487.転売屋は引っ越し準備をする
「そろそろ準備しないとなぁ。」
「そうですね。」
「とはいえ、ぶっちゃけると俺達の荷物ってさほど多くないんだよな。」
夜の一戦を終え、ミラと肌を寄せ合いながら部屋の中を見回す。
荷物らしい荷物といえば備え付けのタンスに入っている着替えぐらいだろうか。
マートンさんにもらった小刀や気に入っている日用品もあるが、量としては少ないものだ。
ミラも同様で荷物はあまり持っていない。
奴隷だからというのもあるだろうが、ミラ自身にあまり物欲がないんだよな。
あれが欲しいこれが欲しとあまり言わない。
それを言うのはむしろエリザの方だろう。
やれ、あれが欲しいこれが欲しいと買い物に出れば目移りする。
加えて冒険者という職業柄冒険に使えそうな道具や武具にも目がない。
そんなんだから必然的に荷物はどんどんと増え、倉庫にはエリザ専用のコーナーがあるぐらいだ。
まぁ、邪魔ではないので別に構わないが引越しとなると大変だろうなぁ。
「俺とミラはともかく、エリザをどうするかなぁ。」
「当分はここに置いておけばいいではありませんか。荷物の多くはダンジョンで使うものですから使用する前にここに寄ってもらえば問題ありません。それよりも大変なのはアネットさんの方でしょう。」
「アネットの?」
「製薬機材もかなりありますし、一番は材料です。危険なものも多いのでその都度倉庫から運ぶというわけにはいきません。となると、全ての素材を製薬室のある地下室に運び込む必要があります。」
ミラの言う通りだ。
機材も大きいがなにより材料が多い。
今は店の倉庫から取り出せるが、屋敷に移るとそれも出来なくなってしまう。
「あの大量の素材全部か。」
「多少は置いておけますがアネットさんはほとんど使用しますから、外の倉庫に置けるのも危険の少ない物に限られますので必然的に量が増えるでしょう。」
「となると、荷物を運ぶのはまずアネットからの方がいいな。俺達のなんて一時間もあれば終わるだろう。」
「一度全体量を把握した方がいいかもしれません。」
「そうだな。」
何をするにも全量を把握することが大切だ。
後で足りませんとなっても困る。
善は急げってことで早速明日調べるとしよう。
「マジか。」
「えへへ、マジです。」
「これはすごいですね。」
「危ないからって入らないようにしていたけど、アネットって案外ずぼらなのね。」
「何も言えません。」
翌朝。
アネットに事情を話して製薬室にしている三階の様子を確認させてもらった。
最初はミラも使用していたが、徹夜で製薬することもあるので部屋を移動してアネット専用の部屋にしたんだよな。
ほぼ一年ぶりに登った三階は魔境のような状態になっていた。
積み上げられた製薬機材。
それと大量の素材たち。
そのほとんどが整理されておらず、無造作に積み上げられている。
良くこれでどこに何があるかわかるものだなと逆に感心してしまうぐらいだ。
「とりあえずこれを片付けるとして・・・。引越しまで使わない機材とか材料はどれになるんだ?」
「えっと、この機材とこっちの機材は夏まで使いません。でも他は全部使います。」
「ふむ。」
「じゃあ、素材は?あっちの山とか使うの?」
「使います!アレは避妊薬用で、向こうの山は風邪薬と鼻炎薬、奥は関節痛の塗り薬用です。それとそれと・・・。」
「わかったからそれ以上言うな。」
