交渉
いつまでも手をとってくれないハナコにロランは言葉を続けた。
「なにか別の方法があるはずだ。その女神に復讐するにしても、わざわざ君が不幸な目に遭わなくても……」
「じゃあどうやって」
「え?」
ロランのことを見上げるその目にもうさきほどのような怒りや狂気じみた不気味な光は宿って居なかった。そこにはどこか所在なさげに迷子になった少女のような目があるだけだ。
「どうやって、報復したらいいかな?」
「うっ、それは……」
ロランはだらだらと冷や汗を流す。何も考えていなかったからだ。
(考えろ! 考えろ! 俺!!)
いまはチャンスだ。そしてこの機会に押し切らなければハナコが素直に脱出してくれる可能性は低くなる。
「そ、そう、女神の信仰を減らすとか!」
「え?」
ぽかん、とハナコが口を開けるのに、ロランは身振り手振りをしながら必死に説明した。
「神は信仰によりその力を増大するんだろう! ならば逆に信仰を無くしてしまえば、それは十分復讐になるのでは?」
苦し紛れだ。
苦し紛れだが、そう悪い案でもないのではないだろうか?
「だから、」
「そうか」
「え?」
ハナコはなにかを考え込んでいる、そしてふいにそのサファイアの瞳が意地悪げにきらりと光った。
(あ、いやな予感がする)
ロランの背中からどっと冷たい汗が流れた。
こういう時のハナコは危険だ。
幸か不幸かこの二ヶ月あまりでロランはハナコのことをある程度理解できるようになっていた。
「ロラン」
ハナコがかすれた甘い声で彼の名前を呼ぶ。その瞳は熱に浮かされたようにうるみ、ロランのことを熱心に見つめていた。
罠だ。これに応じてはいけない。きっと後悔する。
「……なんだ、ハナコ」
そうわかっているのにロランはあらがえない。だってこの目の前の少女は、ハナコは。
ロランの愛する妻なのだ。
惚れた女にすがられて、どうしてそれを振り払うことができよう。
「当然、きみも協力してくれるのだろうね?」
案の定、彼女はそう言った。ロランは生唾をごくりと飲む。
ケイトもレンも、ロランがどうするのかその決断を見ている。
額から脂汗がだらだらと流れてくる。目の前には、切なげに潤むサファイアの瞳。
ロランは大きく息を吐いた。
「いいだろう」
そして諦めたように微笑む。
「人を頼るのが苦手なきみが、はじめて素直に助けを求めているんだ。その内容がどういったものであれ、ここで答えねば俺が君のそばにいる甲斐がない」
その言葉に驚いたように目の前のサファイアの瞳が見開かれる。その唖然としたような表情を見て、ロランは笑った。
「俺はきみの夫だ。家族だ。家族の危機にはかけつけて、そしてそれを支えるものだ」
ロランはもう一度格子越しに手を差し出す。
「さぁ、ハナコ。きみは一体何を望む?」
ロランの差しだした手を、ハナコは恐る恐るといったように掴んだ。その白くて細い手をロランは無骨な手でしっかりと握りしめる。
ぬるりぬるりと掴めないウナギのように何事もかわす目の前の少女のことを、今初めて掴んだとそう感じた。
ハナコは少し恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにはにかんだ。
しかしその次にその口から放たれた計画を聞いてロランの顔は青ざめる。
(ちょっと選択を間違っただろうか……)
そう思いつつも、ロランがその手を離すことはなかった。
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