45.転売屋は冒険者ギルドを紹介される
ミラがうちに来て一週間。
最初はエリザがかなりの対抗心を燃やすのではないかと思っていたのだが、それは俺の杞憂だったようだ。
毎日のように顔を出してはいるが特に喧嘩をするわけでもなく、むしろ仲が良いようにも見える。
竿姉妹だからだろうか。
俺の聞こえない所でなにやら盛り上がっているのをよく見かける。
俺の前では結構クールな感じだが、エリザの前では年頃の娘のように笑っているのがまた新鮮だ。
店の準備も順調に進み、この分で行けば来月には開店の運びとなるだろう。
問題があるとすれば倉庫の在庫処理が思うように進んでいないことだろうか。
「あそこもダメだったか。」
「現状では使う予定がないので買取れないとの事でした。」
「金を使った後は財布の紐が締まる、何処も一緒だな。」
「別の商店にも声をかけましょうか。」
「いや、何処も同じだろ。」
酒類は早々に売却することが出来た。
感謝祭でかなりはけたのでその補充を格安でできるという触れ込みをマスターにしてもらったのだ。
それに合わせて食品も売却できた。
そりゃあ定価の三割引って聞いたら喜んで買ってくれるだろう。
その後もとんとん拍子で売却は進んだのだが、最後の最後で詰まってしまったというワケだ。
「本当にどうしましょうか・・・。」
俺たちを悩ませる品。
それが倉庫前にうずたかく積まれている。
半分はハッサン氏の倉庫から持ってきたもの、もう半分がレイブさんから就職祝いにもらったものだ。
ぶっちゃけ就職祝いという名の在庫整理のような気がする。
どうすんだよ、この食器達。
「俺達で使うには多すぎる。かといって、欲しがっている人もいない。物は悪くないんだがなぁ。」
大きな木箱に入った食器を手にとってみる。
『陶器製の食器。無名だが丈夫。最近の平均取引価格は銅貨6枚、最安値は銅貨3枚、最高値が銅貨10枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
物は悪くない。
だが使う人がいない。
街の飲食店にはマスターを通じて声をかけてもらったのだが、陶器製よりも木製のほうが実用が良いらしく断られてしまった。
確かに落とすと割れるし洗うのも気を使うからなぁ。
「貴族には陶器を好む人も多いそうですが・・・。」
「そういう人はそれなりの品を求めるだろうな。無名の品じゃ取り合ってくれないだろう。」
「取引所でも欲しがる人はいませんでした。エリザ様を通じてリンカ様に声をかけてもらいましたがやはり反応は思わしくありません。」
「かといって捨てるのもなぁ。」
「単価は低いとはいえ、コレだけの量です。適正価格で販売できれば金貨3枚、いえ5枚にはなるのではないでしょうか。」
それをみすみす捨てるというのは商人としてどうかと思う。
だがこのままでは倉庫を圧迫するだけで何も生み出さない。
あの糞ですらお金になったんだ、つまりコレは糞以下というわけだな。
「シロウいる~?」
「ん?エリザか?」
「恐らくは。」
倉庫前で頭を抱えていると表からエリザの声が聞こえてきた。
合鍵は渡してあるので勝手に入ってきたんだろう。
「おーい、こっちだ。」
「ここにいたんだ。あれ、まだ買い手見つかってないの?」
「見つからないから困ってんだよ。」
「木製だったらダンジョンに持って行ったりもするけど、陶器製って割れるしかさばるし邪魔なのよね。」
「つまりは冒険者にも不要なわけだろ?そうなるとこの街でほしがるやつは一人も居ない事になるな。」
冒険者の率直な意見だ、最後の望みは潰えたといえるだろう。
「となると他の街に流しますか?」
「重い上に場所をとる、その割には金にならない品を誰が外の街まで運ぶんだ?」
「陶器の護衛なんて絶対にイヤよ。割れたら私達のせいにして弁償しろって言ってくるもん。」
