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448.転売屋はカニを食べる

温泉に入りながらふと思ったことがある。


何か足りないと。


それが何かはわからなかったが、戻ってから冒険者が持ってきた素材を見て確信に変わった。


『ビッグレッグクラブの甲羅。巨大な足を持つカニの魔物。甲羅は固くそのまま盾としても利用できる。食用。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚最高値銀貨3枚最終取引日は二日前と記録されています。』


「これだ!」


「え、なにが?」


「カニだよカニ。」


カニの甲羅を手に急に大声を出す俺をエリザが冷めた目で見てくる。


客の冒険者だけが目を見開いて驚いていた。


「悪い、驚かせた。」


「こいつがどうかしたんですか?」


「いや~、最近カニ食ってねぇなあと思ってな。」


「え、こいつ食えるんですか?」


「え?」


「え?」


「シロウ、こいつ食べるの?」


「むしろ食用だと思うんだが、違うのか?」


「生憎と食べたことはありませんが・・・。そうですか、食べられるんですね。」


同じく鑑定スキルと発動させたミラが納得するようにウンウンと頷いている。


そうか、食わないのか。


「いくらなんでも、カニは食べないわよ。だって不味いもの。」


「不味いのか?」


「生臭いしそれでいて身は少ないし固いし。食べたいと思わないわね。」


「エリザ姐さんの言う通りですって。わざわざこいつを食うなら干し肉かじります。」


「それはあれだ、食い方の問題だ。」


確かに生でも食べれるが、火を通した方が何倍も美味いと思っている。


茹でるか、もしくは焼きか。


匂いがすごいから俺は断然茹で派だな。


この甲羅からしてかなりデカいカニなんだろう。


確か炊き出し用のデカい鍋があったはず。


それを使えば行けるんじゃないか?


「ただいま~って、何ですかこの空気。」


「メルディ、良い所に戻ってきた。北の倉庫に鍋あったよな?」


「鍋ですか?大きいのと中くらいのとどっちです?」


「大きい方で。」


「持ってきたらいいですか?」


「あぁ、ついでに薪と一緒に畑に持ってきてくれ。」


「は~い。」


戻ってきたところ悪いが善は急げだ。


こいつらにカニの本当の美味さを教えてやらねば。


「お手伝いすることはありますか?」


「モーリスさんの所に行ってお酢をもらってきてくれ、ビネガーじゃないお酢っていえばわかる。醤油はこっちから持って行こう。」


「醤油を使うってことは美味しいのね。」


「お前らに本当のカニってやつを教えてやる。だからちょいとこの甲羅の持ち主を中身ごと持って帰ってきてくれ。とりあえず三匹ぐらい。」


「わかったわ。ってことで貴方、行くわよ。」


「え、ちょっと姐さん!」


素材を売りに来た冒険者の腕を引っ張ってエリザがダンジョンへと旅立った。


二・三時間あれば戻ってくるだろう。


それまでに準備をすれば大丈夫だ。


後ろに客もいないので早々に店を閉める。


必要なものはマスターに借りればいいだろう。


「アネット、二時間後に畑に集合な!美味いもの食わせてやる。」


「は~い、わかりました~。」


これでよしっと。


店を出てひとまずマスターの店へと向かう。


「マスター、ちょっといいか。」


「なんだよ来て早々に。」


「カニ、食ったことあるか?」


「あるにはあるがあまり美味いもんじゃねぇな。」


「マジか。」


「生臭いし身は少ないし、酒にも合わん。」


「それが合うって言ったらどうする?」


「なに?」


「とりあえずきりっとした感じの清酒が欲しい。最近モーリスさんの所から仕入れたやつがあっただろ?」


「あの米から作ったってやつか?」


「それだよ、絶対合うから。」


ワインやビールが合うなんて聞くが、やはりカニは日本酒だろ。


モーリスさんに無理言って探してもらったが、仕入れておいてよかった。


値段?


