81.転売屋は様子を見る
ジェイド・アイがダンジョンで見つかったという知らせは瞬く間に冒険者に広まった。
もちろん俺が出品するという情報は出ていないし、奴が見つけたという事にもなっていない。
ただ、ダンジョンでそれが見つかった。
その事実だけでも彼らを興奮させるのは十分だった。
「あー、もう無理!」
「随分と早いご帰還だな。」
「だってどこも同業者だらけなんだもん。当分潜るのは無理そう。」
「そこまでか。」
「近隣の街からどころかかなり遠くからも探しに来てるみたい。見たことない顔ばかりで収拾がつかないの。」
「無法地帯って奴か。」
「共闘ならまだいいけど、魔物の奪い合いに宝箱の取り合い。ひどい奴なんて戻って来た仲間を襲って回収した宝を確認してるんだって。勘弁してよね。」
「それはひどいな。」
あの宝石にそこまでの価値があったのか。
この世界で約3年、2000日以上も世に出ていなかったレア品だからなぁ。
あのクリムゾンレッドですらもう少し取引されていたぞ。
いやー、匿名にしておいて正解だった。
あの後エリザを連れて完成品を受け取りに行き、今は大切に金庫にしまってある。
もし俺が出品するとわかっていたら今頃強盗に押し入られていたことだろう。
その辺はレイブさんがうまく取り計らってくれたので助かった。
オークションまで後一週間。
今は大人しくしておくべきだろうな。
「ただいま戻りました。」
「おぅ、おかえり。」
「おやエリザ様随分早いお帰りですね。」
「人が多すぎていやになったの。」
「それはわかる気がします。取引所も街中もひどい物でした。」
「そんなにか?」
「横入り横取りは当たり前、大通りを歩くにも冒険者を避けて通らなければならないほどです。」
「そう考えると、この街にずっと居る冒険者は礼儀正しいんだな。」
「そりゃそうよ。この街で目をつけられたらどうなるかみんな知ってるもの。」
ってことは、そろそろその『どうなるか』が行われるわけか。
余計外出したくなくなってきた。
「警備は何をしてるんだ?」
「巡回はしておられますが、警備がいなくなった途端にまた暴れ出す始末です。」
「ギルドはこれを放置するのか?」
「一応冒険者同士で気をつけようみたいなことは言ってるけど、聞かないやつの方が多いの。」
「ニアも大変だな。」
「ほんとそうよ。へんなやつにもからまれるし、この前なんて胸を揉まれたんだからね!」
あの胸を?
何て命知らずな奴なんだ。
「死んだか?」
「ううん、入り口に吊られてた。」
「あぁ見えて中々の怪力だもんな。」
「そうじゃないと冒険者ギルドで働けないもん。」
おそらく揉まれた瞬間に拳が出ていたんだろう。
それに加えて他の冒険者にもボコボコにされたに違いない。
余計な事をするからだ。
「うちとしては客が増えてありがたいがなぁ。」
「でも変な客も増えたじゃない。この前だってミラにちょっかいかけて来たし。」
「問題ありません、丁重にお引き取りいただきました。少々鼻が利かなくなったかもしれませんが自業自得です。」
「できればあれは店の外でやってほしいがな。換気がめんどくさい。」
「申し訳ありませんでした。」
新参者の冒険者がミラを偉く気に入って、何度もお茶?に誘ったんだがミラがなびくことはなかった。
それにしびれを切らしたのか強引に手を引っ張った次の瞬間、護身用に持たせていたアシッドスネークの粉末が炸裂したというわけだ。
粉末には即効性があり、付着した部分をマヒさせる。
まぁほんの30秒ほどだが効果は絶大だ。
大量に吸引した男は叫び声を上げる事も出来ず、転がるようにして店の外に出て行った。
扉を閉める時には肺にも粉末が広がり呼吸も出来ず白目をむいていたがまぁ死ぬことはないだろう。
確認してないがしばらくしたらいなくなっていたし。
こちらも即行で息を止める必要があるので使う側もなかなかに命がけだ。
「ま、後一週間の辛抱だ。オークションの頃には警備も増えるし街中は問題なくなるだろう。」
「街中はね、でもダンジョンはそうじゃないもん。」
「そっちはまぁ・・・ガンバレ。」
「いっそのこと奥まで行ったら静かなんだけど、三日は戻ってこれないのよね。」
「いつもの事じゃないか。」
「三日もシロウと会えないのよ?無理よ。」
「半年前のお前に聞かせてやりたいセリフだな。」
出会ってそろそろ12か月。
この世界で言えば半年だ。
あの時のエリザは借金を抱えて娼館の並ぶ通りの路地に隠れていたんだったか。
野犬のような雰囲気だったが今じゃ野生を忘れた飼い犬だ。
「良いでしょ別に。」
機嫌を損ねてしまったようで拗ねたように横を向いた。
仕方なく尻に手を回すと力いっぱいに叩かれてしまう。
おーいたい。
「シロウ様は行かなくてもいいと言っておられるのですよ、エリザ様。」
「え、そうなの?」
「そうなのか?」
「興味が無ければさっさと行けと追い払うのがシロウ様です。」
「・・・確かにそうかも。」
「そうなのか?」
本人がよくわかっていないんだがどうして二人にはわかるんだろうか。
謎だ。
「じゃあ行かない。」
「好きにしろ。」
「うん、好きにする。」
「だが働かざるもの食うべからずだ、倉庫の整理は任せた。」
「は~い。」
「んじゃま俺はちょっと出て来る。」
「え、外は危ないって話だったんじゃなかったっけ?」
「男にはいかなきゃならない場所があるんだよ。」
カッコ良く決めたはずが二人には冷めた目で見られてしまった。
おかしな話だ。
一応警戒しながら大通りに出てみるも特に変わった様子はない。
確かに冒険者は多いが、この街じゃいつものことだ。
だがその考えはマスターの店に行った途端に変わってしまった。
「すごいな。」
「いいところに来た、ちょっと手伝え。」
「おいおい俺も客なんだけど?」
「後で飯奢ってやるから。」
「ったくなんだよ。」
仕方なく言われるがままテーブルの片づけをして食器を洗う。
その間もマスターはひたすら料理を作り運んでいた。
おや、一人いないようだがどこいった?
