73:辺境メンバーVS腹違い組
「執事長、クレアは第一王子殿下から直々に、ミハルトン家をなんとかするよう命令されてきたんだよ。つまり、どういう理由があろうとアンタが反逆者でクレアが正義なわけ」
身も蓋もないことを、執事長に告げるアデリオ。マルリエッタも頷いている。
「そうです! あなたにはミハルトン伯爵家を混乱させたほか、公爵令嬢エイミーナ様を襲った罪があります!」
いつもは犬猿の仲だが、こういうときは協力する二人だった。
「なるほど、そういうことですか」
執事長が忌々しげに告げる。
「何度も公爵令嬢を襲ったのに、いつまで経っても公爵は、クレオやミハルトン伯爵を始末しない! 不審に思っていたところでしたが、お節介な第一王子が裏で止めていたのですね?」
執事長の問いかけには、クレアが答える。
「いんや、公爵自身も最初から騒ぐ気はなかった。お前がやらかしたことくらい、痛くも痒くもないのだろう。あと、第一王子はお節介じゃない」
切り捨てるべき相手なら簡単に見捨てる。彼はそういう男だ。
「クレア、あなたはあれだけ殿下に目をかけてもらいながら……なんという言い草ですか」
「ちょっかいをかけられるの間違いじゃないのか? あの王子は、王都で俺に両刀疑惑がかかったのを、誰よりも面白がるような奴だ」
クレアと執事長の間には、大きな認識の差があった。
「大貴族の連中は公爵家も含めて見栄を大事にするものでしょう? クレオは娘をないがしろにした上、旅先で危険な目に遭わせた。王子に止められていないなら、何故公爵は報復しない? クレオは堂々と旅に愛人まで連れていったというのに」
「幸いというべきか、クレオが愛人と出かけたのはルナレイヴへ来た一度きり。クレオもそこまで馬鹿じゃなかった。王都で噂の的になるような行為は避けたようだ。今ならまだ、クレオのやらかした諸々の事態はなかったことにできる」
エイミーナには気の毒だが、クレオの動き次第で婚姻は可能だと公爵も判断した。第一王子を含めた王家もだ。
そして、タイミングよく帰ってきたクレアに、ミハルトン家のゴタゴタを収めるよう命令が来た。
「執事長、今回の騒動はいつものお前からは考えられない、冷静さを欠いた行動だったな。お前にはしかるべき場所で裁きを受けてもらう。ミハルトン伯爵に関しては俺も思うところがあるし、今回の一件で彼も責任を取らざるを得ないだろう。家が潰れるまでは行かなくとも、お前の目的は多少なりとも達成される」
「お黙りなさい。僕を捕まえられるとお思いですか? 今の状況で」
執事長がそう言い切ったタイミングで、先ほどから気配を殺し様子を窺っていた者たちが動き出した。
執事長のいう「腹違いの兄弟たち」だ。
かつてのクレアと同じように、別の組織で密偵などの職に就いていた者が多いのだろう。
捨てられ、売られ、流れ着く先は大体同じだ。
(思っていたより大所帯だが……伯爵には、何人子供がいるんだ?)
特に興味もないので今まで調べてこなかったが、戦闘できる者だけでこの人数だ。
そのほかを含めると、とんでもない数になりそうな予感がした。
執事長はなおも動かず、見物する構えを見せている。
「あなた方は完全に包囲されています。クレアとアデリオのたった二人で、どこまで対抗できるのか見物ですね。仲間を庇いながら大勢と戦えますか?」
サイファスやマルリエッタの実力を知らないのだろう。
執事長は、クレアとアデリオしか、戦力として数えていない。
仲間のうちの一人は、あの残虐鬼だというのに。
優しそうな見た目のサイファスは、残虐鬼と結びつきにくいのだろう。
「クレア、今回は僕の策に乗ってくれた屋敷の兵も呼んであります。あなた方に勝ち目はありません」
その言葉が合図となったのか、玄関からミハルトン家の兵たちがなだれ込んでくる。
中には、かつてクレアの指示で動いていた顔見知りも混じっていた。
「おいおい。お前ら、付く相手はちゃんと選べよ?」
クレオとして働いていたときには忠実な兵だったが……
今はクレアの正体が女とわかっているからか、侮った態度を隠さない人間も見受けられた。
「仕方ないな。準備できた奴からかかって来いよ」
最初に挑発に乗ったのは、屋敷に潜んでいたクレアの腹違いの兄弟たちだ。
次々に物陰から奇襲してくる……が、所詮執事長が急遽寄せ集めただけの面子。
全く連携が取れていなかった。
ターゲットを急襲するならまだしも、戦闘経験豊富な四人と正面から戦うのにこれはない。
互いが互いの進路を防ぎ、本来の能力すら発揮できないでいる。
(質も低いな。伯爵が屋敷に呼ばないわけだ)
それに、指揮を執れる人間がいないのが致命的だ。
まともな戦場経験のない執事長は、個別で戦うことはできても、全体に具体的な指示を出せない。
リーダー格の兵士はいるが、彼らでは個々の判断を第一とする密偵を統率できない。
兵と密偵は全く異なる生き物だ。
対するクレアたちは、個別での戦いも戦場での戦いも経験している猛者ばかり。
マルリエッタでさえ、過去には後衛の兵士として戦に出陣した経験があると話していた。
素早くアデリオが右、マルリエッタが左の敵に無言で襲いかかる。
「クレア、後ろは私が守るから心配いらないよ」
穏やかに微笑むサイファスに「心強いよ!」と返したクレアは、身軽な動きで欄干を駆け上り、階上の執事長に迫った。
人間の動きではないと、執事長の後ろに控えた密偵たちが驚愕している。
「なあ、執事長。高みの見物ばかりじゃ、つまらないだろ? 俺が相手してやるよ」
欄干の上で執事長に向き合うと、クレアは不敵な笑みを浮かべた。




