94.転売屋は充実した日々を堪能する
時は流れ、今は6月。
この世界に来てちょうど12か月が経過したことになる。
いやぁ時間が経つのって早いなぁ。
昔はこんなに早くなかった気がするんだが、年を取ると早くなるというのは本当だったのか。
俺の場合は若返ったから遅くなるはずなんだが・・・。
忙しいんだから仕方ないよな。
「おはようシロウ。」
「やっと起きて来たか、飯は出来てるから勝手に食え。」
「あれ、どこか行くの?」
「今日は露店の日だからな、場所取りだ。」
「そっか、頑張ってね。」
「お前もダンジョンだろ?」
「うん、今日はフールと宝探しの予定。大物期待してよね。」
今までソロが多かったエリザだが、バカ兄貴とは馬が合うのかよく一緒に潜っている。
その方がメリットが大きいとお互いに判断したんだろう。
今じゃあのバカ兄貴もほかのパーティーに引っ張りだこらしいから、人生どうなるかはわからないもんだなぁ。
出かけようとするとエリザがキスをねだって来るので頬に口付けをしてから店頭に出る。
「じゃあ行って来る。」
「行ってらっしゃいませ、こちらはお任せください。」
「場所取りだからすぐに帰って来るさ。」
「では倉庫から今日のお品を出しておきますね。」
「装備を中心に出すつもりだからエリザに頼んでくれ、準備運動になるだろう。」
同じくミラも頬を突き出してくるので口付けをする。
何だろうこの二週間ぐらい毎日キスをねだられるんだが、流行りなのか?
首をかしげつつ外に出るといつもより少し強い日差しが大通りを照らしていた。
すこしずつ夏が近づいてきたな。
そこまで気温は上がらないらしいが、それでも冬に比べれば随分と暑い。
言われた通り早めに夏服を予約して正解だった。
大通りを抜け市場へと向かう。
一時増えた冒険者は随分と少なくなった。
あれから二か月以上ジェイド・アイの原石は見つかっていない。
なんでもどこか別の場所で遺跡が見つかったとかでそっちに行ってしまったとエリザが言っていた気がする。
あるかもしれない宝石よりも目先の利益。
わかりやすいねぇまったく。
まぁこの二か月で彼らから随分と稼がせてもらったし文句はないさ。
今日は倉庫整理の為に残り物の装備を売りにいく。
これで売れなければベルナにでも買い取ってもらうとしよう。
またグチグチ言われるだろうが聞き流せば問題ない。
市場はいつもと変わらず大勢の人でにぎわっていた。
なじみの店ばかりで収穫はなさそうだが、今日は売りメインだしちょうどいいだろう。
中央の事務所で賃料を払っていつもの場所を確保する。
向かうとおっちゃんが出店の準備をしていた。
「おはようおっちゃん。」
「よぉ、シロウか。今日は店を出すんだな。」
「いいかげん倉庫を整理しないと後々面倒になるからなぁ。」
「わかるぜ、いつかやろういつかやろうで気づけば年末ってやつだな。」
「そうそう。」
「相変わらずうるさいねぇ、静かにしておくれよ。」
大声を出して笑っていると後ろの店主から怒られてしまった。
あれ、この声は・・・。
「おばちゃん!治ったのかい!?」
「そんな大声出さなくても聞こえてるよ。あの世に行くにはまだ早いって娘に言われちまったからね、治すしかないだろう?」
「それもそうだな。でも本当に良かった。」
「礼を言うのはこっちの方さ、ミラを迎えてくれたんだってね。礼を言うよ。」
「はじめはびっくりしたけどな。今はいないと困るぐらいだよ。」
何を隠そうミラの母親はこの人だ。
元々ミラが奴隷になったのはハドゥスというヤバイ病気になった母親の薬代を捻出するためだ。
その時にレイブさんに一番最初に俺を紹介するようにと条件を出した。
そしてまんまとそれに引っかかったってわけだな。
「そうかい、ちゃんと役に立ってるかい。末永くこき使ってやっとくれ。」
「俺が言うのもあれなんだが、奴隷のままでいいのか?もしおばちゃんが望むなら・・・。」
「老い先短い母親の介護をさせるぐらいなら好きな男の側で働く方がいいに決まってるさ。」
「だが復帰したことは伝えてもいいだろ?」
「アンタの迷惑じゃないならね。」
「同じ街にいて顔を見せないようなひどい男に見えるのか?」
「奴隷になった娘を買った男って時点で世間的にはひどい男だろう?」
「あはは、確かに。」
何はともあれ復帰したのは良い事だ。
これからは定期的に家に行くように言っておこう。
ミラの事だ、『シロウ様の奴隷ですので』とか言って遠慮しそうだからな。
週に一回は家に行くように命令してやろう。
そうしよう。
店に戻りその件を伝えると予想通りの返事をして来たので、がっつり命令しておいた。
今日は予定があるので明日になるがたまには休みがあってもいいだろう。
嬉しそうに笑うミラをいつの間にか一階に降りていたアネットと共に見つめる。
「お優しいですね、ご主人様は。」
