62.転売屋は図書館に行く
「いらっしゃい。」
「こんにちは、ミラは居ますか?」
「ミラなら市場に行ってるよ。」
「そうですか・・・。」
「中で待つか?」
「いえ、私も行ってみます。」
店に入ってきて早々エルロースさんが店を出ていく。
まぁ俺が来ていいって言ったから別に構わないんだけどさ、こうも連日ってのはどうなんだ?
いや、良いんだけどさぁ・・・。
「文句があるなら本人に言えばいいじゃない。」
「言えるわけないだろ、あんな顔されたら。」
「まぁわかるけどね。」
「ベルナもそうだが、あの耳は反則だよな。」
「それは私も思ってるわ。」
耳は口ほどにものを言うとはまさにこの事。
ミラが居ないと言っただけで、ピンととがったウサ耳がシナシナと垂れ下がってしまった。
それに加えてあの残念そうな顔。
天然とはまさに彼女の為にある言葉なんだろう。
「まぁ、これも全て冒険者のおかげ・・・だな。」
「まさか私も五日で揃うとは思っていなかったわ。」
「乱獲だったらしいな。」
「それはもう凄かったわよ。普段誰も手に付けないトレントが一瞬でもダンジョンから居なくなったと思うとゾッとするわ。」
「でも完全にいなくなったわけじゃないんだろ?」
「時間が経てば戻ってくるけど、当分古木は手に入らないかもね。」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
普通の素材と違って、古木は一定期間経たないと手に入らない。
今倒しても手に入るのは若木だけって、それってまずくないか?
「なぁ、どのぐらい経つと古木になるんだ?」
「さぁ詳しくは知らないけど、一年ぐらいじゃない?」
「嘘だろ?」
「嘘よ。」
「お前なぁ・・・。」
「そんなに怒らないでよ。詳しく知りたければギルドに行くしかないんじゃない?」
ギルドなぁ・・・。
俺が古木を買い占めてるって知られてるわけだし、出来るだけ近づきたくないなぁ。
許可を得てやっているとはいえ、何を言われるか分かったもんじゃない。
「他に魔物に詳しい人はいないのか?ほら、素材とかどれを倒せば手に入るとかそういう情報が載ってる本でもいいぞ。」
「ん~、そうねぇ。図書館に行けばあるかも。」
「図書館なんてあるのか、それは知らなかった。」
「といっても、皆が持ってきた不要な本を収集しているってだけなんだけど、結構な量になってるから今は図書館って呼ばれてるの。」
「個人でやってるのか?」
「昔は個人でやってたんだけど、持ち主が死んじゃって、今は街で管理してる・・・はず。」
何とも中途半端な情報だなぁ。
どれだけエリザに興味が無いかが良くわかる。
これだから脳筋は!
「つまり興味が無いんだな。」
「そうともいうわね。」
「場所は?」
「信仰所の近くよ、本の看板がぶら下がってるからすぐわかると思う。」
「そうか、ちょっと行ってくる。」
「え、行ってくるって店番は!?」
「暇だろ、店番宜しく。」
ちょっと~!というエリザの怒鳴り声を背中で聞きながら俺は店を出て、その図書館とやらへと向かった。
信仰所へは偶に行くがそんな看板あったかなぁと訝しがりながら行ってみると、本当にあった。
人の記憶なんて曖昧なものだな。
本を開いたような看板の下には大量の木箱が積み上げられていた。
見た感じそれほど古い物のようには見えないが、かなり重いのか一番底の木箱は若干たわんでいる。
三つしか積まれていないんだが、大丈夫か?
入り口付近には誰もおらず搬入される様子もない。
仕方ない、とりあえず中に入るか。
扉を開け中に入ると、これまた大量の本が所狭しと積み上げられていた。
石造りでなかったら絶対に床が抜けてるだろ、ってレベルの量だ。
本当に管理できてるのか?
「すみませーん。」
声をかけるも返事は無い。
「聞きたいことがあるんだが誰かいるか?」
もう一度声をかけてみる。
すると、ぼそぼそとした何かが聞こえてきた。
「もう一度言ってくれ、聞こえないぞ。」
「た・・・すけて・・・。」
助けてだって?
俺は慌てて声のする方に向かうと、一か所だけ積み上げられた本が倒壊している場所があった。
そしてその倒壊した本から一本の脚が見える。
それを掴み一気に引っ張った。
「いたたた・・・。」
埋もれていたのは小学生ぐらいの男の子だった。
頭を押さえながらフラフラと立ち上がるとハッと気づいたように俺の方を向く。
「どこのどなたか知りませんが助かりました。」
「一人で来たのか?」
「はい、私しかいません。」
「じゃあ次からは別の誰かと一緒に来るんだな、見つからなかったら死んでたぞ。」
「あはは、わかってはいるんですけど新しい司書が追加されないもので。」
ん?
新しい司書?
