46.転売屋は自分の店を開ける
「それじゃあ開けるか。」
「いよいよですね。」
「この街に来てまさかこんなに早く店を持てるとは思わなかったが・・・。まぁ何とかなるもんだな。」
「それも全てシロウ様の実力のおかげかと。」
感慨深そうにミラが後ろで頷いている。
外は快晴。
カーテンをしたままの店内にも日差しがこぼれている。
あれから色々とあったが順調に準備も進み無事に今日の日を迎えることが出来た。
感慨深いかと聞かれればそうでもない。
元の世界ではいつかは自分の店を、なんて思ったこともあったが、実際そうなってみると思っていた以上に普通だった。
何だろう予約していた転売品を買いに行くような感じだろうか。
さも当たり前のような感覚だ。
カーテンを開けて入り口を鍵を外し外に出る。
通りは多くの人でにぎわっていた。
見上げるも看板はまだない。
ギルド協会曰く、出来るだけ早めに付けてほしいそうだ。
買い取り屋とわかる紋章を考えなければならないんだが・・・。
ぶっちゃけそういうセンスが無いんだよね。
「誰もいませんね。」
「近隣に挨拶はしたが宣伝してないし、買取なんてそんなもんだよ。」
店の前に人はいなかった。
目の前を歩く人も特にこちらを気にする様子もなく通り過ぎて行く。
とりあえずベルナぐらいには挨拶しておくか。
「ちょっとベルナの店に行ってくる。」
「かしこまりました。」
「お客さんが来たら商品を預かって待ってもらって。多分大丈夫だと思うけど。」
間違いなく来ないだろう。
むしろ来たらびっくりする。
扉を開けたままにして大通りを横切りベルナの店へ。
ノックをして中に入るといつものように猫娘が迎えてくれた。
「なんだ、またシロウだニャ。」
「店を開けたんでな、今日は挨拶だけだ。」
「うちの商売敵がどんな顔して挨拶に来たのかと思ったら、いつもと変わらないのニャ。」
「そっちは質屋、うちは買取屋、喧嘩するつもりはないさ。」
「でもうちの客が減るにゃ。」
「在庫処分する手間が減ってむしろ助かるんじゃないか?」
質屋は基本在庫を抱えない。
もちろん質流れをした場合もあるが、そこに行きつくまでに利息を得ているし、売れば絶対に儲かるような設定にしている。
だからうちと違って在庫はすぐはけるのだ。
買い取りの場合はかなり値段を下げるから大抵の客が引き下がる。
引き下がらないのは俺ぐらいなものだろう。
「確かにそうだけどニャ・・・。」
「ホルトみたいに喧嘩するつもりはないんだ、仲良くやろうぜ。」
「仕方ないのニャ。また菓子折り持ってくるなら認めてやるニャ。」
「菓子目当てかよ。」
「最近のチョイスは中々いいニャ。」
まぁ俺じゃなくてミラが準備してくれているからな。
俺だったらこうもいかない。
「まぁ気が向いたらな。」
「面倒な客はそっちに振ってもいいのかニャ?」
「別に構わないぞ。」
「ならガンガン送り込んでやるニャ、覚悟するニャ。」
「お手柔らかにな。」
俺も同じような事をするだろうからお互い様だ。
挨拶を済ませ店に戻ろうとすると遠巻きに誰かが店の中にいるのが見えた。
マジか、誰か来たのか?
慌てて店に戻るとミラが客らしき男から何かを受け取っていた。
早速の買い取り・・・。
違うわ、アレは花か。
「あ、戻って参りました。」
ミラさんがいち早く気づき、それに反応して男も振り返った。
「これはこれはシロウ様、開店おめでとうございます。」
中にいたのはミラの元主人、奴隷商人のレイブさんだった。
「レイブさん、わざわざありがとうございます。こんな立派な花までもらっちゃって。」
「ほんの気持ちですよ。本来であれば何か買って帰るのですが・・・。」
「あはは、こういう店ですからどうぞお気になさらず。もし不要な品があれば喜んで買い取らせて頂きますよ。ただし、人は無理です。」
「もちろんですとも。」
奴隷商人以外の人身売買はご法度だ。
それをわかってのジョークだと理解してくれたみたいだな。
「ではお邪魔になる前に退散しましょう。ミラさんも頑張ってください。」
「ありがとうございます。」
イケメン奴隷商人が笑顔で店を出ていく。
それを見送り二人で顔を見合わせた。
「飾っておきますね。」
「カウンターが寂しいと思ってたんです、助かりました。」
「わざわざ顔を見に来てくださったようです。」
「当分縁はないと思うけどな。」
「私は増えても構いませんよ?」
「いやいや、お金がないって。」
ミラさんはかなり特殊な事例だからなぁ。
値段もかなり安くしてもらったし。
嬉しそうに花を抱えてミラが店の奥に消えた代わりに、カウンターに座って外を見る。
