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483.転売屋はミカンを探す

「みかんがない・・・。」


「みかん?」


「みかんのないコタツなんてコタツじゃない。」


「せっかく作ったのに何言ってるのよ。これがシロウの望んだ物なんでしょ?」


目の前には完成したコタツ。


四足のローテーブルには火焔石が仕込まれており、テーブル自体が熱を帯びている。


その上に耐熱性の高い天板を乗せることで熱が上まで伝わらないようにすることが出来た。


あとはそいつに毛布をかければコタツの出来上がり。


足を入れれば遠赤外線のような何かがじんわりと体を温めてくれる。


見た目はコタツ。


中身もコタツ。


確かにエリザの言う通りこいつ自体は完成したといえるだろう。


だが、それじゃ足りないんだ。


コタツといえばみかん。


そう、みかんがなければ完成したとはいえない。


茶請けも緑茶もあるのにみかんがないなんて。


くそ、盲点だった。


「みかんっていうのは柑橘系の果物ですよね、ボンバーオレンジじゃダメなんですか?」


「オレンジとみかんは違う、似てるようでぜんぜん違うんだ。」


「どう違うの?」


「俺の主観だが、みかんは小ぶりで皮が柔らかく剥きやすい。その点オレンジは大きなものが多く皮が硬い。味もみかんの方が甘みが少なく水分量は多い・・・気がする。」


「気がするって、そう明確に区分されているわけじゃないのね?」


「いっただろ俺の主観だって。」


俺だって明確にオレンジとみかんの違いなんてしらねぇよ。


そもそもみかんを英語で言うとオレンジになるのかもしれないし。


でもさっきのような違いがあるんだよな、やっぱり。


だからコタツで食べるのはオレンジではなくみかんであるべきだ。


異論は認める。


「その条件であれば確かにボンバーオレンジは該当しませんね。」


「皮は分厚いし甘みもしっかりあるわ。みずみずしいといえばみずみずしいけど。」


「他にも似たようなやつはあるのか?」


「なくはないけど、でも私が知ってる奴は全部皮が分厚いわね。」


「まじか。」


「そもそも皮が薄いと鳥に食べられたりするでしょ?となると屋外じゃなくてダンジョンとか屋内になるだけど、ダンジョン内では魔素の問題で分厚くなるのよね。薄いとそこから魔力が入り込んで変質しちゃうから。」


「魔素って魔力の元だよな?それを吸収するのか?」


「そもそもダンジョンってのは普通と違う生態系をしてるものなの。同じようなものでもダンジョンの中と外では見た目が違うこともあるわ。シロウがほしがっているものはダンジョン内にはないかもね。」


「ダンジョンで手に入らないとなると、すぐに手に入れるのは難しそうです。」


俺の思い描いているみかんは手に入りそうにないようだ。


くそ、ここまで来て最大の問題にぶち当たってしまった。


藁にも縋る思いでアレン少年を頼ってみたが、残念ながら撃沈。


やはりダンジョン内に自生するオレンジ系は全て皮が分厚いらしい。


皮が薄いオレンジはこの近辺では手に入らず、あるとしても国外なんだとか。


それを取り寄せる頃には冬が終わってしまうかもしれない。


あぁ、みかんが恋しい。


「とまぁ、こんな感じだ。」


「みかんですか。私も知りませんね。」


「そうか、モーリスさんも知らないか。」


「お力になれず申し訳ありません。」


「いや、畳を見つけてくれただけでも十分ありがたい。」


「年内は難しいですが年明け1月の半ばぐらいには此方に到着するようです。でも100畳分も頼んで大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ、必ず売れる。」


「確かにあの温かさは魅力ですが、やはり靴を脱ぐということに抵抗がありますね。」


「こっちにそういう文化はないからなぁ。」


この世界、っていうかこのあたりに靴を脱いで生活するという文化はない。


だが、だから売れないというのは間違いだ。


土壌がないのならば耕せばいい。


俗に言うブルーオーシャンという状態だ、俺のやり方次第ではいくらでも売れる可能性がある。


もちろんこの冬は無理だろう。


だが、次の冬には売れる。


いや、売る。


そうじゃないと仕入れた畳も発注したコタツもすべて無駄になってしまう。


売れれば大当たり、売れなければ大損。


ハイリスクハイリターンだが、そもそも俺が欲しくて作ったので失敗しても惜しくはないんだよな。


「こちらでも引き続き皮の柔らかいオレンジを探しておきます。」


「あぁ、よろしく頼む。」


モーリスさんにお礼を言って、いつものピクルスを買いそのまま隣へと移動する。


「これはシロウ様ようこそお越しくださいました。」


「あれ、マリーさんはいないのか?」


「マリー様でしたら所用で出ております。」


「そうか・・・。」


「シロウ様、聞きましたところ皮の薄いオレンジを探しているのだとか。みかんというのでしたか?」


「あぁ、俺の所ではそう呼んでいた。こっちでの呼び名は違うかもしれないがナイフを使わずに手で皮がむける柑橘系の果物だ。」


王家ならば珍しい果物を知っているかもしれないと足を運んでみたものの、生憎とマリーさんは留守にしているようだ。


アニエスさんの所にも情報はいっているようだが、この感じだと知らないみたいだな。


「甘さは控えめでしたね。」


「甘いやつもあるがそこまで甘くない方が俺は好きだ。大きさはこのぐらいだな。」


「ふむ・・・。」


「記憶にあるか?」


「申し訳ありません。私が知っているものはどれも皮が分厚くナイフを使用して剥きますね。ですがシロウ様、ご自身で剝かなくともしてくださる人がいるのですからお願いすればいいではありませんか。大切なのは中身や味であってわざわざ皮にこだわる必要はないと思いますが?」


