460.転売屋は花を加工する
「お手紙で~す。」
「は~い。」
「出す分ある?」
「じゃあこれ、モニカによろしく。」
「は~い。」
客かと思ったらガキが店にやってきた。
やってきたと思ったら手紙を受け渡ししてまた去っていく。
これで今日何度目の来店だろうか。
「まさかこんなに流行るとは。」
「皆さんこういうの好きですよね。」
「ぶっちゃけ自分の口で言ったほうが早くないか?」
「形に残るのがいいんですよ。」
「アネットさんの言うとおりです。ということで、シロウ様此方をどうぞ。」
「・・・手渡しなのか?」
「郵便の方がよろしいですか?」
「いやいい、ありがたく受け取る。」
そんな顔で手紙を差し出されたら受け取らないわけにいかないじゃないか。
手に取った瞬間に少女のような顔をするミラ。
それを見ていたアネットが慌てた様子で自分の部屋へ駆け上がっていく。
そして転がり落ちるようにして戻ってきた。
「わ、私もどうぞ!」
「ありがとう。」
「え、二人ともずるい!っていうかそんな可愛い便箋使ってどこで買ったの!?」
「ダンディさんのお店に売ってました。でも、もうないかもしれません。」
「ちょっと行ってくる!」
エリザが財布を手にものすごいスピードで駆けて行った。
扉ぐらい閉めていけよな、まったく。
二人にもらった手紙はこの街では中々お目にかからないような可愛らしい感じのやつだ。
確かにダンディさんが好きそうな奴ではある。
この手紙ブームに見事に乗っかったんだろう。
さすが仕事が速い。
「これは・・・今読むのか?」
「いつでも結構です。それと、お返事も不要です。」
「いらないのか?」
「態度で示してくだされば。」
「・・・ういっす。」
「あ!わ、私もそれでお願いします!」
「中身を読むのが怖いんだが。」
「変なことは書いておりません、せっかくの機会ですので今までの気持ちを素直に書き記しただけです。」
素直に書き記しただけでこの分厚さになるのか。
封筒がパンパンなんだが、それは気にしちゃいけないんだろう。
アネットはミラの半分以下。
ちなみにミラは鮮やかな水色の封筒で、アネットはカラフルな花がちりばめられた奴だ。
おそらくというか間違いなく中の便箋も同じ柄だろう。
そして中に入っているのは、押し花。
それぞれに意味があり、そしていい香りのするやつだ。
だが、生憎とリングさんの手紙用にと考えた奴ではない。
以前俺を取材していた『世界の歩き方』その中で、手紙が特集されておりあっという間にこの街でもブームが始まった。
最初はせっかく見つけた香り花を売り込もうと思ったのだが、加工するのに時間がかかるのと今後を見据えてあえて提供しなかった。
あのリングさんの事だ、絶対にあの花に気づく。
そしたらどこで手に入れるのかと訪ねてくるだろう。
そこで売り出せばいい。
流行の先端は王都だ、まずはそこで流行らせてもらった方がここから発信するよりも効果がある。
そして図ったかのようなこの手紙ブーム。
在庫切れを起こさないためにも今からしっかり準備しないとな。
ちなみに流行りに乗っかってるのはほとんど女性だが、たまに男も手紙を書いているのだとか。
郷里への手紙ならまだしも、毎日顔を合わす仲間に手紙を出すってのはどういう心境なんだろうか。
よくわからんなぁ。
「しかし、この街だけとはいえこれだけのブームになると配達も大変だろう。」
「そこは上手くやっているとモニカ様が仰っておられました。教会を集配の拠点にすることで効率よく配達しているそうです。」
「なるほどなぁ。」
「足りない人出も引退した冒険者をギルドに紹介してもらっているとか。」
「福祉の一種か。こりゃ一過性のブームで終わらせるのはもったいないぞ。」
仕事があるうちはいいが、途中でそれが無くなると落ち込みが大きい。
特にケガなどで引退を余儀なくされた冒険者はなかなかまともな仕事にありつけないからなぁ。
彼らをどう支えるかがこの街のかねてからの課題だ。
それを僅かでも解決できるのなら・・・そんな気持ちもあって町中がブームに乗っかっているのかもしれない。
「それにご主人様も色々と動いているじゃないですか。まさか、この冬に春のお花が手に入るようになるとは思いませんでした。」
「一年中好きな花の香りを楽しめるだなんて、ダンジョンは本当に素晴らしい場所です。」
「まさかダンジョンで魔物ではなく花を摘む日が来るとは思わなかったが、金になるならアリだよな。」
そう、これだけの流行を指をくわえてみている俺ではない。
俺は俺で別の角度から儲けを出している。
流れはこうだ。
リング氏に手紙を送るために魔物の花を集めたわけだが、その際に大量の普通の花が持ち込まれる事態となった。
冒険者にしてみれば魔物の花も普通の花も同じこと。
