幕間
今日は区切りの関係でちょっと短めです。
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カロリーナはいろいろと後悔していた。
平凡な伯爵家の令嬢ではあるが、礼儀作法もわきまえているし、わりと美人だと思う。しかも一人娘だから、カロリーナと結婚したらそのまま伯爵家を継ぐことができる。これだけモテるんだったら、王太子殿下とまでは言わないけれど、できるだけ条件の良い男性を選びたい
そんなカロリーナが目をつけたのはレオポルドだった。
彼はタッキーニ侯爵家の三男だ。婿にもらうにはちょうどいい。第三騎士団所属で三兄弟の中では一番パッとしないけど、実家は裕福な侯爵家だ。それに、何と言っても顔が良い。
彼はあまり夜会には来ないから、見かければ必ず声をかけたし踊ったこともある。わざとらしく街をうろついて仕事中の彼を探したこともある。結局会えなかったけど。
しかし、タイミングを見計らって侯爵家に送った見合いの釣書が返ってきてしまった。丁寧なお断りの手紙がついてたけど、多分侯爵家の執事が書いたやつだ。失礼しちゃう。
彼とは縁がなかったんだわ、と、新しい出会いを求めて参加した今夜の夜会。
参加者の年齢層がちょっと若めで気後れしちゃいそうだけど、そんなことも言ってられない。
と、思っていたら、髪を乱したレオポルドが会場に姿を見せた。あわてた様子で妹の付添人の元へ行き、そして踊り始めたと思ったら、あっという間に走っていなくなった。何しに来たの、あの人。
ちょっとアホっぽいとは思ってたけど、お見合い断られて良かったかもしれないわ。そんなことを考えて、ぼうっとしていたら、いつの間にか隣に男が立っていた。何度か夜会で見かけたことのある、伯爵令息だ。この人、長男だったかしら。付き合いで参加したものの若い子ばかりで居場所がない、と言う似た境遇の彼に誘われるまま、庭へやってきた。
そして、今、カロリーナは暗がりに連れ込まれている。
自分の見る目の無さにも、運の無さにも、ほとほと嫌になった。一応抵抗したけど、男の力に敵うはずもない。
「もうやだ! 誰か助けて!」
そう叫んだはずなのに、恐怖に喉がつまってほとんど声が出なかった。もう一度、と思ったけど、口を塞がれてしまった……はずだった。急に体が解放されたと思ったら、ずいぶんと向こうの地面に男が倒れている。
「もう! シャルロタさん、いきなり靴を脱ぎ捨てないでくださいよ」
「靴を脱いでやったのは、それがしの温情ゆえ、感謝こそされ……」
「いいから、いいから。誰かに見られる前に早く履いてください!」
声のする方に振り向けば、レオポルドが跪いてシャルロタと呼ばれる女性に靴を履かせていた。カロリーナは体の力が抜け地面にぺたん、と座り、その様子を口を開けて眺めていた。
「ご令嬢、大事無いか」
きりっと凛々しい声でそう尋ねたのは、シャルロタの方だった。カロリーナがおずおずと頷くと、シャルロタは満足そうに微笑んだ。その笑顔に思わず見惚れていると、彼女のスカートを直していたレオポルドがやってきて、カロリーナの前で跪いた。
「お嬢さん。さっき、あの男を蹴ったのは、俺です」
いや、この状況、どう見たってあの女性が、と思ったけど、素直に頷いた。レオポルドの手を借りて立ち上がったが、腰が抜けてしまってふらついた。すると、すぐにシャルロタが腰に手を添えて支えてくれる。
「なんという不運だ。ほれ、それがしに掴まれ。歩けるか?」
背の高い彼女にそっと身を寄せると、ふわりと良い香りがした。薄暗い中でもよく映える亜麻色の髪は珍しくて目が離せないし、澄んだ黒い瞳には吸い込まれてしまいそうだし、柔らかいながらも体幹のしっかりた体はすごく頼りになる。
一言で言って、かっこいい。
横でうらやましそうに見てるレオポルドなんて、もうどうでもよくなってきた。ていうか、私のこと全然覚えてないのね。
「よくぞ勇気を持って声を上げた。あれが無ければ気付かなかったぞ」
シャルロタはそう言い、口の端を上げた。あんな言葉にもならなかったかすかな声を、聞き逃さずに駆けつけてくれた。そんなつもりはないのに、カロリーナの視界がみるみるぼやけていく。
「うぬ? いかがした」
シャルロタは親指できゅっとその涙をぬぐい、カロリーナをかかえ直すとゆっくりと歩き出した。カロリーナの足がもつれる度に立ち止まり、体勢を整える時間を与えてくれる。腰に添える手つきがしっかりしているから、とても頼もしい。
これは、間違いなく女性のエスコートに慣れている。
突然あらわれた彼女はいったい何者なの。カロリーナの頭はシャルロタのことでいっぱいだ。
救護室まで送ってもらったカロリーナは、シャルロタに心を込めてお礼を伝えた。ついでにレオポルドにも。
カロリーナは平凡な伯爵家の令嬢だ。そして、おしゃべり好きな年頃の女の子でもあった。婚活中の女子の連絡網をなめてはいけない。
次の日から、クローチェ子爵家令嬢シャルロタの元には、お茶会と夜会のお誘い、そしてダンスレッスンの申込が殺到したのだった。
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