92.転売屋は不良債権を押し付けられそうになる
不良債権。
確かにこいつはそういったよな。
実際手に持っている赤い書類はいかにもって感じのやつだ。
ほらみろ、羊男が下手に出てくるからおかしいと思ったんだ。
「どういう事か説明してくれるよな?」
「・・・ルルー。」
「あ、え、私何かしちゃいました?」
「何でノックしてこないんです。あれほどいきなり扉を開けるなと言い聞かせたというのに・・・。」
「すみませんすみませんシープさん許して下さい!不良債権を回収できると思ったら居てもたってもいられなくて!」
「いいえ、今日という今日は許しません。終業後会議室に来なさい。」
「ふぇぇぇ、怖いのは嫌だよぉ。」
羊が狼になったようだが、俺には関係ない話だ。
今関係あるのはその不良債権とやらの方だな。
「後輩の教育は後にしてくれないか、それよりもその不良債権とやらについて聞かせてもらおうじゃないか。」
「それは!」
「ルルーは黙っていなさい。」
羊に睨まれルルーという子は恐怖に顔を引きつらせて固まってしまった。
まるで蛇に睨まれた蛙だな。
「つまりは改築を引き受ける代わりに俺に不良債権とやらを買わせようっていう魂胆だったのか?」
「そんな、滅相もありません。」
「今の流れだとどう考えてもそうなると思うが?」
「彼女は薬師用の機材に詳しい担当者なだけです。少々口が軽くいう事を聞かないのが玉に瑕ですが悪い子ではありません。」
「そいつについて聞いているんじゃない。話を逸らすな。」
「・・・はぁ。色々と片付くと思ったのですが・・・世の中思ったようにいきませんねぇ。」
羊男が珍しく大きなため息をついた。
こいつが人前で感情をあらわにするのは珍しい。
「生きているとそういう事もあるさ。」
「シロウさんの年で言うセリフではないと思いますが・・・本当は何歳なんです?」
「企業秘密だ。」
「どう考えても20じゃないですよね。でも姿を変えている気配はありませんし、世の中解らないことが多すぎます。」
「いいじゃないか、分からない事が無い世の中なんてクソだぞクソ。」
「まぁ、それもそうですね。」
常に答えがあると安心するかもしれないが、先の見えている未来に夢はない。
何が起きるかわからないから生きているのが面白い、俺はそう思うけどな。
「そんじゃまぁ腹を割って話すか。薬師の機材、いったい何がどうなっている?」
「ルルー説明して差し上げなさい。」
「は、はい!」
突然話を振られ、固まっていた彼女がビクリと跳ねる。
その拍子に持っていた資料がバラバラと床に落ちてしまった。
俺の脚元にも飛んできたので手に取ってみる。
何々、差押え品、薬師用機材一式と材料。
なお材料は劣化の恐れがあり早期に売却、売却益は滞納金の減額に充填っと。
「ほらよ。」
「あ、ありがとうございます!」
読み終わったやつを手渡してやると元気いっぱいに返事をした。
悪い子じゃなさそうだが要領が悪いんだろう。
「改めまして、ルルーと言います。この度薬師用機材の引き渡しについて説明しに参りました。」
「シロウだ、よろしく頼む。」
「ではまず現在の状況についてお伝えします。ギルド協会で保管しております薬師用の機材ですが、元はこの街で薬師をしていた方が所有していた物でした。しかしながらその方が税を滞納し行方をくらませてしまったため、当人の住居より差押えて保管しています。もし、こちらを使用する場合は前使用者の滞納した税金を支払って頂く必要があります。」
なるほどなるほど。
要は借金のカタに取られた奴で、使いたきゃ借金を肩代わりしろって事だな。
「ちなみに滞納額は?」
「金貨50枚です。」
「却下だ。」
「えぇ!」
「なんで中古品を使うのにそんな金額を払わなきゃならないんだ。それなら別の場所で新しい機材を調達すればいいだけの事、こっちから願い下げだね。」
なんで俺が他人の借金を払わなきゃならないんだ。
知人ならまだしも赤の他人だぞ?