花は花なんだし何でもいいだろ!なんて浅はかな事を考える冒険者も実は多かった。
もちろん鑑定スキルで見破れば問題ないのだが、持ち込まれたその花に目を付けたわけですよ。
本来なら冬に咲くはずのない花が大量に持ち込まれている。
これはとんでもないことだ。
本来ならば温室を作って手間暇かけて栽培しなければならないのに、ダンジョン内であれば勝手に自生してくれる。
手間もコストもゼロ。
あ、収穫という手間はかかるけれどそんなの微々たるものだ。
魔物同様にダンジョン内の草木は自然に復活する。
そこに目を付けた俺は季節外れの花を売る花屋・・・ではなく、それを使って押し花を作ることにした。
理由は簡単。
長期保存が出来る上に維持コストがかからないからだ。
花屋ってのは見た目の華やかさとは裏腹に、かなり手間のかかる商売なんだよな。
大量の水を扱う上に生ものだから廃棄も出る。
そんな苦労をするぐらいなら加工して扱いやすくすればいい。
そこに、まるで図ったかのように手紙ブームも始まったおかげで、今や飛ぶように売れているのがうちの押し花だ。
どの世界にも花言葉はあるらしく、相手に気持ちを伝えるのにちょうどいいのだとか。
ほんと女って生き物はこういうのが好きだねぇ。
って、女だけじゃないけど。
「リンカ様はお元気でしたか?」
「家で出来る仕事が増えたって喜んでたよ。まさか押し花の趣味があるとは知らなかったが、そのおかげで丸投げできたし俺としても万々歳だ。」
「小さいお子さんがいると外で働くのは大変ですから、似たような境遇の方々にも喜ばれます。さすがシロウ様弱い立場の方々に益々人気が出ますね。」
「別に人気が欲しいわけじゃないんだが・・・。」
「そうなんですか?」
「人気が出てももうかる商売じゃない、俺は安くていい仕事ができる人材が増えればそれでいいのさ。」
普段働きたくても理由があって働けない人はたくさんいる。
総じてそういう人たちは安くても働いてくれる。
加えてサボらないし仕事は丁寧だ。
もちろんそれに甘えて安い賃金で働かせ続けるなんてことはしないぞ。
いい仕事にはいい報酬をが俺のモットーだ。
だから結果が出ればそれに見合った報酬を出している。
俺だけ儲かるやり方じゃ今頃街でハブられていただろう。
金儲けがしたいのならば金を配れ。
違うな、正しくお金を落とせ。
それが一番大切なことだと思っている。
偽善?
上等だよ。
しないよりした方が何万倍もマシだね。
「なんだ、うちのリンカがどうしたって?」
「良く働いてくれてるって話だ。花を持つと良い男がより映えるじゃないか、ダン。」
「うるせぇ。」
ふと入り口を見ると色とりどりの花を抱えたダンが立っていた。
別にお世辞じゃないぞ?
本当によく似合っている。
「ダン様おかえりなさいませ。」
「頼まれていた花はこれで全部・・・、いや一つ見つからなかったからあきらめて戻ってきた。」
「何の花だ?」
「クイーンローズだ。」
「それは仕方ない、昨日他の連中が根こそぎ狩ってたのをエリザが目撃してる。生えるまでに二・三日かかるだろう。」
「ったく、カニの件で懲りたんじゃないのかよ。」
「自分の女にお熱の連中には聞こえないんだろうな、恋は盲目ってやつさ。」
クイーンローズはバラの見た目をした魔物だ。
いつもは茨を伸ばしてダンジョンの通路を塞いでしまう邪魔者だが、今は愛を伝える道具として乱獲されている。
魔物系の花が人気なのは香りが強いからだが、普通の花でも十分良い香りだけどなぁ。
「それじゃあ後は任せた、買い物を頼まれてるんでね。」
「良いパパじゃないか。」
「そっちだって来年だろ?」
「せいぜい見習わせてもらうさ。」
依頼料と気持ちの入った袋を渡すと中身を確認することもなくダンは店を出て行った。
一秒でも早く嫁と子供に会いたい。
そんな気持ちが伝わってくる背中だ。
俺もこんな風になるのかねぇ。
想像もつかないな。
「さて、さっさと仕分けして加工してもらうか。エリザが戻らないことから察するに、まだまだ手紙ブームは終わらなさそうだしな。」
「押し花で気持ちを伝える、本当に素敵です。」
「それに今度は魔物の花も加わるんですよね?」
「の、予定だ。まぁ、リングさんがどれだけ広めてくれるかだけどな。」
「便箋は作られないのですか?」
「今流行してるものに手を出しても遅い、やるなら始まる前じゃないと。」
「それか自分で作り出すんですね。」
「そういう事だ。」
儲けの基本は流行の先読み。
それよりも儲かるのは流行の創出。
どうせ儲けるならやっぱり後者だろう。
常に花が供給されるダンジョンだからこそできる商売だ。
儲けられるときに儲けろってね。
さぁもうひと頑張りしましょうか。




