66.転売屋は懇親会に参加させられる
店に戻され強制的にカウンターへと誘導される。
いや、俺が店主のはずなんだが?
どうしてこうなった。
「それでは話を聞いていただけますね?」
「聞くも何も無理やり連れてこられたんだ、聞くしかないだろ。」
「ご協力感謝します。」
「感謝ねぇ・・・。」
「シロウ、ここは黙って聞いたほうが身の為よ。」
「さすが妻のご友人、分かっておられる。」
「話は聞くが参加するとは言ってないからな。」
いくらこの男が来たからって俺の考えは変わっていない。
面倒な接待なんざまっぴらごめんだ。
正直さっさと帰ってくれと思っている。
思っているとも。
「どうしても参加して下さらないのですか?」
「あぁ。新進気鋭だがなんだか知らないが、そっちが勝手に持ち上げて接待しようとしているだけだろう?交友関係が広がる?異業種とのパイプができる?望んでもいないのにそういうことをされるのは面倒だと言っているんだ。」
「随分とはっきり申されるのですね。」
「本音を隠してどうするよ。俺にとっては何の魅力も感じない、だから参加しないって言ってるんだ。」
「魅力を感じない・・・。なるほど、そういう考えもあるのですね。」
「ほかの参加者にもこうやって『強制的に』参加するように言って回っているのか?」
「とんでもない、こうやって私が動いたのはシロウさんだけですよ。」
他の連中にもそう言ってるんだろう。
そういえば特別感があるように聞こえるからな。
と、普通なら思うだろうが、それこそ短い付き合いだがこの人がそういうことをしないのはわかっている。
本当に俺の為だけに動いたんだろう。
そういう男だ、この羊男は。
「どうしてそこまで俺にこだわる。俺が最短で店を構え、税金を納めたからか?」
「それも一つの理由です。この街の歴史を紐解いてみても、一年以内に店を構えた人は数える程しかいません。それも、最古参の皆さんを含めてです。」
「だがそれだけじゃないんだろ?」
「シロウさんの先を見る目、そしてそれを実行する行動力を我々は買っているんです。この間の聖布もそうですし今回の核もそう。誰もが一度は考えたであろうことを有言実行し、そして財を積み上げておられる。よほどの商人でなければそんなことできませんよ。」
「それは言い過ぎだろう。過去の記録を見ていれば俺と同じことを考えている人間はほかにもいたようだぞ。」
過去に同じように商品を買いあさり利益を出したであろう動きは把握している。
だから決して俺がすごいのではない。
先人たちもまた同じ手法で財を積み上げてきたんだ。
「でも彼らは買取屋ではない。」
「そうだな。」
「前の店子と同じ商売だと聞いた時は耳を疑いましたよ。これだけの立地でなぜそんな小さい仕事をするのかとね。ですがそれは私の間違いでした。立地と倉庫、そして人脈。そのすべてがそろっているからこそ、この商売は成功しておられるのですね。」
「成功しているかどうかはまだわからないがな。税金は払った、だが来年の分までは稼げていない。」
「むしろこの短期間で来年の分まで稼がれては困ります。」
俺としてはあと8ヶ月ほどで稼ぎ終えたいんだがな。
12か月で稼ぎ、残りの12ヶ月で利益を残す。
それぐらいの感覚で動かなければ何かあった時に対応できない。
人脈があるとシープ氏は言っているが、俺の使える人脈なんざ両手で余るぐらいしかいないぞ。
「そっちの言い分はわかった。だが、やはり参加する気にはならない。」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ。」
「・・・わかりました。」
お、案外簡単に引き下がっ・・・。
「では、先日の固定価格買取品についていくつかお伺いしたいことがございます、よろしいですか?」
「何のことだ?」
「グリーンキャタピラーの糸ですが、固定買取価格よりも安く提示しておられることはこちらでも把握しております。しかしながら他の買取品と混同することによって価格が上乗せされているとの情報も出ておりまして、過去に扱いました全商品の価格について調査をさせていただきたい。そう考えているのですが、その件について何か釈明はございますか?」
「釈明も何もギルドの固定価格買取制度を侵したことはない。このやり方もギルドに確認をとってから行っている。」
「えぇ、一角亭との共同企画などについても確認しております。しかしながら、固定買取品はともかく同時に買い取った品が相場よりも著しく高くなっている点、これについてはどうご説明を?その後買い取った価格以下で販売されていることもこちらで確認しておりまして、利益を得るどころか利益を減らしている点についてご説明頂けますでしょうか。ワザとなのであれば合算しているとはいえそれは固定価格買取の侵害に当たるとギルド協会としては判断せざるをえません。」
こいつ、このタイミングで引き下がるどころか脅してきやがった。
固定買取価格の侵害は数字上は問題ない様にしてある。
帳簿でもそうなっているので見られたところで証拠にはならない。
だが、同一価格が買い取り金額よりも安く買い取っていることになる、その件についての釈明が難しい。
