57.転売屋は返り討ちにする
この場で答えを出せ・・・か。
そんなもの最初から一つしかないんだよ。
「断る。」
「あぁ?よく聞こえなかったんだが、なんていった?」
「耳が遠いんだな、じゃあよく聞こえる声で言ってやるよ。断る!」
「この野郎!いい度胸じゃねぇか!」
お互いにバンと机を叩き立ち上がる。
デコがつくんじゃないかってぐらいに顔を前に出してにらみ合った。
見た目はこんなんだが中身は40過ぎのオッサンだ。
気の弱いならまだしもそれなりに経験して来た身、こんな事でビビるわけがない。
「聞こえたか?」
「あぁ、ばっちり聞こえたぞ。俺ら相手に喧嘩売るなんざいい度胸じゃねぇか、これから商売できると思うなよ!」
「なんだ、いちゃもんつけて邪魔でもしに来るのか?小さい奴だな。」
「んだとこらぁ!」
「ちいせぇって言ったんだよ!耳が悪い上にナニまで小さいのか?そりゃあ失礼なこと言ったな。」
「この、調子に乗りやがって!」
腰にぶら下げた剣を抜き俺の首元に向けてくる。
少しでも突き出せば俺の喉は貫かれるだろう。
そんな状況なのにもかかわらず、怖くは無かった。
むしろボルテージがどんどんと上がってくる。
若い頃の俺ってこんなに血気盛んだったのか?
まぁいい、出来るもんならやってみやがれ。
「どうした、刺してみろよ!」
「うるせぇ、さっきいった事取り消せ!」
「小さい事気にしてんのか?」
「ふざけやがってぇぇ!」
喉に突きつけられた剣が一度後ろに引かれ、代わりに頭上から下に振り下ろされる。
テーブルが激しい音と共に真っ二つに割れてしまった。
「次に舐めたこと言ったらお前の頭がこうなるぜ、わかったか!」
「だからどうした。そんな脅しには屈しないし、俺は金を払う気はない。交渉は決裂だ、帰らせてもらう。」
「言っただろ、無事に帰れると思うなよってな!」
「じゃあどうするんだ?」
「ここまで舐めた口をきいたやつは初めてだ、見せしめにその腕切り取ってやる。」
「それは困るな、商売が出来なくなる。」
「この期に及んで商売の心配かよ、益々むかつく野郎だ。」
顔を真っ赤にして鼻息も荒い。
それとは対照的に冷静な俺だが、多少心臓はバクバクしている。
喧嘩は買ったが、どうするかはあまり考えていなかった。
だが大丈夫だという確信はある。
あの人の事だ、そろそろやってくる頃だと思うんだけど・・・。
早く来てくれないだろうか。
「どいてくれないか?店で人を待たせてるんだ。」
「じゃあ言っといてやるよ、無礼を働いたんで切り殺されたってな。」
「無礼?俺が?」
「あぁそうさ、俺を虚仮にしたんだ十分無礼だろうが。」
そうか、無礼なのか。
でもそれはそっちも同じだろ?
「無礼はそっちの間違いだろ?賄賂なんて要求して恥ずかしくないのか?」
「全くないね。金さえもらえれば俺達は仕事をする、それは悪い事じゃねぇ。」
「じゃあ金が無いやつは守らないのか?」
「そうさ、金のない奴に用はねぇ。この街はそういう場所だ。」
「そんな物騒な街だとは知らなかった。でもまぁ、それも近々変わるだろう。」
「お前に何が出来る。死人に口なし、変わるのを見届ける前にお前は死ぬんだよ!」
再び剣が振り上げられたその時、大きな音を立てて誰かが部屋に入ってきた。
「隊長、客です!」
「今取り込み中だ、後にしろ!」
「そ、それが隊長ではなくそっちの男に・・・。」
「え、俺?」
お、やっと来たか。
ぶっちゃけヤバくなったら土下座でもして時間稼ごうかと思ったが、危なかった。
俺の尊厳は無事に守られたようだ。
「良いから断れ!」
「それは困るなぁ、彼には大切な用があるんだから。」
困惑した表情の兵士を押しのけ部屋に入ってきたのは俺の想像とは違う人物だったが、まぁ助かったならだれでもいい。
「これはシープさん、この間はどうも。」
「やれやれ探しましたよ。明日は何時売り出すんだって質問が山のように上がって、仕事にならないんです。何とかしてください。」
「それは申し訳ありません。その件でこちらに来たんですが、なかなか帰してくれなくて・・・。」
「警備の申請ですか?これはこれはいつもご苦労様です。」
「誰だお前は。」
おや、警備のえらいさんがこの人を知らない?