「それはそうなんだがなぁ。」


「もしそれを考慮に入れなければ、近い味のものであれば心当たりがあります。」


「本当か!?」


俺のこだわりで薄い皮の奴を探していたが、アニエスさんの言うように別にこだわらなくてもいいかもしれない。


剥ける剥けないは問題ではなく、俺が求めているのはあの味。


俺はもう一人じゃないんだ、やってくれるんならやってもらえばいい。


ぶっちゃけ皮が分厚くても自分で剥けるしな。


「ダンジョンの奥にカメレオンフルーツという果物に擬態する魔物がいるのですが、それがつける実がシロウ様のお話に合った味に似ています。あまり甘くなく水分が多い果物ですよね?」


「そうだが・・・魔物が果物に擬態するのか?」


「正確には果物を餌に獲物を引き付ける、でしょうか。擬態とはいえ餌にする果物は食べることが可能です。毎回同じ果物をつけるわけではないので数を手配するのは難しいかもしれませんが・・・。」


「いや、手に入るのであればかまわない。ここのダンジョンにもいるのか?」


「かなり深い場所ではありますが見たことがあります。必要であればとってきますが?」


「いや、せっかくだから冒険者に依頼しよう。金になるとわかれば定期的に持ってきてくれるかもしれん。」


エリザやアニエスさんに頼めばすぐにとってきてくれるかもしれない。


だが、それでは毎回頼まなければならなくなる。


その点冒険者に依頼すれば履歴が残り、かつ俺が依頼主だという事がわかるだろう。


俺が依頼主の場合は高値で買い取ってくれることを冒険者たちは知っている。


そうすると自主的に集めてくれたりするんだよな。


「なるほど。」


「良い事を聞かせてもらった、早速依頼を出してくるよ。」


「お望みのものだといいのですが。」


「そうじゃなかったらまた探すさ。」


改めてアニエスさんに言われて俺が意固地になっていることを教えてもらった。


こだわらなければ可能性があるんだ、それに望みを掛ければいい。


アニエスさんにお礼を言って急ぎ冒険者ギルドへ駆け込んだ。


「え、カメレオンフルーツですか?」


「それもオレンジ系限定だ、頼めるか?」


「もちろんシロウ様の依頼であればお断りしませんけど・・・美味しくないですよ?」


「味が薄いらしいな。」


「本物の方がジューシーですし甘みもあります。ぶっちゃけると本物の方が安いですよ?」


もちろんそれはわかっている。


でも俺が求めているのはそれじゃないんだ。


受付嬢もそれ以上は何も言わず、いつもと同じように依頼を受けてくれた。


そして待つこと二日。


店の二階に設置した主役のいないこたつに入っていた俺の元に、目的のものが届けられた。


「シロウ、持ってきたわよ。」


「きたか!」


「本当にこれでいいの?なんか小さいわよ?」


「これでいい、この大きさこの色、間違いない。」


「こんなのに一つ銀貨5枚も出すなんて、ちょっと信じられないんだけど。」


こたつから飛び出し、目的のものを手に取る。


手のひらに収まる小ささながら、鼻に近づけると柑橘系のすっきりとした香りがした。


『カメレオンフルーツの果実。果物に擬態し獲物を待ち受ける魔物で、本物そっくりの果汁は食べることもできる。ただし本物よりかは味は劣る。最近の平均取引価格は銀貨3枚。最安値銀貨1枚最高値銀貨5枚。最終取引日は98日前と記録されています。』


後は味だ。


再びこたつに入り用意しておいた小刀でお尻の部分に切れ込みを入れ、そこに指を押し込む。


若干の抵抗はあるが思ったよりも力を入れずに皮をむくことが出来た。


順番に皮を剥き、薄いオレンジ色をした身が姿を現す。


いつの間にかミラとアネットまでもが部屋に来ており、俺の反応に興味津々のようだ。


一房むいて口に運ぶ。


奥歯で噛んだ瞬間にあふれる果汁。


甘すぎずでも仄かに甘い。


乾燥したのどを潤すだけの果汁の量もちょうどいい。


みかんだ。


これは間違いなくみかんだ。


「どう?」


「間違いない、これだ。」


「よかったじゃない。一個もーらい。」


「あ、こら!」


「ん~?やっぱりちょっと薄い。でも嫌いじゃないかも。ミラ達も食べなよ。」


「よろしいのですか?」


「まぁ、独り占めするものでもないか。」


せっかく食べるんだみんなで食べよう。


女たちが順番にこたつの中に足を入れてくる。


この冷たいのはミラか?


「あ、すみません冷たいですよね。」


「気にするなすぐに暖かくなる。」


「靴を脱ぐのは面倒だけどこのこたつって良いわよね。なんていうか体の芯から温まる感じがするもの。」


「一度はいると出たくなくなりますよね。」


「それがこのこたつの恐ろしい所だ。ちなみに、こんなものもあるぞ。」


俺は横に用意しておいたお菓子をこたつの上にのせる。


もちろん飲み物もある。


こうなることを予想してエリザ用の酒も用意しておいた。


「こんなのあったら出られないじゃない!」


「ちなみにトイレとかで出たやつが雑用係だからな。」


「なるほど、水分補給もかねての果物ですか。」


「まぁ、それだけじゃないがそんなところだ。」


「はぁ、今日はもう仕事したくないです。」


「休め休め、急ぎの仕事じゃないんだろ?」


「まぁ・・・。」


「なら今日はここでのんびりすればいい、店も終わりだ。俺はもうここから出ないからな!」


そう宣言してもう一つミカンを頬張る。


寒い冬にこたつとみかん。


この二つさえあればもう何もいらない。


女達と足を絡めあいつつ、俺達は昼間からのんびりとした時間を過ごすのだった。

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