478.転売屋は猫と戯れる
「シロウさんシロウさん!」
「なんだよベッキー。」
「これ見るし!すっごいし!」
「すごいって・・・うぉぁ!」
突然天井から巨大な何かが落下してきたと思ったら、足元に吸い込まれて消えた。
感じるはずのない衝撃波的な何かを感じたのは勘違いではないだろう。
しばらく足元を見つめていると、地面からもふもふの二つの山が現れ、そして巨大な目が俺を見つめてきた。
そう、こいつはこの前の墓場で見つけたネコ科の幽霊。
あれ以来ベッキーにべったりとなついてしまい、今もこうしてじゃれあっているのだとか。
猫らしく触られるのは嫌いのようだが、波長が合うのか付かず離れずの関係を楽しんでいるらしい。
「俺は獲物じゃないんだが?」
「もちろんわかってるし。でも、この勢いで来られたら冒険者なんてあっという間にやられるし。ある意味早めに死んでよかったし。」
「死をポジティブに考えられるお前を尊敬するよ。」
死は終わりだ。
よく天国だの地獄だの言うけれど、それを確認するすべはないし証拠もない。
あるのは生を謳歌するという現実だけだ。
と、今までの俺なら思っただろうがこれを見る限りその先もあるんだなぁと思うようになってしまった。
幽霊は実在する。
俺の目の前に存在している。
っていうか魔物も幽霊になるのがびっくりなんだが。
ベッキーは甘い物や美味しい食べ物の未練があっての事だが、こいつは仲間を弔えなかったことへの未練でこうなってしまったんだろうか。
ならば俺も強烈な未練があれば幽霊になれるのか?
でもなぁ、幽霊になってまで金儲けはしたくないよなぁ。
「で、今日は何して遊んでいるんだ?」
「鬼ごっこをしてたし。でも絶対に捕まえられないし。」
「だよな。」
「だからどっちが上手に天井から地面にダイブできるか競ってたし!私も見るし!」
宙に浮いていたベッキーが天井までふわふわと登り、まるでプールに飛び込むかのように鼻を手でつまんで落ちてきた。
そのまま音もなく地面に吸い込まれていく。
あー、うん。
落ちたな。
「どうだったし?」
猫同様地面から首だけ出してベッキーがこっちを見てくる。
まるでしゃべる生首だ。
「どうもこうも基準はなんだ?」
「派手さ!」
「ならお前の負けだ、派手さを出したいならせめて頭から飛び込めよ。」
「ぐぬぬ、悔しいし!もう一回勝負だし!」
「はいはいやってろ。」
再び天井に駆け上がる一人と一匹を無視して日課をこなし、店に戻る。
ふむ・・・。
「どうされたんですか?」
「いやな、ベッキーが例の猫と戯れているんだがやることに限界があるようだから何か作ってやろうと思ってな。」
「あのお墓にいたおっきな猫でしょ?」
「元はローグキャットっていうらしいな。」
「普段はダンジョンの見えないところに潜んで、獲物が弱ったところで襲い掛かるの。人魔物関係なくね。」
「おーこわ。」
「それがあのようにじゃれるなんて・・・。猫可愛いですよねぇ。」
アニエスさん、とろけた目をしていますが生身で出会ったら即死亡コースですよ?
体長が2mを越えているネコ科とか恐怖以外の何物でもないんだが。
「そういやこの世界にペットとして飼われてる猫ってあまりいないんだな。」
「いるにはいるけど元は魔獣だし。危険がないわけじゃないからね、あと大きいから。」
「まぁ確かに。」
「ルフも家で飼うには大きすぎますし、仕方ないかと。」
今の屋敷でもルフとレイには手狭だ。
彼らはやはり広い場所で生きるに限る。
「で、何を作るの?」
「猫じゃらしかボールか・・・。でもそのままじゃ触れないから魔力を帯びたやつにしないとダメだ。となると素材が限られるんだが、なにかいいのはないか?」
「魔力となると竜玉のような魔力の結晶体がいいでしょう。糸はマジックキャタピラの糸を紡いだもので木はトレントの古木でどうでしょうか。」
「・・・高くね?」
「魔力を帯びるって時点で高くなるのは仕方ないわよ。ボールだってあの爪に耐えられるようにするなら空気が入るような奴じゃだめよ。それこそゴーレムの核ぐらいじゃないと。」
「跳ねるのか?」
「・・・さぁ。」
頭の中にガコンガコンと巨大な何かが転がる音がする。
っていうかな、そんなものが最上階を転がったらそれこそいい迷惑だ。
猫じゃらしだけでもかなりホラーだというのに。
「いっそのこと魔力そのものではダメなんですか?」
「ん?どういうことだ?」
「魔導具のような感じで魔力を放出するような玩具にすれば楽しめるのではないでしょうか。」
「魔力を放出・・・ねぇ。」
「でもそれじゃ危なくない?」
「速度が出なければ大丈夫かと。エルロース様にお願いして見るのはどうでしょうか。」
ふむ、魔力を操る道具を作るエルロースであればそういったものも作れるかもしれん。
一度相談してみてもいいだろう。
善は急げという事で早速エルロースの店へと向かう。
「あら、シロウさんがくるなんて珍しい。」
「今日は頼みごとがあってきたんだが、かまわないか?」
「お仕事の依頼なら歓迎なんだけど・・・。」
「それはまた別件で頼むから安心しろ。」
「それを聞いて安心したわ。で、何かしら。」
大きなウサギ耳をピコピコ揺らしてエルロースが俺を見てくる。
何度も抱いているいい女だが、最近は特に色気が増しているような気がする。
おや、発情期はまだのはずだが・・・。
