56.転売屋は賄賂を要求される
家でエリザとミラが手ぐすねを引いて待っているとわかっていても、やることはやらないといけないわけで・・・。
楽しみの為に頑張るというのもまた乙な物。
とりあえず両隣に詫びを入れに行ったが、どちらも気持ちよく対応してくれた。
有難い話だ。
お詫びとして多目に洗濯洗剤を持って行ったのが良かったのかもしれない。
どちらもこの一週間は洗濯三昧だ。
需要のあるものを貰うのは嬉しいという事だろう。
有難い話だな。
でだ。
そっちは解決しても、まだ別の問題が片付いていない。
そう、行列をどうするかだ。
明日も無策で営業すれば間違いなく今日の二の舞になってしまうだろう。
そうなればすぐに兵士が飛んできて、営業を停止するように言われてしまう。
それは困る。
じゃあどうするか。
詰め所に言いに行けばいいんだが、それで警備費を取られては利益が無くなってしまう。
この間の素材と違い、これは薄利多売だ。
数売ってなんぼの商品だから経費を掛けるとそれがすべてなくなってしまう。
それは何としてでも避けなければならない。
こんなときどうするべきか・・・。
「で、俺に聞きに来たのか。」
「頼れるのがマスターぐらいしかいなくてね。」
「嘘つけ、他にもいるだろうが。」
「え、誰が?」
「レイブやシープがいるだろ。最近仲がいいって聞いてるぞ?」
「いや、別に仲がいいわけじゃないんだけど・・・。」
「じゃあこの間の商人はどうだ?」
オッサン、もといハッサン氏は同じ商人ではあるが抱えている奴隷のかずや店舗の規模が違いすぎる。
若干、いやかなりそそっかしい性格でこの間破産しかけていたというのはあるが、それでも凄い商人であることは間違いない。
あの人に聞いても参考にはならないだろうと勝手に思っているだけだ。
うーん、となるとあの二人か?
でもなぁ・・・。
「あの人は次元が違うからなぁ・・・。」
「ともかく申請しろって話なんだったら申請したらいいじゃないか。儲けが減るのと商売が出来なくなるの、考えるまでもないと思うがな。」
「そうあっさり言ってくれるなよ。」
「つまりは俺に聞いても無駄って事だ。ほら、さっさと詰め所行ってこい。」
「うへーい。」
頼みのマスターは力になってくれなかった。
でもマスターの言う通りでもあるんだよな。
儲けを意識し過ぎて破滅したら意味が無い。
何事も適当が一番ってね。
マスターに礼を言って宿を出る。
向かったのは・・・。
もちろん詰め所だ。
町の南に位置し、人の出入りを監視している。
監視と言ってもよっぽど変な人間でなければ止めることは無いそうだ。
そうじゃないとホルトが街を出ることは出来なかっただろうしな。
石造りの堅牢な二階建ての建物の前に兵士が一人。
夕刻という事もあり疲れた顔をしている。
あ、欠伸した。
仕方ないよなぁ、立ち仕事だし。
「すまないが、詰め所はここでいいのか?」
「何の用だ?」
「店が繁盛し過ぎて渋滞が出来てしまってね、届け出を出さないと出店を停止させるぞと言われたんだ。で、ここに来たわけなんだが・・・。」
「話は聞いている。中に入れ。」
「助かる。」
「まぁ、上手くやったら無事に出てこれるさ。」
ん?
何の話だ?
ニヤニヤと笑う兵士に嫌な予感を感じながら詰め所の中に入る。
あまり広い建物ではないようで、目の前に階段がありすぐ左には扉があるだけだった。
どっちに行けばいいんだ?
「誰だ!」
「ここに入れと言われたんだが。」
「なんだ、さっきの商人か。上に来い。」
どうすればいいか悩んでいたら左の扉が開き、さっきの兵士が飛び出してきた。
そして首で上に行くように指示をされる。
俺は客だぞ?
とは思ったが、ここは相手のテリトリーだ。
大人しくしておこう。
階段を上った先は廊下になっており、左右に四つ部屋があるようだった。
取調室か何かだろうか。
「奥の部屋で待ってろ、すぐに行く。」
もちろん部屋に案内されるわけもなく、セルフで部屋に入るように言われてしまった。
仕方ないなぁ。
廊下を進み奥の部屋へ。
中はあまり換気されていないのかかび臭い匂いが鼻を突いた。
「ほら、さっさと座れ。」
どこに座るべきか考えているとさっきの男が後ろから突き飛ばしてきた。
そのまま奥の椅子に座らされる格好になる。
なんだ俺は犯罪者じゃないんだぞ?
ちょっと扱いがひどいんじゃないか?
