97.転売屋は薬師の願いを聞く
エリザの見たという木はマジックベリーの木で間違いなかった。
まさかダンジョンの中に生えているとは思わなかったな。
実がなっていなかったのは恐らく日照不足と栄養不足だろう。
その点、地上であればそのどちらも補うことが出来る。
持って帰ってきたのは太目の枝が一本と細かい枝が10本ほど。
葉がかなり鋭利なので株ごと持って帰るのは難しかったようだ。
それもそうだ、魔物に襲われる可能性がある中で丸々一本持ってこいなんてありえない。
寧ろこれだけよく持って帰ってこれたと思う。
マジックベリーについての本をアレンに教えてもらって、それ通りに挿し木してみた。
日当たりのいい裏庭の南側。
肥料をしっかりあげ、そこにアネットお手製の薬を撒いておいたから大丈夫だろう。
なんでも地中の魔素とかいうものを集めるのと、虫よけの効果があるらしい。
すごいな薬師。
「冬が楽しみね。」
「そうだな、ホワイトフラゴーラも植えたしな。だがそれよりも先に芋ができるぞ。」
「そっちはもっと楽しみ。」
「それで調子に乗って畑を増やしたのはまだ許してないからな。水やりは自分でしろよ。」
「え~、ダンジョンに行っているときはやってよぉ。」
「それぐらいはしてやるさ。」
可愛く言ったとしても許しはしない。
まったく、どんだけ芋が好きなんだよ。
ちなみに植えたのはサツマイモとジャガイモ、のような奴。
名前は違うがどちらも芋であることに変わりはない。
要は食べられて美味しければそれでいいんだ。
まさか裏庭の三分の一が畑になるとは思わなかったが・・・。
ま、倉庫までの通り道以外は使ってなかったしいいだろう。
「もっと持って帰ってこなくてよかったの?」
「もし失敗したらまた頼むさ。変に増やしすぎるとそれはそれで問題がありそうだしな。」
「そうですね。出荷制限をするほどの種ですから流出したと疑われかねません。増やすのは成功してからでいいでしょう。」
「そのへんは難しいからシロウ達に任せるわ。」
「俺から言えばダンジョンにマジックベリーが生えていたことをまずは隠すべきだと思うんだが・・・。」
「平気よ、あそこまで行く人は少ないし、そもそも冒険者は興味ないもの。」
そういうもんかなぁ。
まぁ、今の今まで何も言われてなかったんだからそれでいいのかもしれない。
下手に発見を報告すればすべて持っていかれる可能性だってある。
限られた資源だ、大切にしないとな。
「ご主人様少しよろしいですか?」
開店前ののんびりとした時間を過ごしていると、上で作業をしていたアネットが降りてきた。
朝食後すぐに上に行ってしまったので、急ぎの作業があるのだと思ってたんだが・・・。
「どうかしたのか?」
「実は・・・。」
アネット曰く俺の頼んだ作業に目星がついたので、別の薬を作りたいというものだった。
それは夏に流行る病気に効果があり、事前に摂取すれば予防にもなるらしい。
前の街ではよく売れたのでこちらでも売れるのでは、という提案だ。
「どんな病気なんだ?」
「オプリムといいまして、手足に水泡ができる病気で、子供に多いのですが時々大人も感染するんです。子供はそうでもないのですが大人がかかると重症化するので、予防の為に飲む人が多くいました。」
「なるほどな。予防で飲むのならいいかもしれない。」
「特にお子さんのいる家庭には需要があると思います。ですが・・・。」
わざわざ聞いてくるということはここからが本題だろう。
「材料がないのか。」
「『モースタートルのコケ』が必要なんですが、この辺りには水辺がないので手に入らないんです。隣町から仕入れることが出来れば作れるんですけど・・・。」
「仕入れるとなると高くつくな。ミラ、知っているか?」
「知ってはいますがこの街ではあまり見かけませんね。取引所に行って調べてみましょうか。」
「そうしてくれ。ついでに薬の需要も頼む。」
「わかりました。」
素早く身支度をしてミラは店を出て行った。
「モースタートルじゃないとだめなの?モースカルコニスならダンジョンにいるけど。」
「カルコニスではダメなんです。前に使ってみたんですけど、ダメでした。」
「ふーん。カルコニスでいいならついでに中の身を食べれるなって思ったんだけど、残念。」
カルコニスはカニのことだ。
どっちも甲羅を持つ生き物だが、亀の甲羅じゃないと駄目みたいだな。
「薬師しか作れない薬なんだよな?」
「機材があれば作れますが、遠心分離機は結構高額なので・・・。」
「だからこの街では高い可能性があるとおもったわけか。だがなぁ、材料がないんじゃ難しいだろう。ダンジョンに居れば何とか出来たんだが。」
「そうですよね。」
「だがいい考えだと思う。作ることが出来れば薬師のいないこの街で喜ばれるのは間違いないからな。アネットの評判は上がり、そして俺の懐も潤う。どうにかして手配できればいいんだが・・・。」
