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27 走れ

 デビュー前の少女を数人集め、週に二回ほど定期的に行われるシャルロタのダンスレッスンは好評だった。会場であるタッキーニ侯爵家に年頃の若い少女が集まり、その華やかさにトスカは毎日上機嫌だった。花瓶に飾る花やおやつのケーキにこだわり、少女たちの訪問を心待ちにしている。子爵家に遊びに来る回数も若干減ったので、フローリアが暇そうにする日が増えた。

 ダンスレッスンを受け持つようになってから、シャルロタは体力づくりの為にある程度の運動の許可を得た。屋敷の敷地外ではけして着てはいけない、という条件付きではあるが、動きやすいTシャツとハーフパンツを用意してもらった。小さめの男性用ではあるが、ちょうど良い。

 広い家の周りをランニングした後、庭でストレッチをする。ひと通りの運動を終え、シャルロタが足を放り出して地面に座ったままでいると、フローリアがやってきた。


「シャルロタさん。今日のお野菜の配達にね、リンゴが入っていたわよ。食べる?」

「義母上、かたじけない」


 シャルロタは受け取ったリンゴをTシャツの裾で軽くふいた。ふと顔を上げると、いつからいたのか生け垣の向こうからレオポルドがこちらを覗いていた。


「貴殿も食べるか?」


 シャルロタがそう声をかけると、レオポルドは生け垣のドアから飛び出し、犬のように喜んで駆けてきた。

 初めて会った時のトスカ殿もこんな感じだったな。

 やはりこの親子は似ているな、と、シャルロタが笑うと、レオポルドは不思議そうにした後、やっぱり嬉しそうに笑っている。シャルロタはリンゴをパカリと手で二つに割ると、片方を隣にちょこんと座るレオポルドに渡した。


「あの夜会の後から、お茶会や夜会のお誘いが殺到しているって聞いたんですけど……行くんですか?」


 あっという間にリンゴを食べ終えたレオポルドがたずねた。


「貴族であるならばいつかは参戦せねばならぬであろうが、まだ行かぬ。まずは言葉遣いと礼儀作法を完璧にしてからだ」

「そうですか! もし夜会に行くときは俺も行きますから、言ってくださいね」

「なにゆえ」

「ええと、楽しそうだからです」

「そうか! そうだな! 貴殿がいると楽しそうだ」

「そうでしょう、そうでしょう」

「承知した。必ずや伝えようぞ」


 日陰のテラスでは、フローリアが二人の様子を遠巻きに見て楽しそうにしている。

 両足を伸ばして座り直したレオポルドが、ぐぐっと体を曲げて前屈した。


「見てください。けっこう柔らかいでしょ、俺」


 確かにレオポルドは頭をペタリと足につけ、そのまま顔をこちらに向けてニコニコ笑っている。つらい様子は全くない。


「げに。あっぱれである」

「シャルロタさんはストレッチちょっと苦手そうですね」


 ドキッとしたシャルロタがギクシャク動くと、レオポルドはすばやくシャルロタの背後にまわった。


「手伝いますよ。はい、ゆっくり曲げてー」

「ぬぬっ! ち、ちと、待っ……、んぎゅう~~」

「え、何今の声。可愛い……もう一回」

「きでっ……んきゅうぅぅぅ~~」

「可愛いっ」


 仲が良いのは良いことだわー、と、とうとうお茶を飲んでくつろぎながら二人の様子を見学することにしたフローリアがつぶやいた。





 今日はダンスレッスンの日だが、仲間の少女たちは来ない。シャルロタと二人きりのレッスンの日だ。たまにシャルロタを一人占めできるのは、お隣に住むものの特権だ。

 レッスン用のドレスに着替えたアマンダが窓の外を眺めていると、一台の馬車が門をくぐって入って来るのが見えた。しばらくすると少しだけあわてた様子の侍女がやってきて、ダンスレッスン仲間のサーラが迎えに来ていると告げた。

 迎え? 約束なんてしていないけれど。とりあえず玄関に向かうと、きょとんとした表情のサーラが立っていた。


「今日、何か約束していたかしら」

「え? 今日はシャルロタ様の特別レッスンの日よ。ほら、レッスンを受けたいって言ってる方が他にもたくさんいるから呼びたいって、クリオーネ男爵家のベッティーナ様が言っていたでしょう」

