宗教活動始動!
そうして数日が過ぎ、『エレノア』は無事に良家の貴族の養子となり、滞りなくロランの婚約者となった。
とはいえすぐに結婚するのは外聞が悪いらしく、一応しばらく婚約期間を設けた後に結婚、ということになるらしい。
「さて、これでわたしは心置きなく動き回れる立場を手に入れたと言えよう」
「まぁ、そうだな」
腕を組んでそう言う花子にロランは何もつっこむことなくうなずく。
どうやらここ数日で花子の態度にもだいぶ慣れてきたようだ。
今は午後のティータイム中である。ロランは領主であることもありそれなりに多忙だが、よほどの急用がない限りはこのティータイムの時間を共にしてくれていた。
彼いわく、『お互いの理解を深めるため』だ。
彼は紅茶の香りを味わいながら、
「怪我の経過も順調だからな。まぁ、無理のない範囲なら活動して良いだろう」
と許可を出した。家主の許可を得て花子は「ふっふっふ」と不敵に笑う。
「時は満ちたな! ではさっそくきみが困っていた件から手をつけるとしよう!」
「『隙間を埋める』という話か。一体どうするつもりだ?」
うろんげに尋ねてくるロランに、花子は口の端をあげて微笑んでみせる。
「まずは人手が欲しい」
「ああ、少しでいいなら部下を手伝わせられるが」
「それには及ばない」
眉を上げるロランに、花子は言った。
「わたしがここを訪れた時に襲われた盗賊。彼らを労働力とする」
「……はぁ?」
思わずといったようにロランはティーカップを持ったまま手を引いてしまい、そのカップから盛大に紅茶をこぼした。
もったいないなぁ、と花子は思った。
大柄な体躯にとがった鷲鼻、目つきの悪い茶色の瞳にぼさぼさと不揃いな茶色の髪を無理矢理一つくくりにしてまとめている。
ヤクザである。どこからどう見ても。
「うん、やはりなかなか理想的な面構えだ」
「なんだてめぇ、報復にも来やがったか」
「まさか。ただ交渉しにきたんだ」
ここはエリスフィア内にある留置所である。彼らはロラン達の手により捕縛され、ここに運ばれていた。
これから刑務所へと移送、という予定だったようだが、無理を言ってその前に入れてもらったのだ。
渋るロランへは「被害者が被害を取り下げると言っているのだから彼らは無罪放免で良いはずだ」で押し通した。
リーダーの男を中心に怪訝そうな顔をして牢屋の中で座り込んでいる三人組に、にっこりとそのサファイアの瞳を細めて花子は微笑む。
「一緒に世界を変えたくはないかい?」
「は?」
「女神教に改宗してわたしの元で働いてくれれば、ここから釈放してあげよう」
「……なにをたくらんでやがる」
「思想の汚染」
「は?」
「またの名を『洗脳』だ」
にやり、と彼女は唇をゆがめて笑う。
「きみはこの世を理不尽だとは思わないか?」
その問いかけに彼はハッ、と馬鹿にするようにして笑った。
「そんな当たり前のことをいまさらなんだ?」
「少し調べさせてもらったよ。きみは傭兵くずれだろう」
「だからなんだ」
「そして部下達は食い詰めた農民だ。なんとも面倒見がいい男だ、君は」
「だからなんだってんだよ!」
歯をむき出しにして威嚇する男に、花子は言い放つ。
「部下が他にもいるな?」
その言葉に初めて男の目に動揺が走った。しかしそれは一瞬ですぐに消える。
「なんのことだ」
「誤魔化さなくていい。なに、仲間思いのきみのことだ。今回の『へま』で仲間たちにまで被害が及ぶのではないかと懸念しているのだろうが、その懸念は不要だ」
花子は牢屋の前にしゃがみ込むと彼と目を合わせた。サファイアの瞳が薄暗い牢屋の中で静かに輝く。
「きみ達とわたしの利害は一致している」
桃色の唇がにぃとつり上がった。
「きみ達の目的は仲間、つまり家族を養い守ることだろう。わたしの手を取るのならばきみ達全員の立場、そしてある程度の収入を保証しよう。後ろ暗い仕事ではなく堂々と表を歩ける仕事を手に入れられるぞ」
「そんなうまい話があるとでも? 俺たちが差し出すものはなんだ」
「疑い深いな。しかしそれはいいことだ。きみ達が差し出すのは労働力さ。それと信仰だ。全員女神教に改宗してもらい、そしてわたしの部下として女神教の神官になってもらう」
「神官だと? この俺たちが?」
「ああそうだ、神官だとも。きみ達こそふさわしい」
「……なにをたくらんでやがる」
彼はさきほどと同じ問いを口にした。花子は微笑む。
「言ってるだろう。一緒に世界を変えるんだ」
彼女のサファイアの瞳は暗い光をはらんで鈍く輝いた。
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