82.転売屋は強盗に襲われる
マスターの助言を受けてからわずか数時間。
俺はこの世界に来て二度目の絶体絶命な状況に遭遇していた。
因みに一度目はこの世界に来てすぐの草原だ。
「おい、金を出せ。」
あれから少々長話をしてしまい、店に戻ってきたのは夜になってから。
店に入ろうと扉を開けた瞬間、何者かに背中を取られてしまった。
鋭利な何かが背中に押し当てられるのが分かる。
これが噂の強盗ってやつですか?
店の明かりが消えている所から察するにミラは上にいるようだ。
よかった、いたらいたで面倒な事になるからな。
「は?」
「いいから中に入れ、死にたくないだろ?」
通りにはまだ人通りがある。
そいつはさっきよりも強く何かを押し付けて来た。
刺されるのは流石にごめんだ。
仕方なくそいつと共に店に入る。
声の感じから男っぽいという事だけはわかる。
背中を取られているせいでそれ以外の事は何もわからない。
「言っとくがここに金はないぞ。」
「買取屋に金がないわけがないだろうが。」
「金は店じゃなくて別の場所に預けるようにしている。明りが消えてるから今日の売り上げはもう持って行ったんだろう。」
「嘘をつけ、明かりは消えているが誰も出てきていない。上に店員がいるのもわかっているんだからな。」
「監視までしてるとはずいぶんと計画的だな。」
「いい加減黙れ。」
っと、これ以上刺激するわけにはいかないな。
命令に従っておくか。
背後を取られたまま店の奥まで来てしまった。
流石に金庫を開けるわけにはいかないからなぁ。
ここは多少の金を渡してお引き取りいただくのが一番だろう。
えぇっと、レジ金は・・・あったあった。
ご丁寧に机の上には帳簿と清算後の金が入った革袋が置かれていた。
他のお金は金庫に仕舞ったあとのようだ。
「ほら持って行け。」
「たったこれっぽちなわけがないだろうが。」
「うちは買取屋だぞ、金は出ていく一方だ。売上金を探しているなら儲かっている店に行くんだな。」
「じゃあ買い取った品を出せ、ここが涙貝を卸してるってことは調査済みなんだよ。」
「なんだそっちが目的か。」
「差し出せば命が助かるんだ、安いもんだろ?」
命は金に換えられないというからなぁ。
涙貝で帰ってくれるならいくらでも差し出すさ。
とりあえずミラの安全が最優先だ。
二階に行かれる前に倉庫へ行こう。
裏口を開け裏庭へと出る。
ここで大声を出せば誰かが来てくれるかもしれないが、刺されて終わりだろうなぁ。
月明かりが眩しいぜ。
裏庭を倉庫へ向けて歩いていると、月明かりに照らされて影が俺の前に伸びて来た。
一つは俺の影。
もう一つは強盗の影。
おや、なんだか普通と違うなぁ。
なんていうか頭の上に何かがある。
っていうか揺れてる。
あれは耳か?
長い何かが陰の頭の上でゆらゆらと揺れているのが見えた。
という事は犯人は獣人もしくは半獣人ってことになるな。
ウサミミ美人なら知っているが生憎男に知り合いはいない。
「ほら、さっさと行け。」
「わかったからそんな物騒な物を押し付けるな。刺さったらどうする。」
「刺さったぐらいじゃどうにもならないさ。」
「いや、痛いだろ。」
「だからどうした。」
だからどうしたって・・・。
本人は痛くないだろうが刺される方の身になってみろ。
いくらこの世界に飲めば傷がすぐ治る薬があるとはいえ、痛い事に変わりはない。
痛いのは嫌いなんだよ。
巨大な影が倉庫に写る。
その感じから背は俺よりも少し高い様だ。
何でかって?
後ろにいるはずなのに俺の頭とそいつの頭が同じ所に影を作ってるからだ。
「中に入って取って来い。変な事はするなよ、したら心臓を串刺しにしてやる。」
「わかったって、ちょっと待ってろ。」
倉庫を開け中に入る。
入り口の横に魔灯を設置しているのでそれをつけると連動して奥の魔灯がともる様になっている。
便利なものだ。
後ろを振り返るも、そいつは入り口の横に隠れているようでその姿を確認する事はできなかった。
「さて、どうしたもんか。」
涙貝を渡せば済む話だがそれで満足するとも思えない。
それに加えて後いくつか渡した方がいいだろう。
軽くて換金がしやすくてかさばらないやつだ。
願いの小石なんかはどうだ?
