479.転売屋は水を売る
「あの~。」
「イラッシャイ、客・・・だよな?」
開店してすぐ、間延びした客の声に驚き急いで顔を上げたものの、その見た目に客かどうか悩んでしまった。
子供。
それもまだ10にもなっていないような少女だ。
この世界では若く見える種族も多いため、人を見た目で判断してはいけない。
とはいえこの雰囲気にこの見た目。
疑わないほうが難しい。
「えっと、ここは買取屋さんですか?」
「そうだが?」
「よかった、たくさんあるんですけど買い取って貰えますか?」
「たくさん?」
「外にあるんです。」
ふむ、数があるのか。
この寒い中子供に働かせるとはどういうことだ、なんて怒ることはしない。
世の中には色々と事情がある人のほうが多い。
それにとやかく言う権利など俺にあるはずがない。
カウンターをくぐり、少女の後ろを追いかけて店の外に出る。
「おぉ・・・?」
「これ全部です。」
そこにあったのは大量の木箱。
四輪の大きな引き車の後ろにコレでもかと積まれている。
周りに大人の気配はない。
「一人で運んできたのか?」
「はい。」
「重たくないのか?」
「重いですけど、頑張りました。」
エッヘンと胸を張る仕草はまるで子供。
だが一人で運んできたってことはそれなりの裁量を任されているわけで・・・。
相変わらずこの世界の見た目は謎過ぎる。
「中身は何だ?」
「水です。」
「え?」
「お水です。見てもらえますか?」
「あぁ・・・。」
なんだろう、凄いものが入っていると勝手に期待してしまったのだがまさかの水だった。
いや、ワンチャン発泡水って可能性もある。
アレはいいものだった。
今でも継続的に売れ続けているしマスターも大変お喜びだ。
単体で飲んでよし、割ってよしの素晴らしい水。
今回もその可能性は否定できないわけで・・・。
『水。ただの水。最近の平均取引価格は銅貨2枚。最安値銅貨1枚最高値銅貨5枚最終取引日は本日と記録されています。』
そんなことはなかった。
鑑定結果はただの水。
それ以上でもそれ以下でもない。
それがこの箱全部?
マジか。
むしろ水を入れているこの容器の方が価値あるんじゃなかろうか。
「どうですか?」
「ただの水だな。」
「そうですよ?」
「断る、帰れ。」
「えぇぇぇ!何でも買い取ってくれるんじゃないんですか!?」
「金になるものならともかく銅貨1枚儲からないものに興味はない。こんな水底の井戸からでも手に入るだろうが。」
「そんなことありません!飲んでもらえればわかります!」
「いや、ただの水だし。」
「いいから飲んでください!」
半透明の容器を傾けどこからかわからないコップに透明な液体を注ぐ少女。
仕方なく受け取るも、鑑定結果は同じだった。
『コップ。何の変哲もないガラス製のコップ。最近の平均取引価格は銅貨5枚。最安値銅貨1枚最高値銅貨12枚。最終取引日は二日前と記録されています。』
コップの方が価値あるんだが?
少女が親の敵を見るような眼で俺を見てくるので致し方なく口をつける。
外気で程よく冷やされた水は俺の口の中を満たし、そのままのどの奥へと消えていく。
ん?
なんというか甘い?
舌触りも柔らかいし、不味くはない。
でも水は水だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「どうですか?」
「水だな。」
「美味しいですか?」
「美味しいかと聞かれるとそこの井戸水よりかは美味い。」
「ですよね!これは霊峰の地下を流れてきた由緒あるお水なんです。すっごい飲みやすくておなかにも優しいんですよ。」
「で、その証拠は?」
「え?」
「味はともかく腹に優しい証拠は何だ?まさか主観とか言わないよな?」
ガキを問い詰めるのは気が進まないが、向こうが商売を要求してくるのであればそれ相応の対応をせざるを得ない。
金になるものは買うのが俺のやり方だ。
金にならないものを買う慈善家ではない。
そこを間違えて何でも買うと思われるのは正直心外だ。
それがたとえガキ相手でもな。
「ほ、本当に優しいんです。それに煮物なんかしても柔らかくなります!」
「優しいってのはあれか?下しにくいってことか?」
「そうです!」
「ふむ・・・。」
つまりあれか?
硬水とか軟水とかいうやつの事か?
