３０：大男の正体

「この間、敵が奇襲をかけてきたとき、俺もアデリオも戦場にいたんだ。滞在先の砦を抜け出していた」

「なるほど、赤髪と銀髪の新人兵士……そういうことだったんだね」

　別人のように冷静な顔で、何かを納得しているサイファス。

　彼の考えがわからないまま、クレアは話を続けた。

「あと、街で襲ってきた奴らを伸したのは大男じゃなくて俺だ。マルリエッタたちが気絶していて、危なかったから……」

　サイファスの青い瞳は静かに輝いており、考えが読めない。

「では、君は本当に……？」

　問いかけを受け、クレアは首を縦に振る。

「見てのとおり、俺は出来損ないの令嬢だ。ミハルトン伯爵の子であることは間違いないが、深窓の令嬢というわけじゃない」

「……」

「血を見たって平気だし、剣だって振り回す。酒だって浴びるように呑むし、屋敷でじっとしていることなんてできない」

　状況を理解したダレンは、自分の失言に気づき焦っている。

　クレアが本当にサイファスの妻をやっていたとは思わなかったのだろう。

　アデリオは、事態を静観していた。

　辺境伯家の客間には、奇妙な沈黙が広がっている。

「とにかく、そういうことだから！」

　気まずくなったクレアは、自分を見つめるサイファスの目から逃れるように踵を返す。

　いつもならそんな行動を取らず堂々としているが、何故かとても居心地が悪く、その場に留まることができなかった。

　客室から走り出たクレアは、誰もいない場所を目指し一人庭へ向かう。

　そのままサイファスが薔薇を育てている一角まで駆けてくると、足を止めて近くにあったベンチに腰掛けた。心臓がバクバクと脈打っている。

　なんで自分が戸惑っているのかわからない。

　ただ、被っていた猫が外れただけだというのに。

　正面に淡いピンク色の薔薇が咲いている。

　けれど、反対側には愛らしい庭園に不釣り合いな黒い薔薇の生け垣がある。

　サイファスは何を思って、こんな配置にしているんだろうとクレアは首を傾げた。

　あいにく、花の知識には疎い。

　薔薇に求めるものなんて、景観の良さだけで十分である。

　しばらく薔薇を眺めていると、一人分の足音が近づいてきた。

　アデリオは音がしないので、他の誰かだろう。

　クレアは足音のする方を見て息を呑んだ。

　客室にいたはずのサイファスが、大きな袋を持ったまま、クレアの方へ歩いて来たのだ。

　ダレンたちはいない。

　普段と同じ笑みを浮かべているはずなのに、サイファスの空色の瞳はどこか違う色彩を秘め、その視線は冷たく冴えている。

（……っ!?）

　そんな彼の表情を初めて目にしたクレアは、警戒しつつサイファスを迎えた。