458.転売屋は牙のアクセサリーを作る
歯は大事だ。
昼食後の歯磨きをしながらつくづく思う。
そもそも、虫歯になってもポーションで治るんじゃないかと思ったんだが、ポーションは虫歯に効果がないそうだ。
だから抜いて生やす。
何ともまぁ強引なやり方だが、聞けば局部麻酔的なものがあるそうじゃないか。
エリザだけでなくアネットやミラに相談していればもう少しマシなやり方があったかもしれないのだが、後の祭り。
あの時は一秒でも早く治したかったから致し方ないだろう。
はぁ、もう二度とご免だ。
「シロウ様、お客様が来られましたので開店しますね。」
「あぁすぐ行く。」
驚いたことにこの世界に歯ブラシというものはなかった。
代わりにあったのが歯間ブラシだ。
木を削り出し、口に入るサイズに加工。
その間に切れ目を入れてマリオネットと呼ばれる人形型の魔物の髪の毛を通せば完成だ。
固すぎず柔らかすぎず、歯を痛めることがない素材。
魔物の髪の毛と一瞬は躊躇したが、そんなの気にしてられないよな。
最後に口をゆすいでオッケーっと。
ミラが扉の札をくるりと回転させると早速客が入ってきた。
「シロウさん!これ!これ買い取ってくれよ!」
「なんだよ入ってきて早々うるせぇなぁ。」
「へへ、今日この後竜宮館に行くんだよ!だから高く買ってくれよな。」
「物がよければ買ってやる、ほら騒いでないでさっさと出しやがれ。」
まるで風俗に行く前の男子学生だな。
妙にテンションが高くソワソワしている。
そんなんで行ったら、速攻ヌかれて賢者タイム突入だぞ。
少しは落ちつけ。
馴染みの冒険者がカウンターにドンと袋を乗せ、中身をぶちまける。
ジャラジャラと音を立てて大量の小さなブツがトレイいっぱいに山を築いた。
「なんだこれ、すごい量だな。」
「歯だよ歯。」
「は?」
「だから魔物の歯だって。俺、こういうの趣味で集めてたんだけどよ、あの子が気味が悪いっていうもんだから売ることにしたんだ。」
「そりゃあそう思うわなぁ・・・。」
よく見れば確かに歯だ。
こんなのが大量に転がっていたらそりゃ不気味だろうよ。
でも不思議と汚い感じはしないんだよなぁ。
歯といってもどちらかといえば牙って感じだ。
サメの歯はお守りになるとかいって海外では土産物になっているらしいが、この世界ではどうなんだろう。
とりあえず一つ手に取ってみる。
これはグレイウルフ。
こっちはブラックウルフ。
お、これはシャドウシャークか。
で、こっちが・・・。
オーガなんかの牙もあったが、どれも歯というか牙のようだ。
一つだけドラゴンの牙もあった。
恐らくは前狩りまくった時に回収したんだろう。
それにしても壮観だなぁ。
『ドラゴンの牙。レッドドラゴンの牙は僅かながら火の加護を与える。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値銀貨1枚最高値銀貨10枚最終取引日は29日前と記録されています。』
「ドラゴンの牙はもうないのか?」
「そこにあるだけだけど、もしかして高い?」
「まぁどれも同じだが、ドラゴンなら箔がつくだろ?」
「まぁ確かに?」
「数は多いがどれも素材には向かないからなぁ、せいぜい銀貨20枚って所か。」
「えぇ!?もっと高く買ってくれよ!」
「使い道もないやつを銀貨20枚で買うんだぞ、むしろありがたいと思え。」
「うぅ、今までの証が・・・。」
この感じだと倒した魔物から牙を剥ぎ取っていたんだろうなぁ。
で、きれいに磨いて保管していたと。
普通血で汚れていそうなものだが、全部綺麗に磨いてある。
まるで工芸品のようだ。
「まぁ、数はともかく強い魔物のやつは持って帰って来い。また買ってやるから。」
「・・・ういっす。」
「じゃあ銀貨20枚だ、楽しんで来い。」
「これも、あの子の為だもんな・・・。」
銀貨を大事そうに袋に戻し、とぼとぼと店を出ていく。
その背中は何か大切なものを無くしたようにも見えた。
「随分とたくさんの牙ですね。」
「あぁ、悪いが袋に入れておいてくれ。」
「どれもきれいに磨いてあります、一つ頂いてもいいですか?」
「別に構わないが何に使うんだ?」
「魔物の牙は魔除けになるんです。ウルフ系でしたら旅の安全なんかを祈願して身に着ける人もいるそうですよ。といっても迷信みたいなものですけど。」
「なるほどなぁ。」
何度も生え変わるから歯のお守りとしてもいいかもしれない。
それか、討伐を祈願するお守りとか。
前例にあやかるのは良くある話だ。
ドラゴン種なんてのは特に御利益ありそうだし。
って、実際に加護が与えられるからこっちはガチな方か。
「何か思いつかれましたか?」
「ん~、とりあえず意見を聞いてからだな。」
金になるかどうかはわからないが、個人的に作ってほしい物がある。
とりあえずミラが欲しいもの以外の牙を袋に入れて、ルティエの店へと向かった。
「ルティエ、今いいか?」
「あ!シロウさん、大丈夫ですよ。」
「悪いな作業中に。」
「えへへ、おさぼり中なので気にしないでください。」
サボり?と手元を見てみると、ガーネットルージュではない何かを作っていた。
もちろんそんな事で怒ることなどしない。
ルティエにはルティエのやり方があるし、そもそもガーネットルージュはもう業務委託している。
俺が口をはさむことはもう何もない。
「何を作っていたんだ?」
「前にシロウさんが買い付けてきた真珠を使ってイヤリングを加工してるんです。綺麗ですよね。」
「イヤリングか、良いじゃないか。」
「涙貝も良いんですけど、この柔らかさは真珠じゃないと出せません。今度仲間が結婚するのでその時に送ろうと思うんです。」
「それはめでたいな。式は・・・あげるはずないか。」
「お金ないですから。」
「で、リーダー自ら祝いの品を作成か。喜ぶだろうなぁ。」
「だといいんですけど。」
えへへとはにかむルティエの頭をなでてやると、嬉しそうに目を細めた。
「くすぐったいですよぉ。」
「悪い悪い。」
「それで、今日はどうしたんですか?」
「いや、ちょっと作ってほしい物があったんだがまた後でにするさ。」
「え!なんですか!?やりますやります!」
「別に売りものとかじゃないぞ?」
「シロウさんが個人で付けるんですよね?」
「まぁそうだな。」
「じゃあやります。はい、おさぼりおしまい!」
がさっと作業中の真珠を横にずらして場所を作るルティエ。
なんていうか雑過ぎないか?
