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タナカ・ハナコは聖女ですか?〜彼女の堕落的異世界生活〜  作者: 陸路りん


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偽女神フーリア

 そこに立つのは間違いなく女神アリアだった。

 彼女は怒りにその虹色の瞳を燃やしている。

「……おかしいな、信仰の力がきみに移れば彼女は無力になるんじゃなかったのか?」

「だってまだ全部移りきってないもん」

 花子はフーリアのことを見る。彼女はてへっと舌を出して笑った。

「まだ目の前のわたしより過去の信仰を信じている人間がいっぱいいるんだよー。ごめんね、信者達ってば思ったよりも頑固」

 ついでに頭をこつんと叩いてみせる彼女にはらわたが煮えくり返るが、それを今言ったところで意味はないだろう。

(今はこっちだ)

 花子は頭を切り替えてすばやく振り向く。

 そこには花子以上に怒髪天を突いた様子の女神アリアが立っている。

「わたくしに意思に反するだけではなく、そんな大昔の役立たずを引っ張り出してきてわたくしから信仰まで奪おうとするだなんて……」

 彼女が手を頭上へと突き出す。その手のひらの上には徐々に光が集まりそれは巨大な球体へと変化した。

(まずい……)

 あれがなんなのかはわからないが、まずいのだけはわかる。

「エレノア」

 アリアは据わった目をして告げる。

「今すぐに謝罪し、『それ』に奪われた信仰を返すというのなら命だけは助けてあげるわ」

 それは本当に『その場の命だけ』という意味だろう。たとえ半殺しにしたところで即死ではないのだから『命だけは助けた』ことになるのかもしれない。

(ここまでか……)

 そもそもが即興の思いつきだ。不確定要素も多く、失敗しても仕方がない。

 当初の予定とは違うが、もともと死ぬ予定だったのだ。

 ここで『最低最悪の人生だった』と叫んで死ぬのも悪くはないだろう。

 花子は静かに目を閉じる。そして開くと同時に飛び込んできた人物に目を丸くした。

「下がっていろ!」

 整えられた黒髪に長身、敵を見据える鋭い水色の目は、目の前でみるみる紅色へと変化した。

 ロランだ。

 その紅い瞳を見た人々は恐怖に目を見開き息を飲む。

「貴様……、その目は……っ」

 アリアもまた、驚きと警戒に目をすがめた。

「『邪教の悪魔』め……っ!!」

 そして手のひらの光を放つ。

「ロラン……っ!!」

 なんとか彼をかばおうと前に踏み出すが、

「下がれ!!」

 再び押しやられ花子はたまらず尻餅をつく。そしてロランは槍を構えると、

「ふん!」

 槍の切っ先で光を撫でる、と思った瞬間、その光は軌道を変え、ロランと花子の斜め後方へと飛んでいった。

 とんでもない音を立てて後方にあった建物ががらがらと崩れ去る。

「…………」

「危ないから下がってろと言っているだろう。出てくるんじゃない」

 そして呆然とする花子はロランからまるで熱い物に好奇心で手を伸ばす幼子を叱るようなお言葉をもらった。

 まるで「めっ」とでも言い出しそうな柔らかい口調だ。

「うん、そうだな……」

(この男、とんでもないとは思っていたが……)

 花子の予想を上回ってやばい男である。

 花子の脇で展開についていけず膝を突いていた処刑人の男はもはや処理落ちしてしまったのか白目を剥いている。

「わたしはきみに対してもう少し丁寧に接するべきだったのかもしれない」

「なんの話だ?」

「きみのその善良性と忍耐強さは美徳だという話だよ」

 これまでの自らの振る舞いを反芻しながら花子は告げた。それに彼は首をかしげながらも、

「そんなことよりも逃げるぞ」

 とアリアのほうを油断なく睨みながら言う。

 見るとアリアは再び光を手のひらに集め始めていた。

「逃げるってどこへ」

「まずはエリスフィアへ。一時撤退だ。反撃については体勢を立て直してから考えよう」

 まったくもって、軍人らしい台詞だ。

 花子はそれにおかしくなる。

「この後におよんで、見捨てないのか、きみは」

「見捨てる?」

 意味のわからない言葉をきいたと言わんばかりに彼は言う。その視線はいまだにアリアを睨んだままだ。

「なんだそれは、意味がわからん」

 花子は今度こそ吹き出した。

「うん、そうか……」

 確かに、ロランはそういう男なのだろう。そういう男だった。だから花子もほだされて女神に反抗しようだなどと考えてしまったのだ。

「きみは本当にいい男だ」

「……? なんだ? なにか言ったか?」

「なんでもない」

 小さくつぶやいた声は彼には聞こえなかったらしい。しかしそれでいい。

 花子はゆっくりと立ち上がった。

「いや、そうだな。逃げるのはやめだと言ったんだ」

「はぁ?」

「だってきみはどこまでも一緒に逃げてくれる気なんだろう?」

 ロランはそこでやっと花子のことを横目でみた。そして何を言っているんだ、という顔でうなずく。

「当たり前だ」

「だったら逃げるのはよくない。ここで決着をつける」

「そんなの……、一体どうやって?」

 花子はにやりと笑った。

「こうやって」

 そして手を掲げる。

「リジェル王国の民よ!!」

 その声にあっけにとられていた処刑台の下にたたずんでいた民衆達は、一斉に花子の方へと顔をあげた。

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