魔女VS女神
透き通るような水色の髪が風になびいていた。真っ白いその腕は天高くへと伸ばされ、白いスカートが風にはためく。
そのサファイアの瞳は、まっすぐに周囲を見つめた。
「今ここには二人の女神がいます。一人は女神フーリア。わたしとともに歩み、祝福を与えてくれた女神」
そう言って彼女はすぐ側に立つ女神を手で指し示した。
「そしてもう一人は目の前にいる名も無き女神。彼女がこの女神フーリアから力を奪い、さらにはわたしのことを追放に導いたのです!!」
人々の目線が一斉に女神アリアへと向いた。
「な、何を言っているのよ……っ!!」
アリアは叫ぶ。
周囲の人々の目は冷たかった。
驚き、戸惑い、疑いが入り交じった視線だ。
それに花子は唇をつり上げ、さらに言葉を重ねる。
「今回、大変な病がこの国で猛威をふるったとうかがっています! それはこの女神フーリアがわたしと共に国を追放されてからではないですか!?」
一気にざわめきが広がった。
みなひそひそと隣の人とささやき合い、その視線は女神アリアとフーリアの間をせわしなく行き交う。
「な、なによ……っ!! わたくしが女神よ! 女神アリアよ! この国をずっと繁栄に導いてきた……っ!!」
アリアは戸惑いつつもそう宣言した。しかし周囲の人々の目線は変わらない。
信じていない目だ。
(それはそうだろう)
花子は笑っているのがばれないように口元を手で覆う。
もしも花子と対立する女神アリアがこの国の女神なのだとしたら、国民達が病で困っている時に、一体いままで何をしていたのだ、という話になる。
花子とともに国外追放されていたから助けることができなかったのだ、と言われたほうが信じたくなるというものだ。
誰だって、自分が長年信じてきた神が自分を助けてくれなかったなど思いたくはないだろう。
「事実、わたしと共に女神フーリア様がこの国に足を踏み入れた時から病は収束に向かい始めたのではないですか?」
静かに告げた花子の声は、広場にりんと響き渡った。
「確かに……」
「それまでは治療院が頻繁に閉鎖していたのにそれもなくなったよな……」
「じゃあ本当に……?」
「何を言っているのよっ!!」
人々のざわめきにアリアが叫ぶ。
「いままで散々助けてやったじゃない! 誰のおかげでこの国が発展できたと思っているの!? わたくしのおかげよ! わたくしがおまえ達をここまで導いてやったのよ!!」
その言葉に人々の視線が鋭くとがる。
花子はすかさずフーリアの脇腹をつついた。
「ん?」
目線と口パクで「今っ! 今だ! いけ!!」と伝える。それにフーリアは「ああ」とうなずくと一つ咳払いをした。
「みんなー、わたしは女神フーリアだよー」
その第一声に花子はだめかも知れない、と若干失敗を覚悟した。
しかしそのかけ声にどうしたらよいかわからず静かになった民衆達に、フーリアはにこりと笑いかける。
「わたしがいない間に苦労をかけたね。でも残念ながらわたしの力のほとんどはまだこいつに奪われたままなんだ」
『こいつ』とフーリアはアリアを指さす。それにアリアが反論する前にフーリアは「だからね」と続けた。
「わたしに力が戻るように、祈りを捧げてくれないか?」
フーリアは両手を合わせて見せる。
「わたしに力が戻るよう。みんなが祈ってくれればわたしは邪神から力を取り戻すことができる」
フーリアは花子にウインクをしてみせた。それに花子は慌てて両手を合わせて祈るポーズをフーリアに捧げて見せた。
「さぁ、みんなの祈りをわたしに!」
フーリアが両手を掲げてみせる。
「なにを馬鹿なことを言っているのよ! そんな戯れ言!! 誰も信じるわけがないでしょう!!」
アリアが叫んで手のひらにためた光を放とうとして、
「な、なによ! これは……っ!!」
息を呑んだ。
徐々にその手のひらの光が弱くなって言っているからだ。
花子は横目でちらりと広場を見渡した。
そこには花子と同じポーズをとり、祈りを捧げる人の姿が見える。
それは徐々に処刑台の下から伝播して、広場中に広がって言っていた。
その祈りを捧げる手の向かう先は、ーー女神フーリアだ。
アリアの手のひらの光は吸い取られるようにして女神フーリアの手のひらへと移動していく。
「なっ! 何をしているのよ! やめなさいよ……っ!!」
アリアは戸惑いと困惑、怒りをないまぜにしたように怒鳴る。
「わたくしは女神よ! おまえ達! わたくしにこんな真似をしてただで済むと思っているの!?」
その叫びにますます人々の祈りはフーリアへと捧げられる。
「おまえ達……っ!! わたくしのことを……っ!!」
「無駄だよ、アリア」
にっこりと微笑んでフーリアが告げる。その天に掲げた両手には、巨大な光の球があった。
「みんなきみではなくて花子を選んだんだ。いや、きみにはエレノアと言ったほうがいいのかな? まぁそりゃそうだろうね」
そのままフーリアは光を大きく振りかぶる。
アリアの手には、もう光はひとかけらも残ってはいなかった。
「救わない神より助けてくれる人のほうが好きさ。誰でもねっ!」
その言葉と共に光が放たれる。
「きゃあああああああああっ!!」
その光を浴びて女神アリアは悲鳴をあげ、その姿はやがてかき消されるようにして消えた。
その光景に処刑台の下から歓声が上がる。
「あーあ、のんきなもんだね。魔女に騙されて本物の女神を追いやったともしらないで」
にやにやとフーリアは意地悪く笑う。
「まぁ、いなくてもなんとかなるんじゃないかな?」
『魔女』は祈る姿勢をやめて立ち上がった。
そして王族や貴族達の座る席を見る。
そこでは一体なにが起きたのかわからないという顔をして抱き合うジャックとアイリーンの姿があった。
「復讐は果たせたか?」
ずっと花子のことを守るように側に立ってくれていたロランがそう声をかけてくる。
その顔を花子は見上げる。
「はい」
「では、これからは生きることを考えてくれ」
そう言うと彼は花子のことを横だきに抱きかかえる。
俗に言うお姫様抱っこというやつである。
そして顔を引きつらせると、
「ひとまずは、ここから逃げるぞ!」
そう言うやいなや処刑台の階段を全力疾走で駆けだした。