「え、ええ。言っていたけど、その後は何も」

「ちょっと人数を集めすぎちゃって、もっと広い別会場を用意したから、今日はそこへ集合って……」


 青ざめて震えているアマンダを見て、サーラがハッとして口を閉じる。


「わ、私……もしかして、ハブられてる……?」


 確かにレッスンに参加している少女の中で一番身分の高いのは侯爵令嬢のアマンダだ。目の前にいるサーラは子爵令嬢。身分など気にせずに、皆仲良くしてくれていると思っていたが、実は煙たがれていたのだろうか。


「そんな、こと、ないわよ。きっと伝え忘れただけよ。だってレッスンの主催者であるアマンダ様を誘わない、なんてことないわよ。通り道だから一緒に行こうと思って誘いに来たのよ。良かったわ、寄って。準備はできているじゃない。行きましょう」

「で、でも、私は誘われてないし……」

「大丈夫よ。アマンダ様をのけ者にしようなんて話、聞いたことないもの。遅刻しちゃうわ、行きましょう」

「じゃあ、シャルロタ様も」

「シャルロタ様は少し遅れて来るって聞いてるわ。その前に皆で自主トレしましょうって」


 サーラに手を引かれ、アマンダは後ろを振り返った。黙って話を聞いていたトスカが戸惑った表情をして立っていた。侍女があわててアマンダに上着を着せる。


「お母様、とりあえず行ってくるわね」

「ええ……気を付けてね」


 馬車にはすでに二人の少女が乗っていて、アマンダとサーラが乗れば満員だ。侍女は一緒に行くことができなかった。馬車を見送った後、トスカはすぐにクローチェ子爵家へ走った。





「そんな話は聞いておらぬ」

「やっぱり……どういうことかしら……」


 生け垣から駆けこんで来たトスカが若干青い顔をして頬に手を添えた。乗馬服に着替えたばかりのシャルロタは、これからアニェーザに髪を縛ってもらうところだった。めずらしく眉をひそめたフローリアが呆然としているトスカの肩に手を置いた。


「早く馬車を追いかけた方がいいわ」

「うむ。それがしが追いかけよう。義母上、足の速い馬をお借りしたい」

「だったら、うちの馬の方が速いわ!」


 トスカはスカートを翻して走り、生け垣の向こうに消えて行った。


「シャルロタさん、馬に乗れるの? 大丈夫? もうちょっと待ってもらえれば、うちの護衛を付けるわ」

「すぐに出ないと見失うであろう。義母上、このことをレオポルド殿に伝えてもらえぬか」

「わかったわ。無理しちゃダメよ、シャルロタさん」


 手櫛でさっと髪を整え、アニェーザから受け取った髪紐で一つに縛る。


「案ずるには及ばぬ。なあに、乗馬服を正しく使うだけのことよ」


 片方の口の端を上げてそう言うと、シャルロタはすぐに侯爵家へ向かった。特に速いという黒い馬に跨り、シャルロタは馬車を追った。追いついて止めようか迷ったが、集合場所にはすでに他の少女たちも集まっているかもしれない。馬車からは付かず離れずの距離を取って進むことにした。ポケットに手を突っ込み、アニェーザから渡された赤いリボンを取り出す。角を曲がる度に目印に木に巻いてゆこう。後から追いかけてきた誰かが気付いてくれればよい。


不穏な流れになりましたが、皆さまお気づきでしょうか・・・

シャルロタは素手でリンゴを割っています。

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― 新着の感想 ―
すごいな〜、リンゴを手で割っても驚かれないぐらい受け入れられたのだなと微笑ましく読んでおりましたが… やはり突っ込むべきところでしたね
[一言] これはこれは~~。 シャルロタさんを独り占めするのが気に入らない誰かの策略ですかねぇ。 侯爵令嬢より身分の高い誰かが関わっているのかな? レオぽん、早く~~! (りんごを素手で2つに…
[一言] 帝国兵時代だったらココナッツも素手で割ってたな、きっと
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