そんな気持ちをグッと抑え、兵士を向かい合うように座った。
「で、言われた通り申請に来たんだが。」
「さっきも言ったとおりだ。何時から何時までで何をどのぐらい販売しているんだ?」
「洗濯洗剤を日の出から夕刻前まで販売している。量は・・・そうだな、今日は4樽分だ。」
「なに、そんなものであの行列になるのか?」
「時期が時期だからな。毎年の事だろ?」
「洗濯週間か、まったく面倒な時期がきたもんだ。」
必死になっているのは奥様方だけで、男連中はむしろ盛り下がっていると買いに来ていた奥様から聞いた。
まぁ、掃除嫌いな男は多いからな。
俺はそれなりに好きな方だ。
達成感があるし、成果が目に見えるのもいい。
なにより汚い部屋で寝泊まりするのが嫌いでね。
男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く。
蛆なんて勘弁してくれって感じだ。
「警備費がかかると言ったな、いくらかかるんだ?」
「売上の二割だ。それ以上は安くならないぞ。」
「はぁ?ありえないだろ。」
「それがこの街のやり方だ、それが嫌なら出て行けばいい。」
「じゃあ聞くが、今日のように声をかける基準はあるのか?」
「基準?」
「普通に販売していて、急に客が集まってくることも有るだろう。申請する間もなく行列になった場合どこから声をかけるのかって聞いているんだ。10人か?20人か?まさかないなんて言わないよな。」
「そんなもの我々が危険と判断したらに決まっているだろ。」
つまり基準は無いわけだ。
ありえないだろ。
金をとるのに基準もなしって、やりたい放題じゃねぇか。
金が欲しいだけじゃないのか?
「それにだ、不可抗力で行列になる場合もある。それにもかかわらず営業停止を言い渡すのか?いくら何でも横暴だろ。」
「文句の多い奴だな。一度警告してやったのに対策を講じなかったのはそいつの責任だ、横暴もクソもないだろうが!」
バンと机を叩き威嚇してくる。
そんな事で俺がビビると思ってるのか?
いいだろう、そっちがその気ならこっちにも考えがある。
俺を怒らせたことを後悔させてやるからな。
覚悟しやがれ。
「わかったからそんな大声を出すな。申請したらいいんだろ、どこに書類があるんだ?」
「書類?そんなものあるわけないだろ。」
「口頭でいいのか?」
「あぁ。ちゃんと俺達に報告さえしてくれれば適切な警備を付けてやるさ。」
「入った金はどうするんだ?」
「そんな事、お前が知る事じゃない。」
はい、黒。
絶対に黒。
金が動くのに口頭と言っている時点で黒だが、その言い方は完璧だ。
「じゃあ申告すればどれだけ行列になってもいいんだな?」
「もちろんだ。」
「他の店にも迷惑は掛からないんだよな?さっきも隣から文句を言われたんだ。」
「その為に俺達がいるんだ。文句なんて言わせるわけないだろ。」
俺が下手に出だした途端に、ニヤニヤと笑いだしやがった。
もう少しだな。
「それは心強いな。」
「そうだろ?お前は俺達を頼る、俺達はそれにこたえる。ただそれには金がかかるんだ、わかるだろ。」
「まぁそうだな。警備に金がかかるのは仕方がない。」
「お前がそれなりの金を出すなら、俺達はもっと頑張るさ。そうなりゃお前のやり方に文句を言う奴なんて一人もいなくなる。これからずっとな。」
「・・・いくらかかるんだ?」
「話の分かるやつは好きだぜ。そうだな、お前のその頭の良さに免じて一か月金貨1枚で請け負ってやるよ。」
つまり金貨1枚出せば面倒な連中から俺を守ってやる。
用は用心棒代を請求しているわけだ。
物は言いようだが、これはれっきとした賄賂の要求だ。
警備費の要求は100歩譲って許してやろう。
確かにあの行列は往来の邪魔だったし、整理する人間が必要になるはずだ。
だが、これは違う。
金を渡せば守ってやる、それはつまり金を出さなかったら助けてやらないと言っているわけだ。
街を守るための兵士が責任を放棄する。
金が無い奴は守らない。
それはさすがにまずいだろう。
さて、これをどう料理してやろうかな。
「金貨1枚払えば守ってくれるんだな?」
「あぁ、相手がだれであれ守ってやるさ。聞けばお前の仕事は冒険者相手なんだろ?面倒な奴がたまにいるんじゃないか?」
「まぁ、確かに。」
「そいつらの事は俺達に任せてくれればいい。そうすればお前は気持ちよく商売が出来る。俺達は、美味い酒が飲める。最高じゃないか。」
「そうだな。」
「で、どうする?」
「少し考えさせてくれ。」
「いいや、今答えを出せ。もっとも、返答次第では無事店に戻れるかはわからないがな。」
兵士はこの日一番の下種な笑いを俺に浮かべた。
いいだろう、この喧嘩買ってやろうじゃないか。