馬鹿らしくなったので席を立ち部屋を出ようとする。
「まぁまぁシロウさん、最後まで聞いて下さい。」
扉に手を掛けたところで羊男が俺を引き留めた。
そうだ、公平を期すために改築代を払わないといけないよな。
「改築費用はこっちに回してくれ、見積もりも一緒に出せよ下手に値引きしたら承知しないからな。」
「普通値引きしろって言いません?」
「それで変な機材を掴まされるぐらいなら自前で払うさ。」
「でも薬師の機材ってかなり高価ですよ?」
「高いって言っても金貨1枚かそこらだろ。」
「ただ加工するだけならそれぐらいでもいいかもしれませんが、普通の調合と違って魔力を通す必要がありますからね、抵抗を最大限減らして通魔力を高めようとするとかなりの値段になります。それこそ、大型機器一つで金貨10枚は下りません。」
むぅ、そう言われると困るじゃないか。
必要機材の目星はつけてきたが、実際どんな品かは見た事が無い。
現物があれば相場スキルで値段を確認できるので羊男の言う事が正しいか確認することが出来るんだが・・・。
「で、結局どこに着地させたいんだ?俺も忙しいんでね、まどろっこしい駆け引きは辞めようぜ。」
「改築費用は純粋に迷惑をかけたことへのお詫びです。機材については、正直に言って新しい薬師様に引き継いでもらえればと考えておりました。新規での機材購入を考えれば金貨50枚でも安い、それがこちらの考えです。」
「だが中古品だろ?」
「新しい機材を手配するとなるとかなりの時間が掛かりますよ。それこそ、全て揃えるのに一年はかかるでしょう。その間稼ぐことも出来ず高額な奴隷を遊ばせておくのはもったいなくありませんか?」
「それが本当だという証拠は?」
「こ、こちらが機材を搬入するにあたって提出された助成金の書類です。前回は差し押さえた品をすべてそろえるのに1年と2カ月かかっていました。」
羊男の補助をするべくおずおずと資料が提示される。
「ついでにこの資料が偽装じゃないという証拠は?」
「助成金などの公的資料は偽造が出来ないよう魔封で上書きできない様にされています。ご心配でしたらこれを持って行っていただいても構いません。」
流石にここで偽装書類を出すことはないか。
短い付き合いだが羊男がそういうの嫌いなのはよくわかっている。
「つまり安く手配できたとしても時間はかかる、ってことか。」
「そうです。」
「現物を見ることは出来るか?」
「現物は倉庫に保管してあります!」
「なら奴隷に確認させよう。不要な機材があった場合それを買い取る必要はもちろんないよな?」
「えっと、出来ればすべて一括で引き取って頂ければ・・・。」
「回収できなかったのはそちらのミスで、そのしりぬぐいを俺がするっていうのはいくら何でも虫が良すぎるだろ。」
先程の書類をパンと机に叩きつけるとまたびくっと体を震わせて縮こまってしまった。
小動物かよ。
めんどくさいなぁ。
「まずは見てもらってそれから考えませんか?総て必要というかもしれませんし。」
「逆に半分は要らないっていうかもな。」
「その時はその時です。」
「随分と余裕じゃないか。まだ何か隠しているのか?」
「まさか、シロウさん相手に隠し事なんてするはずないじゃないですか。」
いや、さっきしてただろ。
うーむ、かなり引っかかるが向こうが言うように実際現物を見てからでも遅くはないか・・・。
現物を触れば値段もわかる。
それで金貨50枚以上の価値があるのならむしろいい買い物と言えるしな。
プラス向こうの譲歩を引き出せばミッションコンプリートだ。
「わかった、夕刻もう一度来る。それまでに機材一式を用意しておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「お任せください!」
「それと、改築の件だが時間がもったいないこの後すぐでもいいか?」
「すぐに担当者を向かわせましょう。」
この時間ならまだバカ兄貴も戻ってきていないはずだ。
面倒なことはさっさと終わらせないとな。
その後確認はスムーズに終わり、担当者が戻るのと同時にミラとアネットが戻ってきた。
両手に大量の袋をぶら下げている。
かなり派手に買ってきたようだな。
「金は足りたか?」
「はい。露店に良いお店が出ておりまして安くで手配出来ました。後程馬車で宅配してくださるそうです。」
「馬車?」
「これから暑くなりますからね、シロウ様の分もお作り致します。」
なんだかよくわからないが買えたのならそれでいい。
「こんなにたくさん、本当にいいんでしょうか。」
「着替えに下着、日用品は必要経費だ。必要なものがあれば随時ミラに言えばいい。」
「奴隷になるともっと汚い生活になると覚悟していました。」
「汚いのは嫌いなんでね。屋根裏の改築許可も出たぞ、今見積もり中だ。」
「それは何よりです。窓が出来れば生活もしやすくなるでしょう。」
「出来るまでの辛抱だ、我慢してくれ。」
二三日は馬鹿兄貴と一緒に寝てもらう事になるだろうが、まぁ問題ないだろう。
なんなら兄貴の方を倉庫で寝かしてもいい。
いや、裏庭にテントでも張るか?
それもいいかもな。
「調合機材の方はいかがでしたか?」
「前の薬師が使用していた機材がまるまる保管されているらしい。後で使えるかどうか確認しに行くから一緒に来てくれ。」
「わかりました。」
「ちょいと面倒だが、まぁ何とかなるだろう。自分で機材を揃えた時も大変だったか?」
「一つ一つがかなり高価なので、何回かに分けて手配しました。すべてそろえるのに二年はかかったかと。」
「そんなに大変なのか。」
「機材が無ければ調合できる薬が限られます。高価な薬を作るにはやはり機材が必要ですので軌道に乗せるまでに時間が掛かりました。一式纏めて揃えることが出来るのなら、すぐにでもお役に立てると思います。」
ふむ、羊男のいう事は間違いなかったという事だな。
後は値段か。
「とりあえずは物を見てからだな。休憩したら出発するぞ。」
「今からでも構いませんが?」
「腹が減ったんだよ。せっかくだ、腕前を見せてもらおうじゃないか。」
「お口に合うといいんですが・・・。」
腹が減っては戦は出来ぬってね。
荷物の処理をミラに任せアネットに昼食を作らせてみた。
正直に言うと可もなく不可もなくという感じだが、まぁおいおい上手くなっていくだろう。
さて、腹も満たされたし第二ラウンド開始といこうかな。