聞くな。


「お前がそこまで言うなら本物なんだろう、わかったどこに持っていけばいい?」


「二時間後に畑に来てくれ。ついでに皿とかも頼む。」


「それは自分で持っていきやがれ、場所は知ってるだろ。」


くそ、めんどくさいから持ってきてもらおうと思ったのに。


仕方がない。


普段使わない小皿と細めのマドラーを何本か拝借して畑へと向かう。


カニスプーンが欲しいが、無いものは仕方がない。


後はハサミもはい・・・らないか。


かなり丈夫な甲羅してたし普通のハサミじゃどうしようもなさそうだ。


エリザ達の武器を借りるとしよう。


ガチャガチャと音を立てながらゆっくり皿を運び、畑へと到着すると早くも大鍋が届いていた。


「シロウ様!準備出来ました!」


「良い感じだ、さすがメルディ。」


「えへへ、美味しいものが食べられると聞いてつい。」


「材料はエリザが運んでくるからそれまでに湯を沸かして、皿を並べてくれ。かなりデカいから燃料ガンガン頼むぞ。」


「白炭使います?」


「いや、アレはいい。鍋が溶ける。」


「ですね。」


火力が強すぎるのも困りものだ。


とりあえず大量に水を入れて沸かしながら同じく大量に塩を入れる。


あまり塩辛いのもあれだが、ダンジョンのカニだしなかなかに生臭いらしいので念のためだ。


「もってきたわよー!」


「こっちだ、ってかデカいな!」


「本当に食べられるの?」


「もちろんそうだが、おい、生きてるのか?」


「半分?」


「まぁいいか、暴れたら何とかするだろ。」


良い感じにお湯が沸騰したところにエリザ達が戻ってきた。


足を広げれば2mはありそうな巨大な足のカニ。


甲羅部分も大きいが、突出すべきはその足だ。


タカアシガニってのもいるがあれを二倍ぐらい足太くした感じ。


こりゃ食いでがありそうな足だなぁ。


まだいきているのが、少しだけ足を動かしているカニを軽く水洗いした後鍋にぶち込む。


断末魔の叫びならぬ動きを見せたが、すぐにエリザに押さえこまれていた。


合掌。


「茹でるのね。」


「あぁ、焼いても美味いだろうが臭いがどうしてもな。生は・・・なんとなくやめとく。」


「それがいいわ、美味しくないから。」


「でもあのカニですよね?本当に上手いんですか?」


「塩ゆでだから臭みも取れるし味もしっかりするだろう。多分な。」


「多分ですか。」


「まぁ、食ってから考えろって。ミラ、酢醤油の準備は?」


「大丈夫です。」


後はゆであがるのを待つだけだ。


待つこと15分ほど。


最初こそはみ出していた足も良い感じに閉じてぐつぐつと茹でられている。


煮汁が透明から白に変わり、おなじみのあの匂いが香ってきた。


「あ、なんかいい匂い。」


「だろ?こいつはあたりだ。」


「ハズレとかあるの?」


「ハズレは臭いがよくない。甘い匂いがしたやつはうまいな。」


「へ~。」


「そんじゃまそろそろ良いだろう。こいつを出してそこの台の上にのせてくれ。」


「わかった。誰かそっち持って!」


二本の槍を足の隙間に通して別の場所に用意しておいた大きな台の上にのせる。


真っ赤に茹で上がったカニからもくもくと湯気が立つ。


さて、ここからが勝負だ。


「まず足を折る。関節は柔らかいから刃物か何かでさして一気にやってくれ。」


「よっこい・・・しょ!」


「折れた!」


「8本全部頼むぞ。折れたらこっちの台において同じく節から折る。」


「了解っす!」


エリザが持ち帰ったカニを見ていつの間にか他の冒険者が集まっていた。


彼らの手を借りながら足を折り、甲羅を叩いてなんとか切れ目を入れた。


後は・・・。


「よーし、押してそこのさらに中身を出せ!」


「「よいっしょー!」」


心太のように棒で押し込むと反対側からプリプリの身が勢いよく飛び出した。


あ~早く食べたい。


「よし、それじゃあ食べてみるか。」


念のために鑑定してからな。


『ビッグレッグクラブの茹で身。毒はない。食用。取引履歴はありません。」


まだ誰も取引したことないのか。


流石にダンジョンの中じゃこんな作業できないし、無理もない。


ホースよりも大きな身を掴み、用意した酢醤油に付けて口に入れる。


噛む。


噛んで噛んで噛んで!


「・・・どう?」


「食べるな。」


「ほらやっぱり美味しくないんだ!」


「違う、俺が全部食う。やばい、マジ美味い。」


言葉が出なかった。


身はプリプリで、でも臭みもなく、カニ独特の風味が口いっぱいに広がり、かつ酢醤油がさっぱり感も出している。


そんな御託はどうでもいい。


とりあえず美味いそれで十分だ。


「あ、こら!独り占めしないでよ!」


「ほんとだ!全然臭くない!」


「なんだこれ、こんなの初めて食べた!」


「やべぇ、止まらねぇ。」


「おい、次の身出せよ!ほらはやく!」


「お前がやれって!」


「次茹でようぜ!もう一匹狩ってこい!」


「了解っす!」


味を知った冒険者は動きが早かった。


エリザが取ってきたカニは早々に消費され、それから夜まで延々とダンジョンから持ち込まれたカニが茹でられ続ける。


生まれて初めて出会う味。


誰も知らなかった食べ方に、出会ってしまったわけだしそれも仕方がないだろう。


もちろんマスターのお酒は最高に美味かった。


「シロウ!これ売れるわ!」


言われんでもわかっとる、素人は黙っとれ。


カニを口いっぱいに頬張るエリザに負けずに俺もカニを頬張りながら次の儲けを考えていた。

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