54:素敵な飲み比べ
「フンッ、これが辺境伯夫人か」
「はい、クレア様です」
アスターが紹介すると、ゴンザレスは不躾な視線でクレアを値踏みし始めた。
ジロジロ見られていい気はしないが、アデリオとハクに「余計なことを言うな」と言い含められているので、クレアは黙っていた。
「思ったより美人じゃないか。くそ、残虐鬼が骨抜きになったという噂も頷ける」
今すぐ「どんな噂だよ」と突っ込みたくなったクレアだが、耐える。
とんだデマだと思った。
「おい、貴様」
「……なん……でしょう?」
「残虐鬼を下したら、貴様を俺様の妻にしてやる。ありがたく思え」
「……はぁ」
青いのが何やら偉そうに語っている。
しかし、髪型の衝撃から抜け出せていないクレアの頭には、何も言葉が入ってこないのだった。
「なんだ、怯えて言葉も出ないのか?」
ニヤニヤと笑うゴンザレスが近づいてくる。
「アスター、下がっていいぞ。後は俺様が見ておいてやるから」
「かしこまりました、失礼いたします」
言われたとおりアスターが部屋を出て行くと、青いのはさらに距離を詰めてきた。
「人質として利用する前に、せいぜい可愛がってやる」
クレアの顎を片手で持ち上げ、ゴンザレスは満足そうに呟く。
「おま……あなたは、どうして、ルナレイヴを攻撃するのですか? ゼシュテ国側の国境を守るのは残虐鬼。攻めにくい場所です」
丁寧な口調を心がけ、クレアはゴンザレスに質問する。
「わかっている。だが、俺様に残された場所は、ここしかない。女ごときにはわからんだろうがな」
ゴンザレスは近くの椅子にどっかりと腰掛け、クレアに酒を注ぐよう命じた。
(おっ、アズム国の酒だ……後でもらって帰るか)
クレアは気分が上がった。
王子の部屋には酒が沢山置かれており、普段からしこたま飲んでいることがわかる。
酒を注ぎながら、クレアはゴンザレスを促して様々な話を聞き出した。
アズム国には二人の妃と五人の王子がおり、ゴンザレスの母親は平民だったそうだ。
そしてすでに他界している。
王位争いは水面下で始まっており、王位を取れなかった王子の先行きは暗い。
不安要素として始末される線が濃厚だという。
ゴンザレスは王位争いなんてしたくないが、そうも言っていられない。
最終決定権のある父王に気に入られるため、必死で手柄を上げようと奮闘しているのだった。
とはいえ、ゼシュテ国以外に面した条件のいい国境沿いの地は、すでに他の兄弟に取られている。
母の身分が低いゴンザレスの立場は弱かった。
それで、売れ残ったゼシュテ国との国境沿いを選ばざるを得なかったのだ。
「王子というのも、大変だ……ですわね」
「わかってくれるか! 我が妃よ!」
ゴンザレスは、やむにやまれずルナレイヴを攻めていた。
引くに引けない状況をなんとか切り開こうとクレアを攫ったのだろう。
そして、彼は存外単純でまっすぐな性格の持ち主のようだ。王子に向いていない。
アスターという側近もゴンザレスに甘そうなので、育った環境が影響しているのかもしれない。
少なくとも、ゼシュテ国の王子は、もっと冷酷で計算高い。性格も悪い。
そう考えたクレアは、新たな酒瓶を手に取る。
「さあさあ、もっと飲んでください」
大量の酒を口にしたゴンザレスは気分が良くなったのか、クレアにも酒を勧めだした。
そして饒舌になっていく。
「ふはは、貴様も飲め!」
「では遠慮なく。そうだ、飲み比べをしませんか? わたくしが負けたら、サイファス様やルナレイヴのことをなんでもお教えします」
「いいのか、そんなことを言って。俺様は強いぞ?」
勝ちが確定している勝負に、ゴンザレスは上機嫌で乗ってきた。
「では、貴様が勝ったときは、なんでも言うことを聞いてやろう」
「まあ嬉しい。そうこなくっちゃ……ですわ!」
これでアズム国の酒を片っ端から味見できる。クレアは目を輝かせた。
天井裏では、そんなクレアの様子を呆れたように観察する二人の仲間の姿があった。
彼らは全部理解していた。クレアが酒を飲む口実を欲していただけだということを。
だが、二人はそれを黙認する。
この勝負の行方がわかりきっている上に、もうすぐ余った酒が自分たちの手に入ると確信していたからだ。
クレアはゴンザレスに容赦なく酒を注いでいく。
そして、自分も次々に瓶を空けていった。
「次はアレを飲みたい……です! その次は、あっち!」
終いには、勝手に酒をリクエストし始めるクレア。
しかし、プライドの高いゴンザレスは、それを断れない様子だった。
この期に及んでも彼は、まだ自分が勝つと信じて疑っていない。
「はっはっは、その余裕がいつまで続くか見物だな。我が妃よ! 面白い女だ……!」
「ほらほら、次行くぞ……ですわ」
数分後、王子の部屋の中には大量の空き瓶と酒を飲み続けるクレア、そして床に突っ伏して動かなくなったゴンザレスの姿があった。
※
「さて、こいつと酒を連れて帰るか」
グラスを空にしたクレアは、ゆっくり椅子から立ち上がり天井に目を向ける。
「降りてこいよ」
すると、素早く二つの影が床に降り立った。アデリオとハクだ。
「クレア、飲み過ぎ」
たしなめるアデリオを気にすることなく、クレアは持ち帰る酒瓶を袋に詰めた。
床に倒れたゴンザレスはハクが確保する。
「さっさと帰るぞ。辺境伯が怖いからな」
ハクに追い立てられるように、クレアたちは敵の砦を去る。
だが、時すでに遅し……三人のあずかり知らぬところで、クレアの不在はサイファスにバレていたのだった。




