ロラン・グラッドの恋愛遍歴
ロラン・グラッドは優れた領主であり、辺境伯であり、将軍である。
戦では負け知らずの『迅雷の聖騎士』であり、その実直な性格から王国からの信頼も厚い。そして領主としては領民のことを思い悪政をしいた継母を追放するなど決断力もある男だ。
そんなロランにこれまで婚約者どころか恋人の一人もいなかったのには、道ばたにある水たまりよりも石畳にある溝よりも遥かに浅い理由があった。
簡潔にいえば、朴念仁で不器用で女慣れしていないからである。
ロランは正直モテる。学生として中央学院に通っていた時も女性からきゃーきゃー言われていたし、それなりの回数告白を受けたことがある。
しかしそのお付き合いはいずれも長続きしなかった。
いわく、『なんか思ってたのと違う』。
それなりに愛想がよく物腰が柔らかいロランは付き合う前は評判が良いが、付き合ってからの評判はおおむね最悪である。
気の利いたエスコートができない、女慣れしていないからデートでなんだかおどおどしている、プレゼントのセンスがない。
その上唯一の趣味は部屋にこもって『魔導石』や『魔導具』の研究にあけくれることである。
はっきりいって、オタク趣味だ。
実際、過去の交際相手にはっきりと「そんな根暗な趣味やめてよ」と批難されたこともある。
しまいにはその勤勉な性格と責任感から武芸や勉学を優先してしまい、そうこうしている間に浮気をされて関係が終わる。それが毎度お決まりのパターンである。
付き合う前の印象が良すぎるがゆえに、付き合ってからの落差が激しい。それがロラン・グラッドという男であった。
(何度も浮気を繰り返されれば俺だっておよび腰になるさ)
内心でロランは愚痴った。レスターに対する愚痴である。
婚約者の件を断ったのは積み重なった経験による忌避感もあるのだ。そのことを少しは考慮してほしいものである。
(しかし……)
今の婚約者、ハナコはいままで付き合ってきた女性と少し違った。
行動がアレすぎてなにもかも違うと言えばそれまでだが、交際相手としてなにか違うのである。
いままでどうしようもないオタク趣味と思われていた魔導具の研究。あれをあそこまで褒められ、喜ばれたのは初めてである。
そんなわけで、今ロランはほんのちょっとの勇気を振り絞ってハナコとデートに出かけようとしていた。
(とはいえ……)
彼女は元聖女。都会の女である。こんな田舎の町のちょっとした劇団の出し物などで喜ぶとは思えない。
(王都まで出るか……?)
しかし今は領地を立て直している大事な時期である。また、元聖女であるハナコが来たことにより、隣国から何かしらのアクションがあってもおかしくない状態でもある。
(こんな状態で領地を離れるのは自殺行為だな)
ということは貧相でも領地内でのデートにするしかない。
しかしロランに思いつくデートなど定番のデートスポットである『観劇』ぐらいしか思いつかない。
ちなみに過去の交際相手から一番ましな反応が得られたのがこの観劇である。当時は学園に通う都合上、王都に暮らしていたため、それはそれは立派な劇場があった。
「うーん……」
「難しい顔だね、ロラン」
悩めるロランにその声はかかった。慌てて顔を上げると、
「そんなにわたしとのデートは難解かな?」
そこにはドレスアップしたハナコが立っていた。
シンプルな水色のワンピースドレスに華奢なハイヒール、そしてリボンと花が飾られたつばの広い帽子を彼女はかぶっている。
髪はいつものおさげに編み込みされているが、その姿はどこからどう見ても良いところのご令嬢だった。
いつもの『白い魔女』ではない。
当たり前だ。なにせ今日はロランがデートをしようと誘った日なのだから。
ロランとて、多少はいつもよりもきちんとした格好でこうして待っていたのだ。
だが、しかし。
(焦る……)
ロランの背中がどっと汗をかいた。
当たり前だ。当たり前だが、いつものうさんくさい魔女の格好ではないハナコはあまりにもロランの苦手な『可愛らしいご令嬢』だった。
しかもとびっきりの美少女である。
その肌は雪のように透き通って白く、唇は桃色に潤っている。その瞳は大きくぱっちりとしていてサファイアのように美しい青色をしていた。長く華奢なまつげがその頬に影を落としている。
「あ、あー、いや……」
首をかしげる彼女を目の前にして、ロランは手をせわしなく動かす。後頭部をかいてみたり首をさすってみたりとした後、やっとのことで、
「劇とかは好きか?」
と尋ねた。
「劇?」
「観劇だ。小さいが劇団があってね。今やっている演目は確か恋愛ものだった。ええと……」
それ以上の情報が事前に調べたはずなのに出てこずロランは焦る。ますます首をかしげているハナコにロランはなんとか言葉を出そうと、
「イケメンの俳優がいるんだ!」
と拳を握って言った。
(なにを言っているんだ、自分は……)
直後、ざーと血の気が引く。こういうところが過去の恋人達に愛想を尽かされた原因なのだろう。
(終わった……)
今日のデートは始まる前にもう終了である。何が終わったかというとロランの気持ちとハナコからの好感度だ。
しかし無言で落ち込むロランに彼女は「そうかい?」とかしげていた首を縦に直すと、
「顔の良い君がイケメンというのながら本当にイケメンなんだろうね。その顔をおがみに行ってみようか」
そう言って手を差しだしてきた。その手をまじまじと見つめるロランに「おっと」と彼女は手を引っ込める。
「手をつなぐのはまだ早かったかな。交換日記をあと何日こなしたら手をつなぐ段階に入るんだい?」
とからかうように笑う。
その普段の魔女のような微笑みにロランの肩の力は一気に抜けた。
(そうだ、ハナコだ)
服装がいつもと違っても、ロランの婚約者はあのハナコなのである。
自分を傷つけた盗賊を仲間に引き入れ、借金取りのアジトに乗り込み、自分が傷ついても顔色ひとつ変えないあのハナコである。
ロランが例え『アゼリアの悪魔』と呼ばれる武人であろうが恐れる様子ひとつも見せないハナコだ。
「いや、手はつなごう。……婚約者だからな」
そう言ってロランは手を差し出す。その手を白く細い右手が優しく握った。その両手は肘まである手袋で隠されているが、その下は傷やあかぎれだらけの手であることをロランは知っている。
サファイアの瞳が優しく微笑む。
(ああ、ハナコだな)
これまでの交際相手には向けられたことのない親しみと賞賛を含んだ優しい瞳に、ロランはつないだ手からじんわりと熱を帯びるような感覚を覚えた。