「あ、ごめんなさい。」
俺の制止を受けてしゅんと下を向いてしまうアネット。
頭上の耳が垂れているので感情がよくわかる。
「ミラ、どう思う?」
「そうですね、まずは分類分けでしょうか。いい機会ですから全て入れる場所を決めて綺麗にしましょう、いいですね?」
「このままじゃだめですか?」
「ダメです。いい仕事は整理整頓から、これでは何がいくつあるのかそしてどのぐらい足りないのかが客観的にわかりません。シロウ様のお役に立つためにも素材の在庫量は把握できるようにするべきです。」
「今はアネットに任せっぱなしだからなぁ。」
「だからたまに急に足りないとか言い出すのね、やっとわかったわ。」
「あ、あはははは。」
確かに急にこれが足りないとか言ってエリザに採ってきてもらったりしているのはこれが原因だろう。
整理整頓ができないというか、単に面倒なんだろうな。
で、ついこんな感じになってしまったと。
他の部分では真面目なだけにこういう部分が目立ってしまうのかもしれない。
とはいえ、このままでは宜しくない。
ミラの言うようにせっかくの機会だ、片づけてしまおう。
ってことで、急遽大掃除が始まった。
大量の木箱を持ち込み、素材を鑑定して種類別に分ける。
地下室には取り出しやすいような薬棚をオーダーして作ってもらってもいいかもしれないなぁ。
丁度こたつを作るときに良い職人さんを紹介してもらったし、丈夫で長持ちするような奴を作ってもらおう。
そうしよう。
「アネット、これは?」
「す・・・捨ててください。」
「こっちは?」
「それは・・・それはダメです。」
「本当に?」
「多分、使います。」
「エリザ捨てろ。すぐに手に入る素材だ。」
「オッケー!」
もしかすると捨てられないだけかもしれない。
どう考えてもゴミだろという素材でも捨てたくないという顔をする。
でもゴミはゴミだ。
いくら使えたとしてもこんな素材で薬は作ってほしくない。
ってことで余程貴重な素材ではない限り捨てることにした。
それはもう大量に。
「捨てた分は把握しなくてよろしいのですか?」
「元々アネットの素材は在庫管理してなかったからな、気にしなくていい。」
「でもお金よね?」
「そもそもなかったものだと考えれば問題ない。これは全部製薬した後のゴミだ、つまり元は取っている。」
「なるほど。」
「でも次からは管理するからな、次にこうなったら抱いてやらん。」
「ひどすぎます!」
「じゃあ頑張って片づけろ。掃除に関してはミミィやハワードに頼めばやってくれるさ。ジョンは・・・ちょっと危なっかしいからやめとけよ。」
キリシュはともかくジョンは何をしでかすかまだ分からん。
壺の件もあるし、わざわざリスクを冒す必要はないだろう。
朝から始めて気づけば昼過ぎ、休憩をはさみながら何とか三階の片づけは完了した。
「おー、結構広かったんだな。」
「これなら倉庫に入れられないような品も置けますね。」
「二階はメルディが使うだろうから温度管理が必要な物や貴重品を置いておけばいい。隠し部屋だったんだし、正しく使えばいいさ。」
そう、元は隠し部屋だったんだよな。
今は面倒なので出しっぱなしにしているが、本当は隠し階段になっていて前の持ち主でさえ存在を知らなかったんだ。
それを正しく使うようになるだけ。
あ、でも窓を付けたから隠し部屋にはならないか?