ダンジョンで手に入らないとなると、手配する必要がある。
ミラの調査次第では仕入れを行うのも選択肢に入るが、今は何とも言えないなぁ。
「じゃあさ、じゃあさモースアルマディロスは?」
「え?」
「アルマディロスも甲羅よね?あいつ中身は食べれないけど全身コケだらけだから。」
「アルマディロスは試したことがありませんでした。そんな魔物もいるんですね。」
「ダンジョンの湿った場所でしか見ないけどね。あいつ全身甲羅だから丸くなると厄介なのよ。」
よくわからないが可能性は出てきたな。
「倒すのは難しいのか?」
「そもそも数がいないの。いても人間嫌いだからすぐ逃げるし、めんどくさいから放っておくほうが多いかな。」
「あの、エリザ様。」
「分かってる、試してみたいんでしょ?ほんとアネットはシロウの為に働くのが好きね。たまには休まないと疲れるわよ?」
「それが私の存在理由ですから。」
まっすぐな目をして答えるアネット。
なんだかこっちが恥ずかしくなってくる。
存在理由ねぇ。
俺の存在理由は金を稼ぐことでいいんだろうか。
あんまり深く考えたことなかった。
生きているだけで十分、そう思っている。
そもそも生きるのに理由なんていらないはずなんだけどなぁ。
ミラもそうだが、奴隷だからそう考えてしまうんだろう。
そんなに難しく考えなくてもいいと今度言い聞かせておかねば。
「ふ~ん。でもうらやましいな、私は戦う事しかできないから。」
「いいじゃないか、戦う事が仕事だ。ミラは俺の代役が仕事でアネットは薬の調合が仕事。」
「じゃあシロウは?」
「もちろん金稼ぎさ。」
それが俺に出来る唯一の仕事だ。
後は食べるか寝るかヤルかのどれかだな。
なんと堕落的なことか。
それが出来るのもこの状況を作ってくれた誰かさんのおかげっていうね。
この世界に来てすぐはどうなる事かと思ったが、人間万事塞翁が馬。
意外と何とかなるもんなんだよ。
「ともかくアルマディロスの方は任せた。もし使用できそうなら冒険者に依頼を出そう。」
「わかったわ、ちょっと行ってくる。」
「気をつけろよ。」
「うん!」
ミラに続きエリザが店を出ていく。
いや、そんな軽装で大丈夫なんだろうか。
武器しかもっていかなかったよな。
まぁ、エリザなら大丈夫なんだろうが・・・。
「なんだか申し訳ありません、皆さんの手を煩わせて。」
「暇なんだろ、好きにやらせたらいいさ。」
「はい・・・。」
「で、他には何がいるんだ?」
「フルミリエの鼻とワイルドボアの脂があれば。」
フルミリエは鼻の長いアリクイみたいなやつだ。
アリを食わないのにアリクイ、これ如何に。
「ボアの脂はイライザさんの店にあったはずだ。あそこの定番料理だからな。フルミリエの鼻なぁ・・・。あんなのどうするんだ?」
「急速乾燥させて粉末にして、他の二つと混ぜ合わせるんです。」
「なるほど。」
「患部に塗る事も出来ますしお湯で割れば予防薬にもなります。味はアレですけど、効果は確かですよ。」
良薬口に苦しとはよくいったものだ。
子供には申し訳ないが頑張って飲んでもらうとしよう。
最近はゼリーかなんかに混ぜると飲みやすいとか言ってたな。
それも一緒に販売するとかどうだ?
いや、流石に単価が低すぎるか・・・。
飲食物は在庫が効かないし下手に手を出すのはあれだな。
「流石に俺が出かけるわけにはいかないからな、悪いがイライザさんの店に行って在庫があるか聞いてきてくれるか?」
「わかりました、イライザさんのお店ですね、行ってきます。」
そしてアネットも店を出ていった。
シーンと静まり返った店内。
この店に俺だけってのも久々だな。
いつもは誰かがいるしここ最近は無かったはずだ。
することが無い。
いや、探せばいくらでもあるんだがする気が起きない。
まて、こんなに寂しがり屋だったっけか?
いつも一人だった俺が?
信じられない。
何十年も一人で生きてきたのに、たった一年一緒にいるだけでこんなに変わるものなのか・・・。
人生分からないものだな。
「ま、変わってしまったんだから仕方ない。こっちに慣れればいいだけだ。」
誰かが一緒なら一緒でいいさ。
「すまない、やってるか?」
と、まだ明かりをつけていない店に客が入ってきた。
どれ、暇つぶしに仕事しますかね。
「いらっしゃいませ、どんな品を買い取りに?」
「魔物の素材なんだ、結構あるが構わないか?ギルドだと時間が掛かって困る、急ぎ現金が欲しいんだが。」
「そういう事なら喜んで。そこに出してくれ、すぐに値段を出そう。」
こういう時相場スキルがあると便利だよな。
物を見るだけで値段がわかるんだから。
もちろんギルドの固定買取に抵触しないようにリストを確認しながらだが、まぁ後で数字だけごまかすという手もある。
単品ではさすがに怒られるけどな。
さて、なにがあるかなっと。
カバンから取り出される見た目だけではよくわからない品たちを一つずつ値付けする。
これも俺の仕事だ。




