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不良令嬢と残虐鬼辺境伯の政略結婚!!  作者: 桜あげは 


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32/99

32:辺境伯と侍女の共同戦線

 自分はサイファスにとって、プラスにはならない存在だ。


「サイファス、お前は見てくれもいいし聡明な領主だ。もっと相応しい妻が見つかるに違いない。俺の存在は邪魔にしかならない」


 クレアがそう告げると、彼はあからさまに眉をひそめる。


「それは君が決めることじゃない、私の領分だ。クレアの言う『相応しい令嬢』とやらより、私は君がいい」


 どうしてこうも頑固なのだろう。

 彼がクレアにこだわる必要なんてないというのに。


 サイファスは何を思ったのか懐からナイフを取り出し、近くにあった黒い薔薇を一輪切り取った。

 そして、棘を落としてクレアに渡す。


「クレア、君は私の大切な女性――愛おしい妻だ。勝手に出て行くなんて言わないでほしい」

「体裁の問題なら、俺の方でなんとかするが……?」

「違う、そんな話じゃない。私は君を一生手放したくないと言っているんだ!」


 思いがけず強い口調で言われ、クレアは言葉に詰まる。


「いや、でも」

「確かに、王都の社交界で活躍するなら、君の言う一般的な令嬢が理想的かもしれない。でも、ここは辺境ルナレイヴで、求められているのは私の妻だ。君はそこを理解していない」

「だって、俺は……お前が『可愛い』と評価するような深窓の令嬢じゃない。そんなお綺麗な人物じゃないんだ」


 孤児出身の密偵育ちで、つい最近まで男として影武者生活を送っていた人間である。

 こんな自分が辺境伯婦人になっていいわけがない。


「サイファス、お前は俺の本性を知らなかっただろ? そんなお前に、自分が望まれているなんて思えない」


 そう口にすると、彼は困ったように微笑んだ。


「確かに今まで私は小さな違和感に気づかないふりをし、クレアを深窓の令嬢だと信じ込んでいた……けれど、私は君が『おしとやかな令嬢だから可愛い』と考えていたわけじゃないよ。クレアだから可愛いんだ。君ならおしとやかでも、剣を振り回していてもなんでもいい」


 サイファスは、とんでもないことを口にしている。

 ありのままの傍若無人なクレアの姿が「可愛い」だなんて、普通の感性ではない。

 不意を突かれたクレアは、また口を噤んでしまった。


 混乱に飲み込まれる中、クレアの胸の内から不思議な感情がわき上がってくる。

 温かいような、面映ゆいようなそれは、今までに感じたことがないものだった。


「お前……すごい趣味だな」


 かろうじて声を振り絞り、クレアはサイファスに答える。


「君がどう言おうと、クレアは魅力的だよ? ライバルもいるしね」


 そう告げると、サイファスは屋敷の方へ視線を移した。


(ライバルだって?)


 クレアを魅力的だと思う人間なんて存在するはずがない。

 サイファスは何かを盛大に勘違いをしている。


「クレアは辺境伯家にとっても理想的な女性だよ。血を見て怯えないし、ルナレイヴの地について自ら学んでいる。兵士たちにも打ち解けているしね」

「いや、普通に考えておかしいだろ。こんなのが辺境伯夫人とか……」


 血迷った残虐鬼を正すため、クレアは必死に言いつのる。


「そんなことはないよ。我々は深窓の令嬢が来ても全力で守るつもりだったけれど、マルリエッタより強い君なら大歓迎さ。とはいえ、大切なクレアが危ない目に遭うのは嫌だから、私に君を守らせてもらえるとありがたいな」

「そうじゃなくて」


 言いたいことが上手く伝わらない。

 全く動じないサイファスを前に、クレアは「自分の方がおかしなことを言っているのか?」という錯覚に捕らわれた。

 しかし、サイファスは、さらにずれた発言を繰り出す。


「なら、私の何がいけなかった? 全部言って! 直すから!」

「えっ……!?」


 黒い薔薇を手にしたままのクレアは、必死な顔のサイファスを見つめる。

 別れを一方的に切り出した相手にすがるように、彼はクレアの両肩に手を置いて訴えた。


(だから、サイファスに落ち度なんてないんだけど)


 しかも、そのタイミングで屋敷の方からマルリエッタが歩いて来るのが見えた。

 昨日まで休んでいたとは思えない足取りで、薔薇の生け垣に囲まれた庭をずんずん進んでいる。

 彼女はクレアの前まで来ると足を止め、怒った様子で口を開いた。


「クレア様、私は申し上げましたよね? サイファス様を傷つけることがあれば、許しませんと!」


 マルリエッタは全ての事情を知っているようだ。

 屋敷で誰かに聞いてきたのかもしれない。


 目を吊り上げる彼女に向かって、クレアは弁解する。


「俺はサイファスを傷つけないため、ここを出て行こうとしただけだ」

「そんなこと、サイファス様は望んでおられません。わからないのですか?」


 そう言われても、クレアに彼の心は読めないのである。


(だって、俺をそこまで求めるなんて変だ)


 声を荒らげ力説するマルリエッタに向かい、クレアは提案した。


「いっそ、マルリエッタがサイファスと結婚したら?」

「ふざけないでください! 私にとって、サイファス様は尊敬する上司で恩人。恐れながら申し上げると、兄のように大切な存在なのです! 結婚するだなんて考えたこともございません!!」

「俺はてっきり……」

「見当違いの詮索をしている暇があったら、さっさとサイファス様との絆を深めてくださいませ!」


 クレアはマルリエッタに弱い。今のように、感情的になられると余計に。

 ここまで言われてしまっては、もう何も言い返すことができなかった。


「……二対一って卑怯じゃないか?」


 思わず口を突いて出た言葉は、ずいぶんと間の抜けたものだった。


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