ってことはまさか・・・。
「つまりアンタがここの主か?」
「はい。ここの管理を任されているアレンと言います。」
そう言いながら子供が頭を下げる。
うーむ、この世界では見た目は当てにならないからなぁ。
子供に見えても俺よりも年上って例も知っている。
今回もそのパターンだろう。
となると年齢の話は禁句だな。
「初めて来た俺が言うのもなんだが、管理できているのか?」
「出来ていますよ!どこに何があるかはこの頭の中にしっかり記録されています。」
「じゃあ、トレントの古木について知りたいんだがそれについての本は?」
「トレントの古木古木っと・・・確か冒険者用の素材辞典に載ってましたね、こっちです!」
彼は元気よく走りだすと積み上げられた本の塔の間を抜けどんどん遠くへと進んでいく。
身体が小さいからか本人は簡単に移動しているようだが、俺は山を崩さないように移動するだけで精いっぱいだ。
何度か崩しそうになりながらも何とか彼の所に到着した。
「ここの、下から四番目の本です。」
「取ってくれないのか?」
「あはは、僕には重すぎて無理ですよ。」
なるほど、だから取ってくれと。
っておい。
「なぁ、ここの本の全部を把握してるのか?」
「もちろんです、司書ですから。」
「内容も場所も全部か?」
「一度目を通した本は忘れません。誰かが勝手に場所を変えない限りは覚えています。」
「化け物かよ。」
「失礼な!司書ならだれでもできますよ!」
いや、俺の知っている司書は場所は知っていても中身までは知らないと思う。
どこの書庫にあるかまでだと思うぞ、普通は。
「悪かったって、で、この下から四番目だったな。」
「そうです。ゆっくりずらしてくださいね、元に戻すの大変なんですから。」
つまり必要な奴を抜いたらまた元の場所に戻せという事か。
返却だけ・・・ってわけにはいかないだろうなこの感じだと。
慎重に山から本を抜き出すと、緑色の古ぼけた本が出てきた。
年代物のようであまり触られた気配が無い。
「素材辞典って言ってたな。」
「そうですね、個人の編纂ではありますがかなり詳しく書いてあるみたいです。」
「こういうのは普通冒険者ギルドとかに置いている物じゃないのか?」
「さぁ、私はここの管理は任されていますが他の所の事については関知していませんので。」
なんとまぁ使えない事か。
そういう品がゴロゴロしているんだろうなぁ、ここには。
誰かもっと管理のできるやつ居ないのかよ!
「借りても構わないか?」
「かなり古いですし傷んでいるのでここだけの閲覧でお願いします。ちなみにトレントの古木は72ページの下から8行目ですよ。」
「お、おう、助かる。」
ページ数まで覚えているのかよ。
やっぱり頭おかしい・・。いえ、何でもありません。
「じゃあ僕は作業があるので、好きなだけ読んでいってください。他に来る人もいませんから。」
「助かる。」
満足そうにうなずくと少年アレンはチョコチョコと本の山を縫ってどこかに消えてしまった。
椅子・・・とかは無いな。
しかたない、床にご厄介になるか。
埃まみれの床だが立ったままよりかはマシだ。
それからしばらくこの本を読んでいたのだが、ぶっちゃけ何でここにあるのかわからないような代物だった。
魔物の種類、剥ぎ取り方、素材の違いについて事細かく記載されている。
これさえあればミラも素材の買い取りが出来るようになるだろう。
残念なことに絵が無いので文面で解釈しなければならないという欠点はあるが、それでも十分想像できるぐらいに細かく記載されている。
欲しい。
欲しいぞこの本。
買えないかなぁ・・・。
とりあえず調べたいものは調べたのでこれをもってアレン少年を探す。
えーっと、いたいた。
先程崩れた本は器用にも戻されており、その近くで無心で本を読んでいた。
「ちょっといいか?」
「え、あ、はい。あと五秒下さい。」
「わかった。」
つまり待ってくれという事だろう。
ものすごいスピードで目が動いている。
まさか本当に記憶しているのか?
この短時間で?
「ふぅ、お待たせしました。」
「すまないな、集中してる所だったのに。」
「もう覚えたので大丈夫です。それでなにか?」
やっぱり覚えていたのか。
「この本を買うことは出来るか?」
「ごめんなさい、貸し出しや販売はしてないんです。」
「じゃあ書写するのはどうだ?」
「それは別に構わないかな、むしろ古い本だしこっちからお願いしたいぐらい。」
「じゃあ仮に書写し終わったら元の本は貰っていいのか?」
「そうだね、原本を残せって言われているわけじゃないから大丈夫だよ。」
よし!
どんな素材をどうやって手に入れることが出来るのか、それさえわかれば取引板の記録と俺の相場スキルがあれば百人力だ。
まさかこんなに素晴らしい本だったとは・・・。
どうしてもっと早くこういう本の存在に気づかなかったんだろうか。
「それと、例えば冒険者が使う装備や道具について書かれた本はあるか?」
「ちょっとまってね・・・。うん、何冊かあるよ、持ってくる?」
「いや、一冊ずつで構わない。明日また来るよ。」
「それはうれしいなぁ、最近は寄付ばっかりで利用者が少なかったんだ。」
「何か欲しい物はあるか?いいものを教えてもらったお礼がしたい。」
「え~そうだなぁ、じゃあ美味しいパイが食べたいな。とびきり甘い奴がいい。」
「甘党なんだな。」
「本を読んでいるとすぐお腹がすくんだ。」
頭を使うと腹が減るらしい。
将棋の棋士なんかも一回の勝負でかなりの糖分を摂取するとか・・・。
それと一緒なのかもしれないな。
「わかった、明日持って来る。」
「うわぁ、楽しみだなぁ!」
少年が目を輝かせて喜ぶ姿は微笑ましいが・・・いや、これ以上は何も言うまい。
どれ、飛び切り甘いパイがどこにあるか店に戻ってエリザに聞くとしよう。
アイツなら何か知っているに違いない。
新しい可能性を胸に、俺はうずたかく積まれた本の山を抜けて外に出た。




