99:残虐夫人と衣服の乱れ
戸惑うクレアに気づいているだろうに、サイファスの唇から紡がれるのは「そうだよ」という、まっすぐな肯定の言葉のみだ。
「クレアが悪いんだよ。これでも私は君を愛しているのだから。自制しようと努めていても、理性が揺らぐときだってある」
「そ、れは……」
サイファスの怒りがどこから来ているのか、よくわからない。
ただ、自分が彼にとても悪いことをしたような気がして、クレアは何も言い返せなかった。
なんだか決まりが悪くなり、サイファスの手から逃れて後退する。
しかしその途中、動揺のあまりうっかり後ろに敷かれた布団を踏んづけ、クレアはバランスを崩してしまった。
いつもならしない失態だ。
「うわっ⁉」
「クレア!」
支えようと手を伸ばしたサイファスを巻き込み、一緒に布団の上へひっくり返る。
気づけば、彼に押し倒されたような形になっていた。
その拍子に、着ていた衣服が僅かにはだけ、間近でそれを目にしたサイファスの頬が、一瞬にして朱に染まる。
「わわっ、ごめん」
「……クレア。私は、クレアが自分の気持ちに答えを出せるまでは、手は出さなでおこうと決めていたけれど。そういうことばかりするんだったら、もう自制できなくなくなるよ?」
クレアは視線をさまよわせた。今のは完全に自分が悪い。
「……サイファスがそこまで言うのなら、この作戦は止める」
さっさと犯人を見つけてしまいたい気持ちはあるが、彼に困った顔をさせたいわけではない。
「そうしてくれると嬉しいよ」
サイファスは赤い顔のまま、視線を逸らせながら答えた。
自制できなくなると言いつつ、彼の態度はどこまでも紳士的だ。
「そうと決まれば、クレオの様子でも見に行くか」
恥ずかしさを誤魔化し拭い去るように、クレアは移動を提案する。
このまま部屋にいれば、自分の気持ちについて、あれこれ考え込んでしまいそうだった。
サイファスがクレアを抱え起こし、念入りに衣服の乱れを整える。
そこへ、慌てた様子のマルリエッタが走り込んできた。彼女は店の奥でもしもに備えて待機していたのだ。
「大変です! 別の店にいたクレオ様が……誘拐されました!」