「最悪だな。」
「そもそもなんでそんな物を貰ったのよ。」
「恐らく向こうも処分に困ってたんだろうな。」
俺ならどうにかするだろうと期待されたのかもしれないが、結局どうにもならないと。
やはりこのまま寝かせるしかないかなぁ。
陶器だし雨に当っても問題は無いだろう。
もしかしたら欲しがる人が出てくるかもしれないし、それまで置いておくしかないか。
「とりあえずこれについては保留だ。で、何の用だ?」
「ちょっと!冒険者ギルドに顔を出すから一緒に来いって言ったのはシロウでしょ!」
「そうだった気がする。」
「昨日の話だよ?何で忘れちゃうのよ。」
「そりゃお前の具合が良かったからだろ。」
確かヤってる最中に思いついたんだ。
素材の買取を始める前に一応挨拶をしておかないといけないなってね。
「もぅ!そうやってはぐらかすんだから!」
「いえ、シロウ様はいたって真面目かと。私の時もそうですので。」
「どういうこと?」
「翌日の夕食を魚にしてくれとお願いされましたが、すっかり忘れておいででした。」
そんな事もあった気がする。
あの時はのけぞったミラの背中があまりにも美しくて、肋骨の並びから魚の骨を連想したんだった。
うーむ、我ながら最低だな。
「最低ね。」
「自分でもそう思う。」
「でもそれだけ私に溺れてくださった訳ですから、女としてこれ以上の喜びはありません。」
「ミラさんって本当にシロウにゾッコンよね。」
「そうでしょうか。」
「まぁ私も人の事言えないけどさ・・・。」
またガールズトークが始まったぞ。
こうなると長いんだよなぁこの二人。
「分かったからとりあえずギルドに行くぞ。」
「ちょっと、そんなに引張らないでよ!」
「今晩はお肉にする予定ですのでお早いお帰りを。」
「聞いた?お肉だって!さっさと終わらせて帰るわよ!」
「いや、お前は宿で食べろよ。」
「いいからいいから!」
宿代には食事代も含まれてるんだぞ。
勿体無いじゃないか。
肉と聞いてテンションの上がるエリザに連れられて人生で何度目かの冒険者ギルドに向う。
冒険者相手の商売とはいえ、ギルドにはあまり縁がないからなぁ。
それでも全く関係ないわけでもないので、今回のように何度かは足を運んだ。
まぁほとんどエリザがやったので俺は着いて行っただけだけどな。
「ニア、いるー?」
「ちょっと入ってきて早々大きな声出さないでよ。他の人の迷惑になるでしょ。」
「えへへ、ごめんごめん。」
「あれ、今日はシロウさんも一緒なんだ。どちらのご用事?」
「今日は俺だ。」
「じゃあ応接室の方がいいね。」
相変らず会話も思考もテンポの速い女だ。
冒険者ギルドの中ではかなりの地位にいるらしく、大抵は彼女の一存で話が進む。
仕事相手としては非常にやりやすいといえるだろう。
いつものように凶悪な乳を揺らしながら先を進むニアさんを二人で追いかける。
これにどれだけの男が落とされてきたんだろうか。
でか過ぎるのに興味がないのと、残念な事に既婚なので俺の眼中には無い。
応接室と呼ばれる小さな部屋に通され、手前のソファーに誘導された。
二人掛けのソファーなのだが何故かエリザが俺の後ろに立つ。
まるでボディーガードのようだ。
「それで、今日はどんなご用件で?」
「開店の挨拶と買い取り開始の連絡だな。一応始める時には声をかけてくれっていう話だっただろ?」
「それをわざわざ守ってくれる辺りシロウさんの性格が出てるよね。エリザが懐くわけだ。」
「別に懐いてるわけじゃないわよ。」
「じゃあ惚れてる?」
「そっちでもない!」
「あはは、エリザがムキになってる、可愛い~!」
頼むからそういう話は俺の居ないところでやってくれ。
今は仕事の話がしたいんだ。
