60.転売屋は奴隷にお願いされる
それからしばらくして例の花粉症もどきは終息した。
まだ若干症状は残るものの、エリザもいつものように過ごせるようになったようだ。
極力ダンジョンに潜っていたからやっぱりしんどかったんだろうな。
倉庫に眠っていたワイルドホーンの角は来年に持ち越さず取引板に出した。
買取価格は一つ銀貨1枚。
買取が確か銅貨45枚だったからぼちぼちと言えるだろう。
でも薬の原価だけでも銀貨3枚を超える薬って・・・。
ちょっと高すぎじゃないだろうか。
「あの~。」
「いらっしゃいませ、買取ですか?」
ある日の昼下がり。
昼食を終え昼寝半分で店番をしていると一人の女性が店にやって来た。
ぱっと見はエリザぐらい。
少し背が高く帽子を深くかぶっている。
なーんか、変な感じ。
何に違和感があるんだろう。
寝ぼけ眼を根性で叩き起こしもう一度女性を見る。
すらっとした細身の体、あまりナイスバディーではないが無いわけではない。
ぴっちりした服を着ているからか体のラインが良くわかるな。
でも、違和感はここじゃない。
そのまま上へと目線を動かすと顔は・・・。それなりに美人だ。
北欧の女性のような白い肌に、ツンと立った鼻。
目は細く切れ長で黄金色のゴールドヘアー。
染めてない場合は下の毛もそうらしいが、本当だろうか。
エリザもミラも濃い髪色だからあんまり違和感ないんだよなぁ。
「そんなにみられると恥ずかしい・・・。」
「あ、すみません。美人だったのでつい。」
「実はある素材を探してて、ここで手に入るかもしれないと聞いて来たの。」
美人の部分には喰いついてこなかった。
残念だ。
それにてっきり買取依頼だと思ったのにそうじゃないようだな。
販売業務もしているが素材の販売はやってないんだよね。
一体誰に聞いてきたんだろう。
「素材、ですか。」
「これです。」
そういって彼女が取り出したの小枝だった。
長さは肘ぐらい、太さは親指ぐらいだろうか。
子供が振り回すにはちょうどいい大きさだ。
「触っても?」
「えぇ。」
触らないと鑑定できないんだよね。
助かります。
『トレントの若木。まだ生まれて間もないトレントからのみ取れる小枝。魔力が浸透しておらず加工がしやすい。最近の平均取引価格は銅貨80枚、最安値が銅貨30枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は11日前と記録されています。」
トレントの若木ねぇ。
古木の方は時々持ち込まれるが若木は初めてだ。
加工がしやすいってことは何かを作るのに使用するんだろうけど・・・。
「トレントの若木ですか。古木はいくつか在庫しておりますがこちらはございません。」
「そう・・・。」
「何かに使われるんですか?」
「初心者魔導士向けの触媒を加工してるんです、でもまとまった数が手に入らなくて・・・。」
「取引板でお探しになられるとか?」
「それでも全然で、それで向こうの人にここを紹介してもらったの。」
何処かと思ったらまさかの取引所からか。
わざわざ紹介してくれたって事はよっぽど手に入りにくい品なんだろうな。
連日出入りして顔を覚えてもらった甲斐があったってもんだ。
「シロウ様お客様ですか?」
「ミラ、トレントの若木なんだけど最近見たか?」
「若木はないですね。」
「魔導士の触媒に使うんだとさ。」
「・・・え!?」
「ん?」
裏で片づけをしていたミラが戻って来たので聞いてみるもやはり無いようだ。
そしたら今度は依頼主が変な声を上げたんだけど。
何事だ?
「ミラ!」
「あら、エルロース。」
「どうしてここに?急に姿が見えなくなったから心配して・・・お母様は?」
「母はハドゥスを患って入院中です。でも大丈夫、薬を飲んでいますから。」
「そう、それはよかった・・・。」
切れ長の目が大きく見開かれると同時に帽子が上に持ち上がった気がするんだけど・・・。
そんな事よりも、どうやら二人は知り合いのようだ。
母親の事を心配するという事はかなり親しい仲なんだろう。
その割にはミラの状況をよく理解していないみたいだな。
まさか、周りに説明しなかったのか?
