかしこもキラキラと輝いて見えて、シャルロタは慣れない光景に目が痛くなった。目をこらして見れば、大量のドレスとその装飾品、帽子からバッグ、靴までもが所狭しと飾られている、
「む……むむ。それがしは今着ているようなドレスが良いのであるが……」
店主はシャルロタの周りをぐるぐると回り、上から下までゆっくりと眺めた。
「ううーん。そうねえ。ひと昔前の形のドレスだけど、シャルロタ様が着たらこれはこれでアリね! 首まできっちり締まった着こなしが大きな胸を強調していっそう禁欲的だわ。クラシカルっていうか、リバイバルっていうか……新しいデザインがひらめきそう。とりあえず、採寸しましょ」
店主の声でどこからともなくお針子たちがわらわらと湧いてきて、シャルロタは広い試着室に連れ込まれ、先ほど着たばかりのドレスをまた引っぺがされた。令嬢とはこんなに頻繁に脱がされるものなのか、とシャルロタは世の令嬢を憐れんだ。
「素晴らしいボディだわ!」
パンツ一丁になったシャルロタを見て、店主が叫んだ。周りに侍るお針子たちも一様に目を輝かせている。
「見て! こんなに大きな胸もお尻も少しも垂れ下がっていないわ。筋肉が補正下着の役割を果たしているのねっ」
壁一面の鏡の中で、シャルロタが両のこぶしを握り腕と足を開いて仁王立ちしている。長年培った筋肉をほめられるのはシャルロタだってやぶさかではない。ゆっくりと見せつけるように腕に力こぶを作ってみたら、お針子たちが嬌声を上げた。
「普段着はともかく、夜会用のドレスは胸の大きく開いたものにしましょう!」
「ん……うぬ?」
「この均整の取れた僧帽筋と広背筋。背中も大きく開けたものにしましょう」
「うぬ……?」
「そうね、このナイスバディを隠すのはもったいないわ」
「ないすばでぃ?」
「そうよ、せっかくのボンキュッボン」
「ぼんきゅうぼん?」
「シャルロタ様にしか着こなせないドレスを作りましょう! 腕がなるわ!」
「ほほう、合点承知した。布の面積が少ないというのは布代の節約になるということであろう。それは良きことである」
「いっそのこと足も出しちゃう?」
試着室の隅っこに並んで座るフローリアとアニェーザは、シャルロタとお針子たちのかみ合わない会話に苦笑いしていた。
遠い地からはるばるやってきた、元兵士の女性。乱暴な人だったらどうしようかと思っていたが、とても真面目で美しい人だった。また、保守的な女性の多いこの国に彼女は受け入れられるだろうか、とも危惧していたが、蓋を開けてみれば誰とでもすぐに打ち解けている。
フローリアは自分の心配が杞憂で終わったことに心底ほっとし、これからの楽しい生活に胸がわくわくとした。
シャルロタはあの後体の隅々まで採寸され、三か月の旅路よりもどっと疲れたような気がした。馬車のクッションの効いた広い座席でやっと一息つきながら、家までの帰路を窓から眺めていた。
「シャルロタさん、どこか行きたいところはあるかしら。今日はもう夕方だから、明日以降になってしまうけど」
同じように座席に身を沈めたフローリアが気だるげに尋ねた。
「ふむ。まずは近くの教会を。今後は毎朝、教会へ罷り越したいと存じておる」
「そう。小さな教会だけれど、家から歩いて十五分くらいのところにあるわ。馬車ならすぐよ」
「ほほう。それくらいならば、ちょうど良い運動になる」
「明日なら、主人が早朝から領地に行く予定なの。ついでに馬車に乗せてもらったらいいわ」
「かたじけない、お頼み申し上げる」
「ふふ。いいのよ」
すでにシャルロタの堅い口調に反応しなくなった自分に、我ながら抜群の順応性だわ、としみじみ思うフローリアなのであった。
「それ、うちの三男のレオだわ。何だかご機嫌で帰ってきてウザいと思ってたのよ」
今朝教会前で出会った青年の話をすると、サンドイッチを頬張っていたトスカが目を見開いてそう言った。今日も隣家のトスカが訪れ、テラスで一緒に昼食をとっているのだ。
「夜勤明けで疲れて帰って来たレオ君をウザいとか言っちゃだめよ」
ティーカップを両手で持ったフローリアが、顔をしかめた。紅茶でサンドイッチを流し込んだトスカがため息をつく。
「せっかくデザイナーと相談してあつらえた格調高いインテリアなのに、でかい図体でウロウロされてほんと雰囲気ぶち壊しなのよ。子供の頃は可愛かったのに、全員みるみる筋肉ムキムキになっちゃってさあ。フローリア、あんたもねえ、三人揃って素っ裸で庭に寝ころんで日光浴されてみなさいよ! 汗だくのマッチョのために庭を薔薇園にしたわけじゃないのよ。あーあ、私だって王子様みたいなキラキラのイケメンを育てたかったわ」
トスカは右手に持っていたサンドイッチを口に放り込むと同時に、左手で新しいサンドイッチを掴んだ。
よくしゃべるしよく食べるご婦人だ、とシャルロタは感心した。
シャルロタの視線に気付いたトスカが左手のサンドイッチを食べようと口をぱかりと開けたまま手を止めた。
「あら、もしかしてご主人のサンドイッチを残しておかなきゃいけなかったかしら」
「いいの、いいの。主人は早朝から領地に行っていて、帰りは夜になるの。いっぱい食べてちょうだい」
「そう、じゃあ遠慮なく。ほら、シャルロタさんもお食べなさい。ここの家のご飯はおいしいでしょう。私も引っ越して来たいくらいよ」
「うむ。おっしゃる通り、非常に美味である」
「私がこの家の子になったらシャルロタお姉さまって呼んでいいかしら」
「じゃあ、シャルロタさんはこの人のこと、トスカおばさんって呼んであげて」
「言ったわね! フローリア!!」
ぎゃあぎゃあと口喧嘩を始めたものの、すぐに笑いあっている二人を見て、シャルロタは無意識にほほ笑んでいた。仲が良いのは良いことである。
その美麗な笑顔を見たトスカが両手で左胸を押さえた。頬が少しだけ上気している。
「はあっ。たまんない。キュンと来るわあ」
そう言って、トスカははぁはぁと息を荒くしている。
そういえば息子のレオポルドも同じように胸を押さえていたな。遺伝性の心臓病か何かだろうか。心配だ。シャルロタはトスカの背を撫でてやり、彼女を余計にはぁはぁさせた。
ひっぺがされまくり(全年齢)