「固定買取の品には手を出さないつもりだが、必要であればここよりも安い価格で買取る事もあるだろう。それについては問題ないんだよな?」
「固定買取より安く販売価格よりも高い分には問題ないわ。」
「先に聞いておくが他の商品と混ぜて買取、結果として安くなる分には?」
「うーん、それを証明する事ができない以上仕方ないとしかいえないかな。でも派手にやられたらこっちとしても口を出さざるを得なくなるからそこだけは留意しておいてね。」
「それが聞けただけで十分だ。」
つまりは複数買取るから一割り増し!とか一割引!とかしても構わないという事だ。
結果として安くなったとしても他の品の値段を下げてあくまでも固定買取の価格は守ってますとすればお咎め無し。
派手の基準が難しいが臨機応変にって事だろう。
この前のように特定の品ばかりを買い漁らなければ問題なさそうだ。
「それと固定買取外の素材についても買取をするから今後はギルドへの流入も少なくなる。それに関しては申請が必要か?」
「ん~、申請は要らないけど緊急の放出要請はするかも。その場合高値では買取るつもりだけどシロウさんの望む価格にはならないと思うからそのつもりでいてもらえると嬉しいな。」
「要請を拒否して他に流すのは?」
「可能だけど次回からギルドでの買取は全て断ります。」
「それは怖い。怒らせないようにしよう。」
事実上の強制だが拒否するメリットはないと考えて良いだろう。
この街で商売がしたいなら目先の利益におどらされるなということだ。
この辺が面倒だが致し方ない所だな。
「最後に冒険者への依頼なんだが、ここを通さないとダメなのか?」
「というと?」
「例えば急に必要になり、エリザに決まった素材を買取りたいとお願いしたとしよう。エリザはそれに応えてうちに素材を持ち込んで俺は金を払った。コレが可能なのかという話だ。」
「個人的な依頼ならかまわないわ。というか、そこまで面倒見切れないって言うのが本音ね。でも、それが横行すると私達ギルドや取引板の存在理由がなくなる事にもなるから、さっき同様派手にやらなければとだけ言っておくわ。」
これもまた難しい返答だ。
やりすぎるな。
コレが一番むずかしいんだよ。
明確な基準がないってことは文句を言われる可能性が高いということだ。
あくまでも個人的。
そういう扱いでいくしかないみたいだな。
「話は以上だ。これから色々と世話になると思うが宜しく頼む。」
「こちらこそ、冒険者に有益なお店である事を期待するわ。それと、エリザの未来の旦那様としてもね。」
「ちょっとニア!」
「エリザも良い年なんだからそろそろ結婚してもいいんじゃない?結婚しても冒険者は続けられるんだし、シロウさんなら理解もあるでしょ。どう?実力もあるし、具合の良さも知ってるでしょ?」
「そうだな、具合で言えば申し分ないが残念ながら俺にその気がない。俺達はあくまでも対等な立場でいるべきだ。今はな。」
あまりきつく言うとまたエリザが凹んでしまうので最後に逃げ道を作っておく。
今その気は無い。
全く便利な言葉だよ。
「そ、そうよ!私も今は冒険者が楽しいんだもん、ニアだって私が引退するのはイヤでしょ?」
「そりゃあうちの稼ぎ頭がいなくなるのは困るわ。でも、次の世代が欲しいのも事実なの。エリザの子供なら間違いなく活躍してくれるじゃない?」
「人の子供を勝手に冒険者にしないでくれる?」
「あはは、ごめんって。」
俺の子供なぁ。
正直に言って今の今まで考えたこともなかった。
40のオッサンには縁のない話だったからな。
ま、今考える必要は無いだろう。
店が始まればそんな事考えている暇なんてない。
その辺はおいおい考えていけば良いさ。
「じゃあ正式に開店する日が決まったらまた連絡する。」
「待ってるわ。期待の買取屋さん。」
お互いに握手を交わし、ニアさんが乳を揺らしながら微笑んだ。




