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タナカ・ハナコは聖女ですか?〜彼女の堕落的異世界生活〜  作者: 陸路りん


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それは女神か悪霊か?

「悪霊系だったらこれを解放するとろくな目に遭わなさそうだなぁ」

「だからといって放っておくのもどうなんだ?」

 数分後、女神フーリアを前に花子とロランはひそひそと話し合っていた。

「ひとまず解放してみて様子を見るかい?」

「そんな軽いノリで解き放っていいものじゃないだろう。大精霊様が閉じ込めたんだぞ?」

 ロランの言葉に花子はフーリアのことを振り返る。

「はい。質問」

「なにかなー?」

「なんで閉じ込められたんだい?」

 フーリアはにこにこと答える。

「それはねー、ちょっとからかってやろうと大精霊のじじぃにちょっかいをかけたらやられちゃってさー。まじ冗談通じねぇ、あのオヤジ」

「ちょっと邪悪そうだな」

 花子は振り返ってロランに報告する。

「今回は見送っておくか?」

「うーん」

「次回があるのー?」

 フーリアからの質問に花子はタンマと手で合図をした。

「今会議中だから許可のない発言は控えてくれ。気が散る」

「仮にも女神に対してひどいあつかーい」

 批難しつつもあまりそうは思っていないような軽い口調だ。

「信仰さえ集まればきみの望みを叶えてあげられるよー?」

 フーリアは明らかに『きみ』の部分で花子のことを見つめて言った。

 それにサファイアの瞳を剣呑に細める。

「たらればはあまり好きじゃない」

「そういわずにさー」

「それにわたしの望みなどわからないだろう?」

「わかるよ?」

 ぎょろり、と虹色の瞳が花子のことを見た。その瞳はどこまでも鋭く不気味でまるで花子の胸の奥の奥を見透かすかのようだ。

「きみの望み。言い当ててあげようか-?」

 ぞわりと肌が粟立った。内心を見透かされるような言動は不快だ。これは花子に限らず誰でもそうだろう。

 ましてや醜い欲望を言い当てるなど。

「結構だよ」

 花子は虚勢を張ってなんとか唇をつり上げて見せた。その瞳はまるで笑えていないが、それでも無様に取り乱すよりは何倍もマシだ。

「自分の望みは、自分で叶える。余計な手を出すな」

 その瞳に宿るのはまぎれもない敵意だった。殺意にも似た光で女神フーリアをねめつける。

 それにフーリアは小さく微笑んだ。

「いいよー。今はそれでね。でも気が変わってわたしに信仰を乗り換える気になったら名前を呼びなよー」

 彼女はまるでいずれそうなると予言するかのようにそう告げる。

「わたしの名前を呼んで『信仰する』と一言宣言してくれればそれだけでこの鎖は解ける。わたしはきみの元へ訪れるだろう」

 おごそかなそれは宣告に似ていた。

「まぁ、信者の数が少ないとできることほとんどないけどねー」

 信仰の強さで神の強さって決まるから、そう付け加えられた言葉にロランと花子は顔を見合わせると、なんとなく花子は帽子についていたリボンだけをお供えすると、

「どうか成仏してください」

 と手を合わせてからそっとその場を立ち去った。

「お供えものは食べ物のほうがいいなー」というぼやきが背後からは聞こえてきていたが、二人は無言のまま縄ばしごまで急いだ。

 さわらぬ神にたたりなしである。



「あれは呪いだねー」

 花子がお供えした焼き菓子をまぐまぐと食べながら、フーリアはそう告げた。

「やはりそうか」

 自分の分の焼き菓子を食べながら花子はうなずく。

 フーリアとの出会いから数日後、花子は再び彼女のもとを訪れていた。

 あれからちょくちょく花子はフーリアにお供えをしに訪れていた。決してフーリアの『望みを叶える』という勧誘にぐらついたからではない。フーリアに告げたようにそれは花子自身で叶える予定だからいいのである。ちょっと惜しかったなどとは決して思ってはいない。

 ただ、女神であるというフーリアにいくつか尋ねたいことがあったのだ。それはロランが一緒では聞きづらい内容だった。

 そこでこうしてこっそりと訪れているわけである。ロランとレスター、ケイトの目を逃れるのはそれなりに手間ではあったが、十五分程度目を盗むくらいならなんとか可能だった。

 ここに来るまでの縄ばしごも白い魔女の格好の時のヒールのないぺらい靴なら時間はかかるが一人で上れる。

 ちなみに持ってきた焼き菓子は町で調達したものである。広場にある屋台で人気のものだと町の子ども達が教えてくれた。

 そしてロラン達の目を盗んでまで花子が聞きたかったこと、それは、

「一体誰がかけた呪いなんだ?」

 花子は尋ねる。

「『紅蔦病』は」

 その問いにその真っ白い唇をつり上げてフーリアは笑った。

「聞かなくてもわかっているでしょー? それとも、わかってるからわたしに聞いてるのかなー、とでも聞くべきかな?」

 花子は言葉を詰まらせた。

 そう、本当は薄々察している。だからわざわざ『女神アリアのパートナーの血縁の守護精霊であったフーリア』に花子は尋ねたのだ。

「呪いを解けるのは呪いをかけた本人だけさ」

 フーリアの言葉に確信が深まる。

 不治の病である紅蔦病。それを治せるのは今のところ『花子の治癒術だけだ』。

 そして『花子の治癒術』を授けたのはーー、

「女神アリア」

 彼女はにんまりと微笑む。

「なぜリジェル王国に紅蔦病患者が存在しないのか? それは『女神アリアが異教徒にかけた呪い』こそが紅蔦病の正体だからさ」

 彼女は笑う。笑う。笑う。

 まるで花子の内心を見透かすように花子の疑問に答えてみせる。

「おかしいと思ったんだろう? リジェル王国とアイゼア王国での紅蔦病患者の数の差を。違和感があったんだろう? 治癒術ではなく解呪で症状が治まることが。そしてそれが他ならぬ自身の魔法以外では解呪されないことが疑問だった」

「なぜ、女神アリア様は……」

「さぁ?」

 あえぐように尋ねた花子の言葉に、彼女は肩をすくめてみせた。

「本人に聞きなよー。聞こうと思えば聞けるでしょー?」

 虹色の瞳が花子のことをのぞき込む。

「きみからはアリアの匂いがぷんぷんするよ」

 すごい寵愛だねーという言葉とともに彼女はけたたましい笑い声を上げた。

 花子は笑えなかった。

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