そんなに数はないがそこそこの価値がある。
いいねぇ、それでいこう。
あれはたしか奥の箱にしまっておいたはず。
えーっと、どこだったかな・・・。
「おい、なんでこんな所にいるんだよ。」
「それは私のセリフよ、もう夜なんだけど?」
「だからどうした。倉庫の片づけを頼んだのは随分前のはずだが・・・まさか寝てたのか?」
「えへへ。」
エリザが可愛らしく舌を出す。
倉庫の奥にいたのはまさかの人物だった。
てっきりミラと一緒に二階にいるのだと思っていたのだが・・・。
ここにきて一気に運が回って来たな。
「まぁいい、手を貸してくれ。」
「片づけならしたけど?」
「そうじゃない。なんで俺がこんな時間にここに来たと思う?」
「探しに来てくれたんじゃないの?」
「なわけなないだろうが。強盗に襲われたんだよ。」
「ごうと・・・!」
「馬鹿、静かにしろ!」
慌ててエリザの口を手でふさぐ。
「おい、静かにしろ。」
「悪い。」
「早くしろよ、あと百数える間に出て来なかったらここがお前の墓場になるぞ。」
どうやらエリザの声とは思わなかったようだ。
でかい耳をしているくせに耳は遠いんだな。
でもまぁ助かった。
「わかったからちょっと待ってろ。」
時間はない。
早急に目的の物を持って戻る必要がある。
「わかったな?こういう状況だ。俺は涙貝と願いの小石を持って行くからお前はその後出て来い。」
「出て来いって、大丈夫なの?」
「渡すもの渡したら逃げるだろう。」
「捕まえないの?」
「捕まえたいのは山々だが・・・、なんとかなるのか?」
「何とかする。シロウは自分の身を守ることだけ考えて。」
「信じていいんだな。」
「私を誰だと思ってるの?」
そうだった。
こいつは冒険者の中でも凄腕のやつだ。
凶暴な魔物とたった一人で命のやり取りをしている。
こんな所でやられるわけがない。
・・・たぶん。
そうと決まれば行動開始だ。
とりあえず怪しまれない為に目的のブツは持って行く。
涙貝と願いの小石。
ついでに換金できそうなカシャカシャいう装備達。
エリザに目配せをすると明かりを消して出口へと向かった。
「待たせたな、ほらこれだ。」
「随分多いな。」
「どうせ涙貝だけじゃ満足しないだろ?願いの小石も入れてある。」
「よくわかってるじゃないか。」
「装備も換金しやすいやつだ、冒険者も多い今なら捌けるだろ。」
「急にどうしたんだ?」
「俺だって死にたくないからな。命さえあればまた稼ぐことが出来る。」
「賢いやつは嫌いじゃないぜ。」
声が少しだけ弾んでいる。
馬鹿な奴め、そう思うのも今だけだ。
袋を手渡すと背中をドンと押され、素早く後ろに回られる。
「渡すもんは渡したんだ、その物騒な物をしまってくれないか?」
「そんなこと言って油断させたいだけじゃないか?」
「油断させたところで俺にはどうもできないよ、荒事は苦手なんでね。」
「その割には護衛もつけてないなんて、自分がどう思われているのかまるでわかってない。」
「どう思われているんだ?」
「間抜けな金持ちってもっぱらの噂だぜ。」
「まぁ間違ってないかもな。」
間抜けは余計だが。
月に向かって歩く形になるので陰から様子はうかげないが、気配が少しだけ少なくなった。
距離を取った・・・のか?。
ならタイミングは今しかない。
位置について、よーい・・・。
「ドン!」
「あ、こらマテ!」
待てと言われて待つ奴があるか。
子供のときぐらいしか全速力で走った事はないが、若くなったいまなら走れるはず。
筋肉全てを総動員して足と手を動かし、飛び込むように裏口に体を滑り込ませる。
すぐに体を反転させドアの鍵を閉めた。
「くそ!鍵を開けろ!」
「やなこった!」
「こんなのすぐに壊して・・・。」
「壊されるのは貴方の方だと思うけど?」
「なに!?」
俺が逃げた事でエリザの存在に気付かなかったんだろう。
慌てて振り返るも時すでに遅しだ。
エリザの攻撃を一度は防いだものの、ドアを背にしているため逃げる事が出来ず二度三度と攻撃を防いだところで得物が折れてしまった。
パキンという音がドア越しに聞こえて来た。
流石脳筋、攻撃力は半端ないな。
「さぁ観念なさい、シロウを襲ってただで済むと思わないでよね。」
エリザが剣を突きつけると観念したように折れた剣を落とし、両手を上げる。
「何事ですか!」
と、騒ぎを聞きつけたミラが慌てた様子で二階から降りて来た。
「ミラ、紐を持ってきてくれ出来るだけ丈夫な奴だ。」
「わ、わかりました。」
まずは拘束してそれから考えよう。
ドア越しにエリザに目を向けると一瞬だけウインクを返してきた。
この状況でそれが出来るとか、さすがだなぁ。
心臓がバクバク言ってる俺と大違いだ。
はてさてこいつは何者なのか。
ビビらしてくれた報いを受けてもらおうじゃないか。
こうしてこの世界に来て二度目の絶体絶命を何とか切り抜けるのだった。