「本当に大丈夫なんだな?」
「今日の分は終わってるので問題ありません。なにかな、なにかな~。」
「こいつに穴をあけて首からぶら下げるようにしてほしいんだ、要はお守りだな。」
「わ、可愛い牙ですね。」
「ホワイトシャークの牙だ、なんでも虫歯にならないらしい。」
「あ、聞きましたよ。虫歯になって抜かれたそうですね。」
「なんだよ、ルティエにまでばらしやがったのか。」
「エリザさん嬉しそうに話してましたよ。」
「あいつ・・・。」
「まぁまぁ。で、これに穴を開ければいいんですよね?」
「出来るか?」
「この大きさなら余裕です、ちょっと待ってくださいね。」
小指ほどの大きさの牙を受け取ると、工具箱から何やら小さな工具を取り出しいとも簡単に牙に穴をあけ始めた。
てっきりドリル的な何かを使うのかと思ったが、人力であっという間に穴が開いてしまう。
今度は別の工具で穴を広げ、最後に穴の面を取れば完成だ。
「ちょうどミスリルチェーンが入荷したところだったんです、これで良しっと。」
「ミスリルだって?いいのか?」
「試しに仕入れたやつなので大丈夫です、どうですか?」
「あぁ、思った通りの仕上がりだ。流石ルティエだな。」
「えへへ、気に入ってもらえてよかったです。」
牙の根元に小さな穴が開き、そこに青みが買った銀色のチェーンが通されている。
『ホワイトシャークの牙。ホワイトシャークは牙が生え替わらない代わりに再生する為、虫歯にならない。また欠けても数日で元に戻る。最近の平均取引価格は銀貨1枚、最安値銅貨30枚、最高値銀貨3枚。最終取引日は本日と記録されています。』
生きたホワイトシャークの牙に穴は開かないが、素材になった奴にはさすがに再生能力はないようだ。
とはいえ、虫歯にならないってのはいいよな。
首からぶら下げるとちょっとワイルドな雰囲気が出ている・・・気がする。
「どうだ?」
「よくお似合いですよ、お客様。」
「そりゃどうも。いくらだ?」
「いいですよ、素材持ち込みですしシロウさんにはいつもお世話になってますから。」
「それはダメだ、正しい仕事には正しい報酬を。それにチェーンだってそれなりの値段だろうが。」
「あ、シロウさんにはバレちゃいますね。」
「銀貨10枚、これでいいな?」
「私があげたかっただけなのになぁ・・・。」
それとこれとは話が別だ。
俺が無理言って作ってもらったんだし、金を払うのは俺がそうしたいから。
これは譲れないんだよなぁ。
「で、ぶっちゃけ売れると思うか?」
「え?これですか?」
「あぁ、例えばウルフ系なら繁栄とか、シャークなら魔除けとか。適当に意味をつけて売り出すと冒険者は食いつくと思うか?」
「ん~・・・。豊作祈願的なやつです?」
「まぁ、似たようなものだ。また狩れますようにとか、そういう願掛け的な奴でもいい。」
「なら売れると思います。最近ダスキーが素材を持ってきてくれないので、そっち系のアクセサリーが作れなかったんですけど、牙なら男性受けもいいですよね?アリだと思います。」
ふむ、いつもは女性客をターゲットにした商品ばかりだからな。
たまには男性向けがあってもいいわけか。
なら決まりだ。
「なら、こいつを使って作ってくれ。加工方法もデザインも値段も全部任せる。取り分は俺が3でそっちが7。もし当たれば素材の手配も請け負おう。」
「え、こんなに!?」
「売れるんだろ?」
にやりと笑う俺に流石のルティエも引き気味だ。
だって売れるって言ったのはお前だろ?
やるよな?
そんな圧力はかけていない。
これはあくまでもビジネスだ。
ルティエがやらないのなら俺は別に・・・。
「はぁ、シロウさんには叶わないなぁ。」
「最近頭打ちだったんだって?」
「どれも好評なんですけど、やっぱり女性客だけじゃダメだなって考えてたんです。それで気晴らしにサボっていたんですけど、シロウさんにまた助けられちゃいました。」
「別に助けたかったわけじゃない、本当に偶然だ。」
「本当ですかぁ?素材だって準備してくれたんですよね?」
「いやいや、さっき買い取った奴だって。気になるならミラに聞いてみろよ。」
「ふ~ん、そういうことにしてあげます。」
どうも納得のいかないような顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
よし、これで売れなければ捨ててしまえばいい。
だがもし成功するのなら・・・。
新しい商売のきっかけは何から始まるかわからない。
だが、今回の『も』あたる気がする。
もちろんルティエ達に全部丸投げするから俺の苦労は買取だけだ。
さぁ、どうなるか楽しみだなぁ。




