エレノアとケイト
「お嬢様、申し訳ありませんでした」
ロラン達との話を終え、与えられた客室へと戻った花子に付き従っていたケイトは思い詰めたようにそう口にした。
「一体なんの話だい?」
「先ほどの話です」
そらっとぼける花子に彼女はその薄桃色の瞳を泣きそうにゆがめる。だらしなくベッドへと腰掛けてその姿をぼんやりと見つめる花子に、彼女は尋ねた。
「あの前世の話は本当なのですか?」
「わたしにとっては事実だよ」
「……もうっ! どうしていつもそうやって曖昧な言い方をなさるのです!」
ケイトがずっと浮かない顔をしていたことにはきづいていた。しかしそのことに触れる勇気は花子にはなく、結局彼女のほうが先に話し合う決心を決めたようだ。
(勇敢だなぁ)
ぼんやりと思う。花子にとってもこれはあまりにも気まずい話題だ。
なにせ「どうせ理解はされないだろうから」と、ある時からはぐらかして真剣に話してこなかった気まずさが花子にもある。
ケイトはエプロンドレスのすそをぎゅうと強く握りしめた。
「あなたが『本当だ、信じてくれ』と強い口調でおっしゃってくだされば! 私はそれがどんな世迷い言でも信じてみせますのに!」
「ははは、すまない。しかし信じてくれなくてもいいんだよ」
花子は苦笑する。
「ただ、否定しないでくれたらそれでよかったんだ」
そしてケイトは確かに否定しないでくれていた。
花子のふざけた物言いに半信半疑になりながら、過去の教会に連行された経緯から人前では話さないようにと口を酸っぱくしながらも、花子の『前世』を否定することはなかった。
当時の花子にとってはそれだけで、本当に十分だったのだ。
ぐっと、ケイトは言葉を詰まらせた。
「申し訳ありません。これまでの私は、お嬢様を支える存在にはなれませんでした」
「いいや、十分支えとなっていたよ」
気まぐれに放つ花子の言葉に耳を傾けてくれるのはいつだってケイトだけだった。
「けれどこうも優しくされると欲張りになってしまいそうだ」
花子はそのサファイアの瞳をふっ、とわずかに微笑みに細める。
(『女神にも認められるくらい勤勉で真面目な人なのだな』だなんて)
あんな風に肯定されて、うっかり心が満たされてしまいそうだ。
その甘ったるい言葉がもっと欲しくなってしまいそうだ。
「もっと欲張りになってください」
ケイトはそんな花子の様子を見て唇をとがらすとそうすねたように口にした。
「おいで」
花子はそれに苦笑して両手を広げてケイトを招く。彼女はわずかに躊躇しながらも、結局花子の腕の中へと抱きつくようにしておさまった。
その柔らかい身体を抱きしめ返し頭を撫でながら、花子を目を細める。
(こんな自分をいたわり、優しい言葉をかける人間がいるだなんて……)
胸の中を刺すように、それはじんわりと確かな熱をもって花子の中のかたくなな心を温めていた。




