41:不良令嬢、木刀を振り回す
クレアは木刀を構えながらニヤリと笑った。
ここ最近は屋敷で事務仕事ばかりしていたため、クレアは運動不足に陥っている。
たとえ今みたいな状況でも、久々に暴れることができて嬉しいのだ。
しかも相手はサイファスの部下、エリート隊長。胸が躍る。
もともとクレオとして戦場で活躍していたクレアだが、ミハイルのように難癖をつけてくる手合いは多かった。
見た目のせいで「チビなのに戦えるのか?」、「女顔は引っ込んでろ!」など色々な言いがかりを付けられてきたのだ。全員ぶちのめしたが。
あれらに比べれば、ミハイルは上品だしたちは悪くない。言っていることもまともだ。
「さあ、奥方様。どこからでもどうぞ」
ミハイルは余裕ぶった態度でクレアの攻撃を促した。完全に嘗め腐った態度である。
「じゃあ、遠慮なく」
右足で踏み込んだクレアは、ミハイルの方へ素早く移動し、木刀を横薙ぎに払った。
「……っ!?」
ミハイルが目を見開いているが、そんなの知ったことではない。侮った方が悪いのだ。
クレアは続けざまに木刀を振り回して攻撃する。とても楽しい。
初手で油断したミハイルだが、体勢を立て直し応戦してきた。
「そう来なくっちゃ」
力強い剣戟が続く。
けれど、クレアはミハイルの欠点に気がついていた。
幼い頃からきちんとした教師を付けられ、鍛えていたのだろう。
彼はエリート騎士ゆえに剣筋が綺麗すぎるのだ。
型通りに振るわれる正統派の剣。兵士相手には通じるが、クレアのような相手には逆効果だった。
密偵や兇手として活動してきた者には読めてしまう。
クレアやアデリオの剣は、戦うための剣ではない。
確実に相手を戦闘不能にするための剣だった。
そのため、型も流派もない。
クレオ時代にようやく騎士としての訓練を受けたが、時すでに遅し。
クレアの剣は一見、王都で最も有名な流派の型……に見えて、色々混じっている我流だった。
きちんとした訓練を受けてきたミハイルにとって、クレアのような滅茶苦茶な動きをする相手はかなりやりにくいはずだ。
逆に、クレアは仕事で「型通り」の剣筋をたくさん見てきた。そして、破ってきた。
ミハイルは強いが、あしらうことが出来る相手である。
クレアは機敏な動きでミハイルを翻弄し、自分が有利になるよう誘導していく。
自身にとって最も都合の良い位置へ彼を誘い込んだあと、タイミングよく思い切り木刀を横に叩き飛ばした。
「……っ!?」
ミハイルが目を見開く。
勢いよく宙を舞う木刀を、ちょうど良い位置にいたサイファスが片手で易々とキャッチした。
それだけで、全員の中で彼が桁違いに強いことがわかる。
サイファスはふわりと微笑んで試合結果を告げた。
「勝負はクレアの勝ち。ミハイルはクレアを認めること。ね? クレアは強いんだよ」
「うっ……」
悔しげなミハイルはクレアを鋭く睨んでいた。
けれど前言は撤回せず、妻の活躍に頬を染めるサイファスに従う。
「奥方様。あなたは……何者なんだ?」
警戒を露わにするミハイルに向かって、クレアは不敵な笑みを浮かべる。
「知ってのとおり、普通の辺境伯夫人だ」
だが、その言葉を信じる者はいなかった。




