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3 それすらも誇り

4話まで一気に更新しています。これは4話目。

劇画調のイメージは忘れて、ここからは華麗なヨーロッパ風の異世界に舞台は変わります。

 リミニ王国への道中は穏やかなものだった。もともと荷物の少なかったシャルロタは、鞄の空いたスペースに小型のサーベルを忍ばせた。護身用にと思っていたのだが、親戚が用心に用心を重ねて手配してくれた道程はとても安全なもので、サーベルの出番はさっぱりなかった。

 クヴェタとネラの前ではああ言ったものの、シャルロタの心には未だ隙間風が吹きすさんでいた。

 自分の先行きもままならないはずの友人が自分の見送りに訪れてくれたのだ。虚勢くらいいくらでも張るだろう。

 日がな一日馬車で過ごしているシャルロタはすっかり筋肉が落ちてしまい、あっという間に着ていた服もぶかぶかになった。もともと痩せやすい体質だったのだ。大は小を兼ねる、と気にせず過ごしていたが、さすがにいろんなところに袖や裾がひっかるようになり、途中の街で女性用のパンツスーツを買った。軍服以外を着るのはいつ以来だろう。鏡の中のシャルロタは誰がどう見てもすっかり女性だった。

 男性兵士とともに行進し、あまりの荒々しさに「蛮族」と罵られることもあったが、その言葉すらも誇りに思っていた。筋肉の塊のような体は一朝一夕ではなり得ないのだ。その筋肉は今では見る影もない。

 広い馬車の座席に寝転がり、シャルロタはクヴェタからもらった本をめくっていた。

 貴族であった彼女は、幼い頃からきちんとした教育を受けていた。だから、ある程度の教養もあり、厚い本を読むことはさほど苦ではなかった。むしろ、気になる言葉はノートに一字一句書き留め、すらすらと言葉にできるように練習するという真面目さも持っていた。


「ふむ、やはり貴族の言葉はわしとは全く違った。養父母に迷惑をかけてしまうところであった。クヴェタのやつめ、なかなかやりよるな。王国へたどり着くまでの三か月間、しっかりと練習して、貴族言葉とやらを完璧に話せるようになってみせよう。見ていろ、わはははは」


 ちなみにシャルロタは、男性と女性では話し言葉が違うということには、まだ気付いてはいなかった。





 国境を越え、リミニ王国へ入国する際にはしっかりと入国審査を受けた。

 養父母が用意してくれた入国証には不審な点はひとつもない。しかし、問題はシャルロタの服装だった。


「すまないな。書類に不備はないのだが、身体検査をさせてもらう。この国では女性はスカート以外はめったに履かないんだ。頭の固い上司があなたのことを不審に思っている」


 入国管理の役人がそう説明した。

 シャルロタは女性職員に連れられ別室で身体検査を受けた。女性職員は非常に恐縮してぺこぺこと頭を下げていた。


「いや。むしろ怪しいものを簡単に入国させない、安全な国なのだと理解した」


 シャルロタがそう言うと、女性職員はやっとほっとした表情を見せた。

 それにしても、女性用のパンツスーツでさえも怪しまれるとは。リミニ王国では今までのようにはいかないな。そう覚悟したと同時に、まったく未知の生活への期待にわずかに胸が躍るのを感じた。





 養子となる先の家の爵位は子爵ではあるが、堅実な領地経営を続けていてとても裕福であるらしい。夫妻は王都の高級住宅街に品の良い二階建ての広い邸宅をかまえ、普段はそこで暮らしている。

 門から入ってすぐに見上げると、屋根の向こうに背の高い木が二本見えた。きれいな三角形に広がった枝には青々とした葉が覆い茂って風に揺れていた。シャルロタはその景色が一目で気に入り、しばらくの間そこに立ち止まって見上げていた。

 なかなか入ってこないシャルロタにしびれを切らした屋敷の執事が、玄関扉を開いて彼女を招いた。

 鞄を抱え、あわてて玄関扉をくぐると、パンツスーツ姿のシャルロタに、待ち構えていた養父母が少しだけ目を見開いた。


「まあ、まあ。遠路はるばる、よくいらっしゃっていただきました」

「お疲れでしょう。さあ、まずはゆっくりと休んでください」


 執事に鞄を渡すと、シャルロタは胸に手をあてて深く頭を下げた。

 馬車の中で練習したものの、貴族の礼にはまだ慣れていない。ぎくしゃくと足を戻した後、せめて挨拶ぐらいは、と、ひとつ咳ばらいをして大きく息を吸った。


「うむ。お初にお目にかかる。それがし、シャルロタと申す。よろしくお頼み申し上げる」

「んっ? あ、はい」

「えっ? え、ええ。こちらこそ、よ、よろしくね、シャルロタさん」


 大きくはっきりとした声で名乗ることができたと思う。しかし、養父母は先ほどよりもさらに目を見開き戸惑っている。同じ言語を話すとはいえ、やはり帝国訛りがあったのだろうか。シャルロタは少しだけ身を固くした。

 まずは居間に通されたシャルロタは、大きなソファにどっしりと腰を下ろした。しっかりと足を開き、背筋を伸ばして膝の上にきちんと両のこぶしを乗せた。


「此度の養子の申し出、いたく感謝しております。それがしのような粗忽ものを受け入れてくださり、何とお礼を申し上げたら良いのか皆目見当もつかぬ。誠心誠意をもって仕える所存であるので、よろしくご指導いただきたい」

