48:不良令嬢の涙!?
「クレア、改めてアリスケレイヴ家へ来てくれてありがとう。君に出会えて、こうして妻として迎えることが出来て本当に良かった」
顔を上げると、まっすぐな空色の瞳に見つめられていた。
しかし、その目が僅かに驚きを含み、揺れ始める。
「ご、ごめん……泣いているの? 抱きしめられるのが嫌だった? それとも、私が変なことを言った?」
「は……? えっ……? 誰が泣いているんだ?」
サイファスが見つめているのは、クレアだけだ。
試しに自分の目元に手をやると、濡れている。
無意識のうちに、涙が出ていたようだ。目尻から流れ落ちた雫が頬を伝っていった。
「なんで……?」
わけがわからない。涙なんて、子供の頃以来一度たりとも流していなかった。
混乱するクレアを宥めるように、サイファスがその背を撫でる。
自分のせいでクレアが泣いてしまったと誤解している彼は、見るからにオロオロしていた。
「サイファスのせいじゃないぞ、勝手に目から水が出ているだけだ。なんでこんなことになったのか、俺にも意味不明なんだ」
本気でクレアが驚いていることを察したのだろう。
サイファスは、今度はクレアを気遣うように接し始めた。先ほどより、更に距離が縮まる。
クレアは今まで他人から「頑張ったね」などと言われたことはなかった。
その環境にいたければ、必死でしがみつかなければならない。
やらなければ居場所を失う。全力でやっても失うときは失う。それが当然という世界で育った。
頑張ることはクレアにとって当たり前で、生きるために必要なことで……特に気にするような行動ではなかった。
でも、サイファスがそれを認めて口にしたとき、言いようのない感覚に包まれた。
張り詰めていたものが切れ、自分の中の何かが報われた気がした。
勝手に涙が出たのはそのせいかもしれない。
「クレア、もっと他人に甘えていいんだよ?」
「俺はもう大人だ。そんなガキみたいなことはしない」
十八歳の令嬢の発言に、サイファスは苦笑しているようだった。
「君は知らないようだけれど、夫婦はお互いに頼り合うものだ。私はクレアが甘えてくれたら嬉しい」
毒のない笑みを向けられ、クレアは戸惑いながら頷いた。
「そういうことなら、サイファスだって俺に頼れよ?」
ゴシゴシと涙を拭い年上の夫を見上げると、相手は頬を染めて空色の瞳を細める。
「もう十分、頼らせて貰っているよ?」
そう言って、サイファスはクレアの頬にそっと唇を落とした。