利益を出すために買い取りをしているのに、それ以下で売っているとなればおかしいとなるのは当然の事だ。
偶然だと言い張る事も出来るが、この人の事だ毎回帳簿を提出しろとか言い出しかねない。
そうなると複数買取での上乗せという技を使えなくなってしまうだろう。
冒険者ギルドの許可はとっているが、あまり過激にするなとも言われている。
くそ、まさかこんな姑息な手段取ってくるとは・・・。
「それで、説明できなかったら?」
「毎月帳簿を提出させて頂き、また定期的な監査にもご協力を・・・。」
「なぁ、そこまでして俺を参加させたいのか?」
「もちろんです。シロウ様に参加して頂く為に懇親会を開いたと言っても過言ではありません。」
「まじかよ。」
「もちろん、参加していただけるのであれば先程の件は目を瞑らせて頂きます。」
「いいのか?公平を司るのがギルド協会なんだろ?」
「別に不正ではありませんから、私が目をつけさえしなければね。」
抵抗もここまでか。
参加したくないのは変わらないが、意固地になればなるほど自分の首を絞めるだけだ。
ここは妥協も必要だろう。
あー、めんどくさいなぁもう。
「わかったわかった、そこまで言うなら参加してやるよ。」
「ありがとうございます!」
「ただし、面白くないと思ったらすぐに帰るからな。そっちの顔は立てたんだ、それぐらい認めろよ。」
「もちろんですとも、参加してくださるのであればそれだけで十分です。もっとも、そんなすぐに帰られないように盛り上げるつもりではいますよ。」
「変なことはしてくれるなよ。それと、スピーチなんかは絶対にお断りだ。」
「・・・どうしてもですか?」
「人前で話すのは嫌いなんだ。というか、俺に何を喋れっていうんだ?この街に来て1年で店を開いた秘訣でも言わせたいのか?」
「あるのであれば是非。」
是非じゃねぇよ。
そんなもんあるわけないだろうが。
もちろん向こうもそれはわかっているだろうけど・・・。
そこまでして俺に参加させたい理由がわからない。
「では詳しい日時などは後程ご連絡させていただきます。あー、安心しました。」
「なんでそこまでするのか俺には全く見当もつかないんだが?」
「シロウさんはどう思っているか知りませんが、結構有名人ですよ色々な界隈で。」
「へぇ、それは知らなかった。」
「そう言う部分を知っていただくためにも是非参加していただきたいんです。もちろん、これはシロウさんだけではなくその方々の為にもなると思っています。」
「俺と酒を飲んで為になる事なんてあるとは思えないがね。」
「あ、それと会には同伴者をお一人連れてくるようにお願いしていますのでよろしくお願いします。」
同伴者だって?
そんな事聞いてないぞ!
とは言える空気じゃないな。
誰を連れて行く?
エリザか?
いや、あくまでも客と店主という関係だ。
ここはミラの方がいいだろう。
「奴隷でも構わないのか?」
「奥様がおられる場合は奥様が来られますが、未婚の方もおられますから。」
「ちなみにそっちは嫁さんが来るのか?」
「えぇ、妻にもそう伝えてあります。」
「ご苦労なこった。」
「ニアが行くなら私も行く!」
「いや、ミラに頼むとしよう。ニアさんもお前が来るとなると色々気を遣うだろうしな。」
「何よそれ!ニアとは隠し事しない関係なんだからね!」
どういう関係だよ。
まさかそっちの趣味があるのか?
まぁ、もしそうだとしても俺には関係ないけどな。
「私でよろしいのでしょうか。」
「ミラならそう言う場でも立ち振る舞いや話し方など問題ないだろう。」
「畏まりました。シロウ様のお邪魔にならないよう努めさせていただきます。」
「ただの懇親会ですから、あまり緊張されないようお願いします。ただ・・・。」
「ただ?」
「約一名、お酒を飲むと面倒な方がおりますのでそれだけご理解ください。」
「その時点で参加したくないんだが。」
「男に二言はありませんよね?」
そもそもそう言う奴は参加させるなよな。
酒は飲んでも飲まれるな。
自制の利かないやつは酒なんて飲むんじゃねぇってのが俺の持論だ。
酒は楽しむためのもので、場を壊すものじゃない。
そう言う輩がいるから酒の席が嫌いになるんだ。
「あぁ、参加はするさ。」
「どうぞよろしくおねがいします。」
入ってきた時と違いいつものようなにこやかな表情に戻った羊男。
あーあ、今回はまんまとしてやられたな。
「そっちこそ、さっき言った事忘れるなよ。」
「こちらのお店には何も問題ないと聞いておりますが?」
「そうだったな、これからもよろしく頼む。」
「こちらこそよい関係でいたいと願っておりますよ。」
互いに固い握手を交わし奴は去って行った。
「ね、抵抗しない方が良かったでしょ?」
懇親会。
全く楽しみじゃない予定なんて久々だ。
こんな日は・・・。
飲むに限る。
「まぁな・・・。さーて、今日は早く店を閉めて一角亭に行くか。」
「やったシロウのおごり!」
「私もよろしいのですか?」
「当たり前だ、同伴者なんだからな。」
「はい!お供させていただきます!」
酒は飲んでも飲まれるな。
だが、飲んで忘れたいことがあるのなら、飲まれない程度に飲めばいいのさ。