「リンカはどこ行ったんだ?」
「部屋の片づけだ。」
「嘘だろ、もう昼だぞ?」
「まともに寝れないお子ちゃまが多いんだよ。」
「あぁ、そりゃ仕方ない。」
「ったく、まともに寝れないなら安宿に行きやがれ。」
「値上げしたらいいんじゃないか?」
「そうしたら常連から金をとらなきゃならないだろ?全員がお前みたいな金持ちだったらいいんだけどなぁ。」
別に金持ちじゃないんだけど・・・。
むしろ今は貧乏人だ。
買取が増えるという事は出費が増えるという事。
今の所は何とかなるが、これが続くと正直しんどい。
そう言う意味でも早くオークションで一発稼ぎたい所だ。
「あーおわったぁぁぁ!」
「ご苦労さん。」
「あ、シロウさん。来てくれたんですね。」
「別に助けに来たわけじゃないんだがマスターに捕まった。」
「こんな時に来るからですよ。でも助かります。」
相変らず元気いっぱいな感じだが、雰囲気が少し柔らかくなっている。
こう見えて人妻だからな、世の中分からんものだ。
「ダンは元気か?」
「うん、今はダンジョンに行ってる。」
「ダンジョンに?無法地帯らしいじゃないか。」
「だからダンジョンの治安維持、仲間を襲う奴らを取り締まるんだって言ってたよ。」
「一応ギルドも対策はしているのか。」
「結構大変みたい。帰ってきたら愚痴がすごいもん。」
「でも幸せなんだろ?」
「えへへ、まぁね。」
はいはい御馳走様。
前は俺に結婚しろ結婚しろと言っていたけど、身を固めてからはそんなことを言わなくなった。
あれは自分の願望を俺に押し付けていたんだな。
仮に俺が結婚したら別のやつに結婚しろと言っていたんだろう。
迷惑な話だ。
「ふぅ、何とか片付いたな。」
「いい加減皿洗いは飽きたんだが。」
「あぁもういいぞ、助かった。ほれ、飯食ってけ。」
「マスターの飯は久々だな。」
「しっかり味わえよ。」
「はいはいっと。」
ミラの食事も美味いが、やはりマスターの食事には敵わないな。
まぁ本職だし仕方ないが・・・。
ペロッと肉を一枚食えるようになったのも若さのおかげだろう。
「で、この状況は何とかなるのか?」
「それを聞くためにわざわざここに来たのかよ。」
「街の事を聞くならマスターが一番だからな。」
「別にこの街の偉いさんじゃないんだが?」
「でもわかるだろ?」
「まぁな。」
この街の最古参の一人。
レイブさんや羊男が一目置く存在だ。
もちろん俺もな。
「二日後には警備が増強される、ダンジョンにも専門のチームが入る予定だ。」
「そいつは何より、あと二日の辛抱って所か。」
「ダンの愚痴を聞くのもね。」
リンカと顔を見合わせて笑ってしまった。
あと二日でこの街に平穏が戻って来る。
ならそれまでは静かにしておくとしよう。
店を閉めてしっぽりやってもいい。
最近は働き過ぎだしな。
「とりあえず今は大人しくしていろ。何かあったらお前でもしょっ引かれるからな。」
「おー怖、気をつけるよ。」
「特に露店周辺は警備が厳重になる、商売はそれからにしろ。」
「貴族を襲った窃盗はどうなったんだ?」
「まだ逃げているようだ。」
「マジかよ。」
「街の外に逃げたって話らしいが、俺はまだここに居ると思っている。お前も気をつけろよ。」
「りょーかい。」
ブツは金庫の中だから大丈夫だと思うが・・・。
マスターの助言には従えってのが俺のモットーだ。
何か対策を考えるとするかな。