行きかう人。
流れる雲。
何もしないこの時間。
「何腑抜けた顔してるのよ。」
「何もしない時間を堪能してるんだよ。」
「お金儲けを考えていないシロウなんて信じられない。明日雨でも降るんじゃない?」
「うちの商売は天気関係ないからな、別に構わないさ。」
困るとしたら買い付けに行くのが面倒になるぐらいだ。
そうなったら店を閉めてミラとしっぽりやればいい。
その辺自由にできるのも店を持った特権・・・、いや店が無くても同じか。
「ふーん、じゃあまだ誰も来てないの?」
「レイブさんなら来たぞ。」
「違うわよ、お客よお客。」
「まだだな。」
「そんなんで大丈夫なの?」
「むしろ買取屋が繁盛したら終わりだ・・・ってこの話前もしなかったか?」
「そうだった?」
そういうエリザの顔は本当に覚えていない顔をしていた。
まぁエリザだし仕方ないか。
「じゃあさ、私が一番になってもいい?」
「何のだよ。」
「お客よ!」
「なんだ、買い取りか?」
「そうに決まってるじゃない。繁盛しなかったらせっかくのお店がつぶれちゃうでしょ?だから貢献してあげるって言ってんの。」
「で、その金で借金を返すわけだな。ご丁寧にどうも。」
借金らしい借金はほとんど残っていない。
ただ単にエリザが返し渋っているだけで、俺もそれを問い詰めるようなことはしていないし、返すのはこいつの自由だ。
「じゃあこれ、お願い。」
そう言いながらエリザは腰にぶら下げた袋から小さな石を取り出した。
『願いの小石。この石を100個集めると願いが叶う・・・と言われている。最近の平均取引価格は銀貨54枚。最安値が銀貨20枚、最高値が銀貨88枚、最終取引価格日は33日前と記録されています。」
手に取るといつものように鑑定スキルと相場スキルが発動する。
願いの小石・・・ねぇ。
鑑定スキルも微妙な内容だし、本当に願いが叶うのかねぇ。
「願いの小石か、珍しいな。これもダンジョンにあるのか?」
「そう、昨日見つけたばかりの奴だよ。」
「こんな物も出てくるのか。なんでもありだな。」
「聞いた話じゃ100個集めたら本当に願いがかなったんだって。」
「どんな願いだったんだ?」
「大金持ちになりたいとか?」
「詳しく知らないのかよ。」
「私も聞いた話だもん。」
山ほど尾鰭や背鰭がついていそうな噂だな。
夢物語まではいかないが、揃えるにはかなり時間とお金がかかる。
モチベーションアップの為の小話と考えるのがいいかもしれない。
「そうだな、開店祝いついでに銀貨40枚でなら買ってやるよ。」
「え、そんなに!?」
「第一号だからな、祝い金みたいなものだ。」
「えへへ、シロウならそうしてくれると思ったんだ。」
「本当に、エリザ様にはお優しいのですからシロウ様は。」
ヤレヤレと言った感じでミラが花瓶を持って戻ってきた。
「あ、ミラさん。」
「今回だけだ。次回以降は普通の客として扱うよ。」
「でも、願いの小石だなんて夢がありますね。これを集めきれるのはシロウ様ぐらいのものでしょう。」
「なんで俺なんだ?」
「ダンジョンで見つかるという事は、今後も持ち込まれる可能性は高いと言えます。一つ持っていても価値が無い、でも100個集めるまでは待っていられないそんな品ですから。」
なるほどな。
本来であれば銀貨30枚の所を今回のみ40枚で買ったが、冒険者にしてみれば30日分の宿泊代に相当する品だ。
それを100個も集めるぐらいならさっさとうっぱらって生活費の足しにしたい。
そう考えるのが普通だろう。
「シロウ様も気づけば貯まっていた、それぐらいの気持ちでお集めになるのがよろしいと思われます。」
「そうするよ。」
「えー、でも貯まった時はどうするの?何をお願いするの?」
「そうだなぁ・・・。自分の店は持ったしなぁ。」
何をするにも夢は必要だ。
当初は自分の店を持つという夢があったがそれが叶った以上次の夢を設定しなければならない。
元の世界に帰る?
論外だ。
大金持ちになる?
それはこれから叶えればいい。
結婚?
今はこの仕事が楽しいし、当てがないわけでもない。
「まぁ、おいおい考えればいいだろ。」
「え~!今決めようよ。」
「こういうのはゆっくり考えるのがいいんだよ。先は長いんだ、ミラの言うように気づけば揃ってたぐらいの気持ちでいるさ。」
「そうです。シロウ様であればどんな夢も叶えてしまわれるでしょう。」
「私だったらすぐに決めるのになぁ・・・。」
開店初日。
結局はエリザしか買い取り客は来なかったが、新しい目標が出来た気がする。
願いの小石が100個貯まる頃、俺はどんな風になっているんだろうか。
楽しみだな。




