69:伯爵令息両刀疑惑
試合後、クレアたちは第一王子に指示されたとおり、彼のもとへ向かった。
派手ではないものの豪華な客室に案内され、深緑色の椅子に座って王子が来るのを待っている。
「殿下のやつ、なんの用かな。どうせ、禄でもない内容だと思うが」
「クレア、彼とは仲がいいの? 親しそうに話していたけれど」
何故そこでしょんぼりした表情になってしまうのか。
クレアと第一王子はそんな深い間柄ではないというのに。
不本意なので、しっかりと否定しておく。
「んなわけねーだろ! あんなやつと仲良くするなんてごめんだ」
これまで、彼が関わって、穏やかに過ごせたことなど一度もない。
待機していると、大変機嫌の良さそうな第一王子がやって来た。
対するクレアの機嫌は急降下している。
「待たせたな」
「お忙しいなら、この呼び出しは、なかったことにしてくれていいですよー?」
クレアの挑発を耳にした第一王子は、反撃とばかりに爆弾発言を投下した。
「そういえば、剣術大会での光景が原因なのか、その後の王宮内で『クレオ・ミハルトンが男色家、いや両刀ではないか』という噂が広まっていた。面白いから私は肯定も否定もせずに放置しているんだ」
王都の人々は、こぞって噂好きだ。
特に貴族の連中は、いつも耳をそばだてている。お高くとまっているように見えて、割とゴシップ好きなのだ。
「念のため聞いておきますが……嬉々として噂を広めたりしていませんよね、殿下?」
「当たり前だろう。私が手を貸すまでもない」
どこまでが本当か、非常に怪しい。
「ただ、『クレオ様ファンクラブ』は、『抜け駆け婚約者のエイミーナ嬢は許せないが、美形な友人のサイファス様ならイケる』などと、二人の仲を公認する構えを見せている。珍しいことだ。もっとも、その正体が残虐鬼だとは気づいていないようだがな……辺境伯、彼女たちに何かやったのか?」
「うーん、特には。一緒に話をして、裁縫を手伝ったくらいです」
あの芸術的な旗は、サイファスが手を貸した作品のようだ。
どこまでも、人の良い残虐鬼である。
第一王子はしばらく考えるそぶりを見せたあと、クレアに視線を移して言った。
「なるほど。辺境伯にクレオが懐くわけだ」
第一王子は、さらに面白そうな顔になって、今度はサイファスを観察しだす。
「殿下、サイファスをからかうのは止してください」
クレアが遮ると、彼は「他人に淡泊なクレオが誰かを庇うなんて、珍しいこともあるものだな」と、笑みを深める。
(どこまでも迷惑な男だな)
第一王子の態度にムッとしながら隣のサイファスを見ると、嬉しそうな様子でにこにこしていた。
一瞬で毒気を抜かれてしまう。
「ところで、今回お前たちを呼んだ件だが。ここのところ、ミハルトン家の動きがどうも妙でな。詳しく事情を聞こうと思っていたのだ。最近は、クレオがなかなか城へ来てくれないので、どうしたものかと困っていた」
「ずっと辺境にいた俺に言われてもな。まあ、どうせ屋敷は探るつもりでいたからいいですけど」
家をそんな状態で放置しているのは、クレオであってクレアではない。
「そういえば、執事が変な行動をとっているみたいで、エイミーナを狙っていました」
クレアは、これまでに起きていた事件を端的に第一王子に話した。
「ふぅん、執事に雇われた刺客か。目当ては公爵への身の代金かな?」
「わからない。ただ……エイミーナに危害を加えることにより、怒った公爵家にミハルトン伯爵家を潰させるような意図があるのではと感じました」
「伯爵家の者が伯爵家を潰す? 妙な話だ」
クレアは黙って頷いた。
今の実家に違和感を抱いているが、詳細は未だ不明である。
「単身で辺境へ乗り込んできたとはいえ、エイミーナを狙う機会なら、いくらでもあったはず。確実に危害を加えるなら、サイファスの屋敷よりも道中で彼女を襲う方がいい」
「確かに。残虐鬼のお膝元で動くなんて、命知らずだな」
相手は、エイミーナがクレオ(中身はクレア)と一緒にいるところを襲撃してきた。
一度目に撃退すると、今度はクレオが辺境伯家へ滞在中の夜にエイミーナを付け狙っている。
まるで、クレオに責任をなすりつけるかのように。
「俺も、これからサイファスと一緒に屋敷へ向かう予定でした。それでは殿下、さようなら」
さっさと退出しようと動くクレアを、第一王子は笑いながら眺めていた。
いつも、失礼な王子だ。
「ミハルトン家の調査で面倒をかけてすまないなぁ。クレオの姉君は、辺境伯とのハネムーンの最中だというのに……」
「え? ハネムーンって何?」
クレアは首を傾げる。
すると、サイファスが「あああああ!」と叫びながら、クレアと第一王子との間に飛び出していった。そうして、第一王子と何かを小声で話し合っている。
だが、クレアの位置からは聞こえなかった。
性悪王子の笑みが益々深まっているのが不穏だ。
「そういえば殿下、俺……の姉クレアとサイファスの婚約には、あなたが噛んでいたのですか?」
唐突に思い出した話について、クレアは第一王子に質問してみる。
剣術の試合が終わった際、彼自身が口にしていた内容だ。
すると、第一王子はクレアに近づき告げた。
「お前はクレアの弟だが、だからといって夫婦間の事情に、必要以上に首を突っ込むべきではない」
「いいえ……私もクレアの身内であり関係者ですので、知る権利があると思います」
思わず言い返したクレアに、王子は笑いながら言葉を返す。
「弟とはいえ、伯爵の許可なしにプライベートな事情を話すことはできない。特にお前と姉君は不仲のようだしなぁ?」
「……っ!!」
嫌なところを突かれた。
完全に面白がっている第一王子を前に、クレアはギリギリと歯噛みする。
「まあ、それはいいとして。クレオ、ミハルトン家の問題を早めに片付けてくれると助かる」
「俺が片付けるのが前提なのか……」
「だってお前が跡取りだろう? 最近、あの家の行動は目に余る。あんまりなことをされては、公爵家も動かざるを得ないだろう。そうなっては、俺もフォローできない」
クレアは小さくため息を吐く。
「わかったよ……もともと、阿呆の尻拭いをする予定だった。言われなくても、さっさと始末してやりますよ」
げんなりした気分になりながら、クレアは第一王子の命令を受け入れた。