「ん……んん、ええと、そんなにかしこまらずに。シャルロタさん」

「そうよ、私たち家族になるのだから、もっと気楽にしてちょうだい」

「か、家族に……くっ、温かいお言葉、痛み入る」


 シャルロタは長いまつ毛を伏せ、目頭に手を添えた。長い亜麻色の髪が肩からパサリと落ち、その姿は非常に芸術的であるのに、とにかくどうしても気になることがある。


「あの、シャルロタさん」

「うむ?」

「その、言葉遣いは普段からそうなのかしら。あ、いいえ、いいのよ。あなたが話しやすい言葉で話してくれたらそれでいいのだけれど。もし、私たちに気を遣ってお話してくれているのなら、気楽にしてほしいと思っただけで」


 養母であるフローリアが、ことさら明るい笑顔でそう尋ねた。


「むむっ、もしや、それがしの言葉遣いはおかしいのであろうか」

「えっ、……ええ。正直なところ、少しだけ驚いているわ。ええ、少しだけね」

「ぬう……そうであったか。実は、それがしは各々方ご存じの通り長年兵士として日々戦地で過ごしていたため、その、言葉遣いがかなり汚いのだ。それを心配した友人から頂戴(つかまつ)った本を、三か月の道中、馬車の中で勉強してきたのだが……そうか。まだ修行が足りなかったか。面目ないことこの上ない」

「なるほど、なるほど。そうだったんだね。どれ、その友人からもらった本とやらを見せてくれるかい」


 あごひげをさすりながら苦笑いした養父レーモがそう言うと、素直に頷いたシャルロタが鞄のポケットからボロボロの本を取り出した。


「我が友が好んで所望した恋愛小説だ」

「ほう……初めて見る本だな。ユリマク帝国内で出版され流通している本のようだね。そして……うん、確かに恋愛小説だが」

「……やっぱり、時代小説ね……」


 クヴェタのくれた本は確かに男女の恋愛を描いたものであったが、百年ほど昔の貴族を描いた時代小説であった。平民であるクヴェタは気付かなかったのであろう。折れた表紙の角を直しながら、レーモが丁寧に説明をした。


「私のひい爺さんは、確かにこんな話し方をしていた気がするな」

「うぬぬ……あにはからんや! 貴族言葉にばかり注視しすぎて全く気付かなかったぞ……」

「あ、あに、はか……?」

「んー、何ということだ、みたいなことを言いたいんじゃないかな。きっと」


 首を傾げる妻の肩を優しく抱いてレーモが笑った。


「いや、でも疑問は解けたから安心したよ。言葉遣いはおいおい直していけばいい。長旅で疲れただろう。部屋でゆっくりと休みなさい」

「そうだわ。その前に屋敷を案内するわ。屋敷にあるものは自由に使ってちょうだい」

「かたじけない」


 シャルロタはフローリアに連れられ、簡単に屋敷内を案内された後、テラスから庭に出た。先ほど門から見えた大きな木が隆々と立っているのが見えた。


「ああ、やはり二本の木だったのだな」


 そうつぶやくと、フローリアが目を輝かせて振り向いた。


「ええ、我が家の自慢の木なのよ。秋には実もなるわ」

「ほほう。門から見上げた時、屋根の向こうに見える姿は非常に荘厳で素晴らしかった」

「まああ、わかってくれた? そうなの。いつかこの屋敷も増築しようと思っていたのだけれど、木が見えなくなるのが嫌で二階建てのままなのよ。この木の良さをわかってくれる方がうちの子になってくれるだなんて! 私たちやっぱり仲良くなれそうね!」


 朗らかに笑うフローリアの様子にシャルロタも思わず笑みがこぼれた。

 風に揺れる枝が、さわさわと葉をこすり合わせる音が耳に届いた。木の葉の隙間からこぼれる陽光が庭の芝生に落ち、フローリアが懐かしそうに目を細める。


「秋になるとね、ファウストが木に登って実を採ってくれたのよ。母親としては、危ないからやめてほしいんだけど、男の子ってそういうものだって主人が言って……」


 ファウストとは、養父母が十で亡くした息子のことだ。

 道路に飛び出した子供をかばって馬車に轢かれて死んだという。以前のシャルロタであれば、身を挺して他人の命を救うことに大義を見出していたであろうが、こうして家族を失ってみると、残されたものにとっては名誉なんてものは本人の命の価値とはとうてい比べものにならないほどちっぽけなものだと承知している。跡取りの一人息子を亡くし、彼らはどれだけ悲しんだことだろう。フローリアの明るさにいっそうシャルロタの胸が痛んだ。


「あいすまぬことであった。つらいことを思い出させた」


 シャルロタが深く頭を下げると、フローリアはきょとんと首を傾げた。


「いいのよ。楽しい記憶で偲ぶことは本人もきっと喜んでいるはずよ。うふふ」

「…………そうか」


 フローリアの言葉から心地の良い戸惑いを感じたシャルロタはうまい言葉が見つからず、小さく頷くことしかできなかった。


明日から毎日一話ずつAM11:00更新となります。

土日祝日、休みなしです。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 時代小説に男女逆転・・・誰か早く教えてやってくれたら 親戚の人達優しいのか腫れ物扱いだったのか・・・
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