59.転売屋は春を感じる
四季のあまり無いこの街にもなんとなく春っぽい季節がやってきたようだ。
そう感じた理由は二つ。
一つは体感で気温が高くなってきたこと。
この間までは寝るときは毛布を手放せなかったが、最近は毛布無しでも十分寝れる。
薄手のシーツを纏えば朝までぐっすりだ。
心なしか草原の草が青々している気もする。
年末は若干茶色っぽかったし、気温に関係しているのかもしれないな。
で、二つ目なんだが・・・。
「うぅ、痒い。それと鼻水が滝のように出る。」
「コラ、目をこするな。それと新しい布で鼻をかむな。同じのを使え同じのを。」
「だって汚いし・・・。」
「洗えばいいだろうが。この時期ならすぐに乾くだろ。」
「ほかの布はゴワゴワで、すぐ鼻が痛くなるんだもん。」
俺にも身に覚えのあるこの症状。
そう、花粉症だ。
聞けば毎年この時期になるとこの症状が出るそうだ。
俺も重度の花粉症患者だったのでその苦労はわかるが、幸いにもこの世界の花粉に反応しないようだ。
これでもう、あの眠たくなる薬ともおさらばできる。
ティッシュを鼻に突っ込んで過ごす必要もない。
最高だぜ。
「はい、エリザさんこちらをお使いください。」
「うぅミラさん有難う・・・。」
「ミラは大丈夫なのか?」
「はい。多少ムズムズしますがエリザ様ほどひどくありませんので。」
「無理はするなよ。」
「ありがとうございます。」
そう言いながら若干鼻をすすっている。
心なしか目もうるんで・・・。
ウーム、なんでこう潤んだ瞳をした女はエロく見えるんだろうか。
弱弱しく感じるからか?
でもエリザにはそう思わないしなぁ。
まぁ、あれはかなり酷すぎて同情のほうが先に出てしまうってのはあるけれども。
「しかし罹患率9割ってひどすぎだろ。」
「この時期だけですので皆慣れてしまっていますが、普通に考えるとかなりひどい状況ですね。」
「なんでシロウは罹らないのよ。」
「日頃の行いじゃないか?」
「なら絶対にシロウは罹るはずじゃない!」
「エリザ様、そんなに興奮されると鼻水が・・・。」
大声を出すのと同時に鼻水が垂れてくる。
その顔がこれまた情けなくて、思わず笑ってしまった。
「薬があれば少しはマシになるのですが・・・。」
「今年はあまり入ってこないんだって。」
「自分たちで作れないのか?」
「薬に使う薬草はこの辺では採れないのよね。隣町まで行けば手にはいるけど、今度はそれを調合するのに別の素材が必要になるし・・・。」
Aを作るのにBが、Bを作るのにCがいる。
よくある話だ。
「で、その素材ってなんだ?」
「マイクロホーンの角とワイルドアロエの汁よ。」
「角はわかる、過去に何度か買い取った素材だな。」
「倉庫にいくつか備蓄しております。」
「で、ワイルドアロエってのはなんだ?植物っぽいがそうじゃないんだろ?」
「一応分類上は植物よ。ちょっと荒っぽくて人を食べるぐらい。」
なんだよ荒っぽくて人を食べるって、食人植物かよ。
ウツボカズラのお友達か?
「ワイルドアロエは植物の魔物です。ダンジョンや砂漠に生息していて、近くを通る生き物を捕獲しては真ん中の口で食べてしまうんです。こう、バリバリと。」
「それ植物じゃないよな。」
「植物よ。」
「でも人を食うんだろ?」
「人も魔物も何でも食べるわよ。だから証拠隠滅用にもよく使われるの。」
「何の証拠隠滅だよ。」
「ほら、いろいろ?」
ともかく凶暴な魔物って事だけは間違いなさそうだな。
その他の使用方法は聞かなかったことにしておこう。
「つまり、薬に必要な素材はこの街でも手に入るわけだ。」
「マイクロホーンの角の粉末と煎じた薬草をアロエの煮汁で混ぜて固めれば薬の完成。素人でも作れるけど、やっぱり薬師に頼むのが一番ね。」
「ちなみにこの街に薬師は?」
「いるわけないじゃない。」
ですよねー。
居たら今頃こんなに患者が増えていないだろう。
でもなんでいないんだろうか。
短期間とはいえボロ儲け出来ると思うんだけどなぁ。
「ちなみにどちらの素材も現状かなり高額で取引されております。」
「普段から高いけどこの時期は特にね。」
「あー、だから今まで集めてなかったのか。」
「申し訳ありません、シロウ様の条件外の素材でしたのでお伝えしておりませんでした。まさかここまでの被害になるとは・・・。」
「単価が高いんじゃ数を揃えることは出来ないし仕方ないだろ。俺たちは安価な素材を大量にそして高く売って儲ける商売なんだ、手を出せない品もあるさ。」
資金が山ほどあれば手を出したかもしれないが、年明けに税金と家賃を払ってしまってすっからかんなんだ。