それならなんとなくわかるぞ。
この街の水は恐らく硬水だ。
マグネシウム分が豊富でその分腹を下しやすい。
実際に何度か水を飲み過ぎて下痢してるし。
それ以降は一度沸騰させた白湯を作って飲むようにしている。
それだけでもだいぶ違うんだよな。
煮物も、確か軟水の方が向いてるんだよな。
元の世界は基本軟水だったし。
「これをいくらで買い取ってほしいんだ?」
「銅貨10枚です。」
「それはその入れ物一つ?」
「はい!でも高いですよね・・・。」
「まぁ普通の五倍はするしなぁ。」
ただの水なら銅貨2枚。
そもそも飲むだけなら井戸に行けばタダで飲めるし。
ダンジョンに潜るために買う分がそれぐらいの値段だ。
その五倍の水、いくら金に余裕のある冒険者は買わないだろうなぁ。
冒険者は。
「わかった、銅貨10枚で買ってやろう。とはいえ、俺も儲かる確証のないやつを買うわけにはいかない。それはわかるよな?」
「はい!」
「ってことで悪いがついてきてくれ。」
「わかりました!」
元気よく返事をする姿はまるで小学生だ。
最近こういうの多いよなぁ。
メルディも見た目子供だし。
個人的にはナイスバディーな方がいいんだが、そうなると女たちの目線・・・いや主にエリザの目線か。
ミラ達はむしろ気にしないって感じだもんな。
彼女もメルディ同様見た目からは想像できない馬鹿力のようで、大量の水が積まれたそれをさほど苦しい顔をせずに引いてついてきた。
もちろん向かったのはマスターの所だ。
「お、珍しいな。」
「今日は仕事に来たんだ。」
「なんだよ、また俺に何か売り込むつもりか?」
「金になるならいいだろ?」
「そりゃなぁ。で、今度はなんだ?発泡水なら間に合ってるんだが?」
「水は水でも別のやつだ。まぁ、今回も琥珀酒用だけどな。」
一瞬怪訝そうな顔をするも、マスターは無言で空のカップに琥珀酒を半分ほど注いだ。
発泡酒と同じ流れだ。
俺は例の水を取り出すと二滴垂らしてマスターに返す。
「冗談だろ?」
「だと思うだろ?」
流石のマスターも二滴の水で何が変わると思ったんだろう。
だが飲んだ瞬間にその表情が変わった。
「味が変わった?いや、柔らかくなったのか。」
「さすがマスター。」
「普通の水ではこうならん、カラクリはなんだ?」
「硬度が違うんだよ。ここの水は固いがこの水は柔らかい。」
「水に硬さなんてあるのか?」
「正確には成分の差だったはずだが、まぁこれを飲めばわかる。」
今度は水だけを飲ませてみる。
三口ほど飲んだところで大きく頷いた。
「確かに柔らかいな。」
「水割りにするもよし、これで氷を作ってもいいだろう。ただの水で酒の消費が半分になるんだ、悪い話じゃないと思うが?」
「いくらだ?」
「銅貨15枚。ただし継続購入ならもう少し安くならんでもない、条件は俺に水を流してもらう事。もちろん代金は払うさ。」
「うちは倉庫じゃないんだが?」
「わかってるって。入りきらない分は責任もってうちが預かってやるから。」
「言ったな?」
「有難いことに倉庫はあるんでね。なんなら酒を預かってもいいぞ?」
「お前んとこの大酒飲みが一晩で空にしそうなんでやめておこう。」
商談成立。
無事マスターにも気に入られ水の販売先が決まった。
まぁ、流石のマスターも水の量を見て引き気味だったが、問題無くさばいてくれるだろう。
さっきも言ったようにストレートで飲むよりも格段に消費量は減るし、注文は増える。
外で待つ少女に事情を説明すると目を輝かせた。
「ありがとうございました!」
「なに、礼ならマスターに言え。俺は美味しい所を頂いただけだ。」
「でもいいんですか?」
「なにがだ?」
「次からは直接ここに売りに来るんですよね?そしたら儲かりませんよね?」
最初に儲からないことはしないと明言したんだ、心配するのも致し方ない。
「俺は中身に興味がある。だがこの量を置いておくのは邪魔だし、それに量が欲しいわけじゃない。必要な時に手に入ればそれでいいのさ。」
「何に使うんですか?」
「色々あるが・・・。まぁ、おいおい考える。」
軟水であれば煮炊きに最適だったはずだ。
つまりは和食だな。
米を炊くのにも良かったはず。
これは今日の晩飯が楽しみだな。
たかが水、されど水。
水にも色々あるけれど、今回は最高の水のようだ。
嬉しそうに笑う少女を前に、俺は今日の晩飯に思いをはせるのだった。