まぁその辺はまた考えよう。
「お手数をおかけしました。」
「引越しはまだ先だから、使いにくいと思うが頑張ってくれ。」
「はい、頑張ります。」
「後はこれらをどうするかですね・・・。」
「そうだなぁ。」
片付けをしてもう一つ分かったことがある。
それは機材のボロさだ。
新品を買ったのではなく、元々いた薬師が残した中古品を試用していたから無理はないのだが、それにしても痛みが激しい。
特に良く使うフラスコなどの機材は割れているものなんかも多く、使用できるものの方が少なくなっていた。
言えば買ってやったのに特に問題が出てないので忘れていたんだとか。
まぁ本人がそれでいいんなら・・・いや、よくない。
「とりあえず新しいの買うか。」
「えぇ!?」
「それがよろしいかと。」
「で、でもでもすっごい高いんですよ!それに準備するのにも時間がかかります、新品なんてそんな。」
「高いって言っても金貨10枚かそこらだろ?」
「一台でそのぐらいです。」
「えーっと、いちに、さんしーごー・・・全部で8個あるわ。」
「なら金貨80枚だな。」
それぐらいならまぁ許容範囲内だ。
金貨1000枚とか言われたら流石に困るが、100枚未満なら今の財政状況でも即金で払えるぞ。
「加えて消耗品各種、輸送費、割増の手配量で金貨120枚ぐらいが相場でしょうか。」
「そんなにかかるか?」
「通常、納品には半年から一年かかると聞いています。それを大急ぎで頼むとなればそれぐらいふっかけられるかと。」
「ふむ、マリーさんに頼むか。」
「イライザ様の方がよろしいでしょう、コネづくりをかねて手配してもらえば後々に繋がります。」
「安易に借りを作るなというわけだな。」
「それもあります。」
下手に王族とのコネクションがあるものだからつい利用してしまいたくなるが、それにはかなりのリスクがある事を忘れてはならない。
王族なんて超めんどくさい相手に恩を売られるぐらいなら、自分で手配した方が何倍もマシだ。
危ない危ない。
「金貨120枚・・・。」
「安く見積もっての金額です、実際はもう少し増えるでしょう。」
「そうだ、薬棚を頼もうと思っていたんだ。あると便利だよな?」
「そ、それはそうですが・・・。」
「なら一緒に作業台も作ったら?ここのやつ微妙に高さがあってなさそうよ。」
「おぉ、それは重要だな。」
「いい仕事をして頂くためにも一式手配しましょう。アネットさん、欲しい物はほかにありますか?椅子なんかどうです?」
「も、もう結構です。それ以上は本当に。」
アネットは遠慮しているがいい仕事にはいい道具が必要だろう。
その為に金がかかる分には一向にかまわない。
アネットの稼ぎはかなりのものだ。
この一年でどれだけ俺の財布に貢献してくれたか。
この分で行けば予定よりも早く自分を買い戻せるかもしれないな。
そうなればアネットは自由になる。
俺としては残念だが、これだけの女がいつまでも奴隷ってのももったいないよな。
「ねぇ、それなら私も欲しいのがあるんだけど・・・。」
「なんだよ。」
「化粧台がね、あると嬉しいなって。」
ここぞとばかりにエリザがおねだりし始めた。
まったくこの女は・・・。
「化粧台ですか、確かにあると便利かもしれません。」
「そうよね!あのお屋敷、家具とかは申し分ないんだけどそういうのが全くないのよ。」
「ウィフ様の前の所有者様も男性だったようですし、仕方ないですよ。」
「ちなみに他に何があると嬉しいんだ?」
「えっとね、洗面所の横に棚が欲しいな。」
「クローゼットに小さくていいので引き出しがあると助かります。」
「結構あるんだなぁ。」
エリザのおねだりに始まったが、他にも色々と作ってほしい物が出てきてしまった。
一つなら断ろうかと思ったが全員が欲しがっているとなるとそうもいかない。
乗り掛かった舟だ、ここまで来て出来ませんはかわいそうだろう。
良い暮らしの為にも必要なものはつけておくべきだ。
「長くなりそうだから欲しい家具をリストアップしといてくれ、製薬室の分と一緒に注文する。」
「あの、これだけ作ると高くなりますよね?なら私のは・・・。」
「ダメだ。」
そもそも始まりは製薬室の棚づくりなんだ。
それをやめるなんてありえないだろ。
申し訳なさそうなアネットとは対照的にミラとエリザは楽しそうに話してる。
しばらくしたらアネットもそれに混ざるだろうさ。
ただ引越しするとはいえ、結構金がかかるものだ。
これはもうちょっと稼いでおいた方がよさそうだな。
オークションの追加出品はまだ可能なはず。
仕方ない、とっておきを出すとしよう。
盛り上がる女たちを見ながらそんな事を考えていた。