ミラの購入費用もあったしな。
それから多少稼ぎはしたがそれでも金貨50枚程度。
多少の仕込みはあるが、開放するにはもう少し時間がかかるだろう。
それにだ、季節が変わったということは別の素材を買い付ける必要も出てくる。
その為にも資金は残しておきたい。
「薬草を買い付けてきても薬師がいないんじゃ意味ないな。」
「ほかの薬に使えるならまだしも、この薬にしか使えない薬草だからね。」
「ちなみにダンジョンの中で症状は出るのか?」
「これまた不思議なんだけどダンジョンの中は大丈夫なのよ。」
「ダンジョンに住んだらどうだ?」
「いやよ!シロウのご飯食べれないじゃない。」
花粉症の苦しさよりも俺の飯を選ぶとは見上げた根性だ。
褒めて遣わす。
「しっかしダンジョンがあるのに薬師はいないのか、不思議なこともあるもんだな。」
「ギルドが大量に作った薬やポーションが流通してるし、今更個人でやる人は少ないんじゃないかな。お給料もいいって話だし。」
「うらやましいねぇ。」
「でもシロウの稼ぎには敵わないわよ。」
「その通りです。シロウ様はその方々の何十倍も稼いでおいでですよ。」
わざわざサラリーマンになる必要はない。
勝手気ままな個人店主。
それでいいじゃないか。
給料がいいと聞いてつい反応してしまったが、好きな時に働いて好きな時に休める今の仕事を変えることは間違いなく無理だろう。
「じゃあこのままでいいか。」
「そうよ。シロウが働きに出ちゃったら美味しいご飯が食べられないじゃない。」
「結局はそこなんだな。他にないのかよ他には。」
「えーっと。」
「あるのか?」
「シロウとするの気持ちいいし・・・。」
「シモネタかよ!」
この三大欲求全開女め、これだから脳筋は。
「大事なことだと思います。」
「そうよね!」
「それに、シロウ様に捨てられると他に行く場所がありません。末永くお使いいただければと思います。」
「もちろんだ、死ぬまで付き合ってもらうぞ。」
「はい。この命尽きるまで・・・。」
ミラが右肩にしな垂れかかってくる。
この愛いやつめ。
後でたっぷり可愛がってやるからな。
「あーずるい!私も!」
と、それを見たエリザが左腕をつかんで引っ張ってくる。
そして自分の胸を押し付けてきた。
やわらかい。
確かに柔らかいのだが・・・。
「なんかちょっと違うんだよな。」
「何が違うのよ。」
「なんていうか、女らしさ?」
「ひどい!」
「エリザ様は可愛らしいですよ?」
「そりゃベッドの中の話だろ?今のだって無理やり押し付けるんじゃなくてそっと押し付けるとか、俺の手を胸に誘導するとかやり方があるだろ。」
そこがまぁいいところではあるんだけど・・・っておや?
「どうしたエリザ。」
「・・・よ。」
「え?」
「どうせ私はガサツですよ!」
突然声を荒げ目を真っ赤にして怒り出すエリザ。
バンとカウンターを叩き勢い良く立ち上がるとそのまま店の外に出ようとする。
その手を素早くつかんではみたものの、腕力で勝てるはずもなくそのまま引っ張られてしまった。
派手に椅子から落ち床に転がる。
「シロウ様!」
「いってぇなぁ!」
今度は俺がキレるほうだ。
その声に驚いたのかエリザがビクリと体を震わせるのが分かった。
腕を引っ張りながら立ち上がると強引にこちらを向かせる。
怯えたようなエリザの顔は・・・鼻水が滝のように流れていた。
「プッアハハハ!」
「ひどい!笑わなくなっていいじゃない!」
「いや、この時期は大変だな。同情するよ。」
「もー、イヤになる・・・。」
「ほら、鼻かめ。」
新しい布を渡すとふくれっ面で鼻水を拭くエリザ。
ミラのような色気ではないものの、こいつにはこいつの味がある。
「その顔じゃもう外には出れないだろ、飯作ってやるから裏にいとけ。」
「でも・・・。」
「ミラ店番を頼む。」
「お任せください。」
エリザの腕をもう一度掴み、そのまま引っ張るようにして店の裏へと向かう。
その時さっきのリベンジと言わんばかりにエリザが俺の腕を自分の腕に引き寄せた。
先程よりも優しく、少し恥ずかしそうに。
うむ、その様子は中々にそそられる。
「予定変更だ。」
「え?」
「可愛いお前を見てから飯にしよう。」
「ちょっと、嘘でしょ!」
慌てるエリザだが抵抗は鈍い。
その後しっかりとエリザの可愛らしさを再確認したのち遅めの昼食を摂ったのだが、その夜嫉妬したミラの猛攻にあったのは言うまでもない。
春は女を狂わせる。
いや、男もかな?
うーん、春だわ。