あれか、ほとんど部下に任せて自分はグータラしてる最低上司か。
「ギ、ギルド協会のシープ様です隊長。」
「ギルド協会!?」
「おや、私の事をご存じない。そういえばここ最近は警備の方とお会いすることはありませんでしたね・・・。最近いかがですか。」
「と、特に問題は無い。」
「そういえば、年末に指名手配されていた商人が街を抜け出したという報告がありましたが・・・。いやいや、勤勉な皆さんの目をかいくぐるなど余程やましい事があったんでしょうねえ。」
いつものような軽口で話をするが内容は中々に重い。
指名手配犯を逃がしたのは警備の責任。
それをさらっと詰めるあたり人の悪さが出ているな。
「で、話を戻しますが・・・。シロウさん明日はどうするつもりなんですか?」
「明日も予定通り日の出と共に販売をするつもりだよ。予定では四樽程、今日の客入りだと昼前にはなくなるかもしれないな。」
「四樽ですかぁ・・・。もう一樽増やせません?」
「これ以上は無理だ。行列が長くなるとこちらにも迷惑がかかるからな。出来るならあまり費用はかけたくない。」
「あ、ちょっ!」
「お金?はて何のことですか。」
「行列が長くなりすぎて住民から苦情が来たそうだ。実際両隣には声をかけたが、他にも迷惑に思っている人は多いんだろう。まさか俺もあそこまで行列が出来ると思わなくてな、そこでここに警備を頼んだというわけだ。金はかかるが迷惑には代えられない。」
慌てた様子の隊長を無視して話を進めると、どんどん顔色が悪くなっていくのが面白い。
それもそうだろう。
話が進むたびに羊男の顔が狼に変わっていくんだから。
「・・・シロウさんそこを詳しく。」
「け、警備費は話の流れで出ただけだ。事実人員を割けば他から人を集めねばならんからな。」
「という事は金はかからないのか?」
「商売繁盛なのはいい事だ、人員はいるが仕方ないだろう。」
おっと、急に話を曲げてきたぞ。
ここに来て警備費は要らないときたもんだ。
よっぽど金をとっていることは知られたくないんだろう。
なるほどなるほど。
じゃあ、もっとばらすか。
「それは助かった。」
「詰め所の人員がギリギリなのは私も存じています。この間の件もあり近々増員も考えていますのでそれまで辛抱してください。」
「そ、それは助かる。」
「あぁよかった。警備費がかからないなら安心して仕事に精を出せる。だが、冒険者相手の仕事だ。面倒な奴が出てきた時を考えて毎月の費用は負担させてもらうよ。」
「あぁぁぁぁ!」
「毎月の・・・費用?」
丸く話が収まったと思わせておいての追撃。
売られた喧嘩はとことん買うのが俺の流儀でね。
特に援軍が来たとなれば遠慮する必要はないわけだ。
さぁ、誰にケンカを売ったのか身をもって知るが良い。
「そ、それは誤解だ!今はやってない、やってないんだ!」
「どういうことです?さっきはあんなに親切に教えてくれたじゃありませんか。毎月金貨1枚払えば、面倒な冒険者も何とかしてくれるって。」
「だからそれは・・・!」
「隊長ちょっとよろしいですか?」
羊が狼に化けた。
先程までの優しい顔はどこへやら、今俺の前にいるのは獲物をしとめる狼そのものだ。
その狼が獲物である隊長の肩に手を置く。
そのとたんに隊長の顔から血の気が引くのが分かった。
それはもうサーっとね。
「シロウ様先に店に戻って頂いて結構ですよ、私はここでお話がありますので。」
「いいんですか?」
「はい。明日もお忙しいでしょうから先にお戻りください。」
「それは助かります。それでは隊長、ごきげんよう。」
ワザとらしくお辞儀をしてシープ氏と眼を合わせる。
隊長からは見えないが、その時はいつもの表情だった。
してやったり。
そんな声が聞こえた気がする。
顔面蒼白の隊長の横を通り、入り口で忠告してくれた兵士を顔を見合わせる。
「お陰様で無事に帰れそうです。」
「そ、そうか・・・。」
「それでは。」
再び大げさにお辞儀をして部屋を出る。
廊下は静かで他に誰もいなかった。
階段を降り詰め所を出ると外はもう夕暮れ。
店に戻るとエリザ達に遅いと怒られるんだろうなぁ。
でも帰るのはまだだ。
先に別の場所に寄らないといけない。
そう、あのタイミングでシープ氏を呼んでくれた人物。
マスターにお礼を言いに行かなければ。
それと、日付が変わったらシープ氏にも言うべきだろう。
手土産は要るだろうか。
むしろ、不正は知ってたけど証拠が無かったからとか言われる可能性もあるし・・・。
ま、その辺は出たとこ勝負だな。
「さーて、帰りますかね。」
何はともあれ悪は滅びた。
それでいいじゃないか。
夕闇の迫る大通りをまっすぐに進む。
向かうは三日月の紋章が掲げられたお宿。
そう、三日月亭だ。
「ただいま、マスター居る?」
その後マスターと話をし過ぎて帰りが遅くなり、湯冷めした二人にしこたま怒られたのは言うまでもない。
いや、そもそも怒られる理由がわからないんだけど・・・。
解せぬ。