「取引板の紹介で来てくれたらしいんだが・・・、どういう知り合いなんだ?」
「前に家が近所だったんです。彼女の家は代々魔術道具を作っていて、エルロースもそのあとを継ぎました。なかなか良い道具を作ると冒険者にも評判なんですよ。」
「そいつはすごいな。」
「冒険者ギルドに頼まれた仕事で、どうしても来週までにあと10本必要なの。」
あぁだから必死に探していたのか。
この街で冒険者相手に商売するとなるとギルドとの関係が大事になる。
少しでも評価を落とせば後々の仕事に影響が出る。
だからこんな必死になって探しているんだな。
「古木じゃダメなんだろ?」
「熟練者なら古木の方がいいけど、初心者じゃ力が強すぎて暴走するから。」
なるほどなぁ。
適材適所。
初心者は初心者の道具を使えって事だ。
「シロウ様、冒険者に掛け合ってみるのはいかがでしょうか。」
「冒険者に?」
「はい。エリザ様を経由して前回のように買い取りの依頼を出すのです。取引所に行かない冒険者もおられますから可能性はあるかと。」
「なるほどなぁ。」
「一本につき銀貨1枚までなら何とか出せると思うの。お願いミラ、力を貸して。」
「私からもお願いします。奴隷の身でありながら勝手を申しますが、力になってあげたいのです。」
ミラがそこまで言うのは珍しい、余程親しい仲だったんだろう。
「保証は出来ないが探すのはタダだ。エリザが戻って来たら声をかけてもらうか。」
「ありがとうございます!」
と、その時だった。
エルロースさんが勢いよく頭を下げると帽子が勢いに負け床に落ちる。
金髪がさらさらと舞い、隠れていた部分が露わになった。
「ん、耳?」
「あっ!」
慌てて帽子を拾い耳を隠すエルロースさん。
さっきまでどちらかというとお淑やかな印象が強かったが、今の反応でそれが一気に変わった。
隠れていたのは兎の耳。
なるほど、だから動いていたのか。
違和感の正体も納得だ。
耳が長すぎて若干帽子が浮いていたんだな。
「エルロースは獣人と人間のハーフなんですよ。」
「あぁ、だからベルナとは違うのか。」
「半獣人は体の一部に獣人の名残が残るのです。確かお父様が兎の獣人だったかと。」
「ウサミミ金髪美人とか漫画の世界だと思っていたが、まぁ獣人が居るんだし当然だよな。」
元の世界でも昔は珍しかったが今じゃハーフなんてゴロゴロいる。
純血じゃないといけないなんてのは過去の考え方だ。
だが本人はそれを気にしているんだろうな、それで帽子をかぶって隠していたんだろう。
いそいそと帽子を直す頃には最初と同じくお淑やかな感じに戻っていた。
「でも、どうしてミラがここに?それに奴隷って・・・。」
「母の治療費を工面するために身を売ったんです。」
「そんな!言ってくれたら少しは・・・。」
「金貨40枚ものお金を貸せた?」
「・・・無理。」
「気持ちはありがたいけど私は後悔していません。むしろ望んでシロウ様の奴隷になったんですから。」
「望んでだなんて、そんな・・・。」
奴隷に身を落とす。
確かに普通の考え方ではよろしくない事だろう。
俺もそういう印象だったしね。
だがエリザもマスターも奴隷を買うのは当たり前だというし、奴隷だからと蔑まされる感じも無い。
あくまでも自分の所有権ならびに生殺与奪を他人に譲る。
それだけなのかもしれないと、ミラを買い受けてから思うようになった。
愁いを帯びた金髪美人。
それでもミラの魅力には叶わないな。
「それじゃあ五日後にもう一度来てくれる?保証は出来ないけれど探してみるから。」
「お願いね。」
「また何かあったらここに来るといいわ。ご両親によろしく。」
「ねぇ、またここに来てもいいかしら。」
「お客としてならいいけど・・・。」
「別に構わないぞ、なんなら今から上がって茶でも飲んでもらえ。」
「よろしいのですか?」
そんな遠慮がちに見なくても断る理由は無い。
知人のいない俺と違ってミラはそれなりにいるだろう。
奴隷だから会ってはいけないなんて決まりは作っていないしな。
「店番は任せておけ。どうせこの調子だ。」
今日は昼前から閑古鳥が鳴いている。
恐らく夕方までこの調子だろう。
その頃にはエリザも戻ってくるはずだ。
昨日は宿に戻ったみたいだからおそらく今日はこっちだろうな。
「ではお言葉に甘えて。」
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げたので再び帽子が宙を舞う。
ウサミミをピコピコ動かしながら慌ててそれを回収して、ミラの後ろを追いかけて行った。
見た目は清楚、話せばお淑やか。
でも中身は案外ポンコツ。
人は見かけによらないのは本当だな。
そんなことを思いながら俺は道行く人に目線を戻した。