「いつまでもあると思うな親と金ってね。金は稼げるが親はいつまでもいるもんじゃない、会える時に会うほうが良いのさ。」
「なるほど。」
「作業の方は順調か?」
「この後、シープ様に頼まれていました薬を納品しに行きます。」
「なら途中まで一緒に行くか。」
「いいんですか?」
「無理を言ってきたんだ、割り増し代ぐらい請求してもバチは当たらないだろう。」
アネットも随分と馴染んできたようだ。
この二か月ひたすら仕事をこなし、気づけば貴族からの仕事も受けるまでになっていた。
さすが元売れっ子薬師。
エスニックな美貌の虜になった貴族は数知れず、うちに来いと引き抜きも受けたそうだが奴隷だからの一言で断っているらしい。
『昔は断りにくかったので非常に助かっています。』
奴隷になってよかったと言われるのは変な感じだが、本人が喜んでいるならいいか。
「御主人様に頼まれました薬は現在鎮静作業中ですのであと二日ほどお待ちください。」
「別に急ぐ仕事じゃない、ついでにやってくれればいいさ。」
「御主人様の仕事をついで扱いできませんよ。」
「売るのはまだ先なんだ。だから予定日までに必要数揃えてくれれば後は好きにしてくれ。」
「私が稼げば御主人様が潤う、そうですよね。」
「そういう事だ。」
アネットは俺の奴隷だ。
だがうちは買取屋、アネットを生かす仕事は残念ながらできない。
そこで、アネットを薬師として独立させ好きに仕事をするように言ったんだ。
儲けの9割は俺、1割はアネットという超極悪仕様。
俺の奴隷なんだからすべて俺の儲けにと言ってきたんだが、無理やり押し通した。
その金を何に使おうが俺の知る所ではない。
身分は奴隷だが虐げるべき存在ではないからな。
なによりアネットは俺に金を運んでくる最高の投資先だ。
おかげで売り上げは絶好調、収入もかなり増えている。
当初の予定では半年で税金と家賃を稼ぐつもりだったがアネットを買ったりなんなりでかなり遅れてしまった。
それでも後二か月もしたら目標は達成できるだろう。
仕込みはまだまだある。
それをすべて放出できれば年収金貨500枚も夢じゃない。
五億だぜ五億。
笑いが止まらないなぁ。
って言っても半分以上は税金と家賃に消え、調合器具の支払いや生活費なんかを差し引けば残るのは金貨100枚ほどだろう。
それでも一億のキャッシュが残る。
オークションにも年二回ぐらい参加するつもりなので実際はもうすこし増えると思うが、それは良い品が見つかったらの話だ。
露店ではもう掘り出し物を見つけることは難しくなってきたから、残るは冒険者達の持ってくる品が頼りってね。
それでも時々やってくる御新規さんがいい物を持っている事があるので、そう言うのは見逃さないようにしている。
「そんじゃま行くか。」
「では準備してきます。」
「俺も荷物を運んでくる。ミラ、裏のやつ全部だな?」
「そうです。」
俺の声にミラがハッと我に返りいつもの冷静な表情に戻る。
カウンターを抜け裏庭を見ると倉庫の前には大量の装備品が積まれていた。
しまった、店の前まで運んでもらえばよかった。
そう思った頃にはもうエリザはいないっていうね。
仕方ない俺も運動がてら頑張りますか。
意外と力持ちのアネットに手伝ってもらいながら玄関前に横付けしたリアカーに荷物を積み込むと、予定通りギルド協会へと先に向かう。
今回はかなり緊急の依頼だったらしく羊男がいつも以上に喜んでいた。
「さすがシロウさんの奴隷ですね。」
「俺は何もしてないけどな、頑張ったのはアネットだ。」
「かなり早く作っていただき助かりました。」
「いったい何に使う薬なんだ?」
「心臓の薬です。あぁ、私じゃないですよ?」
「病気の薬か。なら急ぎってのも納得だ。」
「とある貴族のお客様が必要としておりまして・・・と、ここまでで許してください。」
「依頼人に興味はない。大至急の仕事を成功させたんだから報酬は弾んでくれとだけ先方に言っといてくれればいい。」
「もちろんです。」
よし、これで俺の役目は終了だ。
さっさと露天に行って売りさばくとするかな。
「私もご一緒していいですか?」
「面白い物は何もないぞ?」
「ちょうど買いたいものもあったので・・・。」
「別に好きにすればいい、その代わり荷運び手伝ってくれるんだよな?」
「もちろんです。でも御主人様もう少し鍛えたほうがいいのでは?」
「いいんだよ、出来るやつがやればさ。」
魔物と戦うわけでもなし、無駄に筋肉をつける必要はないだろう。
何よりめんどくさい。
「御主人様らしいですね。」
「そうだろ?」
「では行きましょう。」
美人奴隷を連れて市場へと向かう。
世間に何と言われようとかまわない。
俺は毎日が楽しければそれでいいんだ。
リアカーを押すアネットの尻を見つめながらそんなことを考えるのだった。
因みに触ったら怒られた。