「微弱の魔力を放出する道具が欲しいの、エルロースならできるよね?」
「そりゃできるけど・・・。そんなに怖い顔しないでよミラ、貴方の素敵な人を取ったりしないから。」
「別に、そんなんじゃない。」
「見た?シロウさん。」
「あぁ、拗ねるミラもなかなかいいものだな。」
「でしょ?こんなに可愛いんだから悲しませちゃだめよ?」
「言われるまでも・・・痛いからつねるなって。」
エルロースとふざけていると思いっきりわき腹をつねられてしまった。
結構っていうかかなり痛い。
絶対赤くなってるやつだ。
「しりません。」
「ふふ、可愛いんだから。それで微弱な魔力を発する道具だけど何に使うの?」
「猫の遊び道具だ。」
「え?」
「だから猫と遊ぶのに使うんだよ。魔力を帯びてないと反応しないからいっそ魔力そのものを放出した玩具が出来ないかってな。あまり強力だと人に当たった時に危険だし、とはいえあまり速度が出ないと面白くないんだよなぁ・・・ってなんだよその顔。」
「ねぇ、いったい何に使うの?」
「だから猫だよ。」
まぁ、幽霊だけどな。
どうやらベッキーの事は噂で聞いていたようだが、猫については知らなかったようだ。
捕食者と非捕食者。
流石のエルロースも猫にはあまり良い印象は持っていないらしい。
「ダンジョンで感じたあの何とも言えない視線はその猫だったのね。」
「向こうも昔の癖でつい見てしまっただけだろう。」
「今度から行く時は気を付けるようにするわ。」
「見ようと思えば見えるから問題ないだろう、意識が向かなければ見えないらしいし。」
「つまり私には見えるようになったわけね?」
「そういうことになるな。」
「襲われないのならなんでもいいかな。ともかく、あまり威力がなくてでも早い魔力が飛び出す道具であればいいわけよね。」
「加えて魔力消費の少ないやつで頼む。何なら燃料内蔵型でもいいぞ。」
ベッキーがどのぐらいの魔力を有しているかわからないし、試用するたびに寿命を縮めるってのもよろしくない。
あ、死んでるから寿命じゃないか。
ともかく出来るのであれば後は任せよう。
俺達は俺達で最初に考えたやつを作らないといけないし。
店に戻り早速準備に取り掛かる。
『マジックキャタピラの糸。通常のキャタピラ種と違い糸そのものが微量の魔力を帯びている為伝導効率がよく、主に魔道具などに使われている。最近の平均取引価格は銅貨45枚、最安値銅貨29枚最高値銅貨61枚最終取引日は11日前と記録されています。』
『ゴーストトレントの腕。植物でありながら非物質に分類されるトレントの腕は肉体ではなく精神にダメージを与える。最近の平均取引価格は銀貨15枚、最安値銀貨8枚最高値銀貨33枚。最終取引日は117日前と記録されています。』
ひとまずこの二つを使って道具の基礎は出来た。
後は玩具代わりの何かをどうするかだ。
流石に竜玉をつけるわけにはいかないが、強度がありかつ魔力の帯びたものというのはなかなか少ないんだよなぁ。
ってことで、最終的に決まったのがこれである。
『デュラハンの兜。首無し騎士と呼ばれるデュラハンだがなぜか首は宝箱に入っている。持っているだけでデュラハンが寄ってくるといううわさがある。ただし本人のものでない場合が多く、寄ってきてもすぐにどこかに行くのだとか。魔力を帯びているものの装備することはできない。最近の平均取引価格は銀貨55枚、最安値銀貨39枚最高値銀貨98枚。最終取引日は390日前と記録されています。』
俺でも知っている有名な魔物だ。
そいつの首がどうして宝箱から出て来るかは謎だが、丁度買取があったので利用することにした。
兜を振り回すさまはかなり豪快だが、実際に使わせてみるとすこぶる反応が良かった。
どうやら噛み応えがいいようだ。
「凄いし!これならミケとたっぷり遊べるし!」
「ミケ?」
「この子の名前だし、ミケっぽいし!」
「どう見ても三毛猫じゃない。どっちかというと豹とかピューマだよな。」
「どうでもいいし!ミケはミケで気に入ってるし!」
「そうなのか?」
「ミャウ。」
そうか、気に入ってるのか。
なら何も言うまい。
ベッキーが兜を振り回し、ミケがそれを追いかけ噛みつき、蹴って遊ぶ。
見えている分には特に違和感はないが、突然現れた兜が宙を舞うさまは冬だというのに夏の風物詩のようにも見える。
また変な噂がでるだろうなぁ。
ちなみにエルロース考案の道具もなかなかに反応が良かった。
本人曰くそんなに早い魔力の玉は出ないという事だったが、どうみても時速100kmはある速度で放出される。
それでも向こうは素早さが売りの魔物だ。
何の問題もなく弾き飛ばして遊んでいた。
ま、二人が楽しそうだからいいか。
「また新しい玩具作ってほしいし!ミケも待ってるし!」
「まぁ気が向いたら作ってやるよ。それ高いからな、壊すなよ?」
「全部でいくらだし?」
「ん~加工賃ぬいて金貨1枚って所か。」
「き・・・。」
値段を聞いて固まってしまうベッキー。
そんな事を気にせず遊びまわるミケ。
ま、玩具ってのは値段を気にして楽しむもんじゃねぇ。
気にするな。
そう慰めてやったのだが、五日ほどしてベッキーから代金代わりの宝石をもらった。
金額としては全然足らないが気持ちとしてはうれしいよな。
そして、俺の予想通りダンジョンにて飛び回る生首の噂が出回るのだった。




