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441.転売屋は悩む

父親になった。


らしい。


いや、ちゃんと理解しているし納得もしている、むしろ幸せを感じている。


感じているよ?


だが、なんていうか、落ち着かないんだよ。


別に悪いことをしたわけじゃないのに後ろめたいというか、俺なんかが父親になっていいんだろうかとか。


ほら、異世界から来たわけだろ?


だから急にいなくなったらどうしようとか思うわけですよ。


それなりに稼いでいるし、俺がいなくても女たちはやっていけるだけの技量を持っているけれど、それでも無責任にいなくなるわけだ。


それが怖いというか申し訳ないというか。


ともかく落ち着かない。


その一言が一番しっくりくる。


「次。」


「シロウさん、なんだか調子悪そうっすね。」


「そんなことないぞ。ほら、何を買い取るんだ?」


「これ、お願いするっす。」


とりあえず今は仕事に集中しろ。


仕事をしていたらとりあえずは何も考えなくて済む。


え~っと、次の品はっと。


『蠱惑の肌着。これを身に着けて異性を誘うと相手は意中の異性に誘われているように錯覚する。最近の平均取引価格は銀貨12枚、最安値銀貨4枚、最高値銀貨18枚。最終取引日は193日前と記録されています。』


「・・・店間違えてないか?」


「間違えてないっす!っていうかここしか買い取ってくれそうなところ無いんですよぉ。お願いします、何とかしてください!」


「いや、何とかって。これもダンジョンから出てきたのか?」


「むしろそこ以外にどこから出てくるっすか?」


「だよな。」


「無茶苦茶恥ずかしかったんですから、マジで何とかしてください。」


いや、何とかといっても俺が出来るのは買取だけ。


フリルのたくさんついた白い紐パン。


そりゃこんなのがだから箱から出てきたら恥ずかしいよなぁ。


とりあえず叫ぶね、『なんじゃこりゃ~!』って。


「銀貨6枚な。」


「え、そんなに?」


「見た目はあれだが物はそれなりだ。場所によっては高値で売れるだろう。」


「えっと、マジっすか?」


「彼女にでも渡せば喜ぶんじゃないか?」


「・・・彼女いないんで買い取りで。」


「そうか。」


男二人が白の紐パンを見つめながら何とも言えない顔をしている。


よかった、横にミラがいなくて。


紐パンを下の箱に突っ込み、銀貨を6枚積んでやる。


「次はもう少しまともなやつ頼むな。」


「うぅ、俺だってこんなの出てきてほしくなかったんですよぉ。」


「まぁ良いじゃないか、美味いもん食ってこい。」


「そうするっす。」


冒険者に同情しつつ次の客を呼ぶ。


だが、さっきの冒険者で最後だったらしく。


後ろには誰もいなかった。


とりあえず午前中にしては来た方か。


カウンターをくぐり、外にぶら下げた看板を閉店中に替える。


あ~疲れた。


伸びをするとポキポキと体中の骨から良い音がする。


さて、とりあえず仕分けをしてそれから飯の準備をするか。


店には誰もいない。


エリザはダンジョンだしメルディは倉庫整理、アネットは竜宮館含めた娼館への避妊薬の納品、ミラはハーシェさんと共に使用人の選定をレイブさんの店でやっているはずだ。


残った暇人もとい俺は仕方なく留守番をしているというわけだ。


仕方なく?


いや、仕事だ。


決して心ここにあらずだからではない。


はぁ、父親か・・・。


っと、また変な思考に入ってしまった。


いかんいかん。


仕分けだったな。


そして飯だ。


いつもなら飯の準備をしてから仕分けをするが今日は時間を掛けよう。


のんびりと仕分けをして少し遅めの昼食を摂る。


飯もいつもの何倍も時間を掛けて作った。


何なら夕食の仕込みまでした。


とことん時間を掛けたおかげでそろそろ午後の営業を始める時間になってしまった。


よしよし、忙しいのはいいことだ。


そんな期待を込めて表の札をくるりと回す。


さぁ、かかってこい冒険者共。


俺が全て鑑定しつくしてやる・・・。


はずだったんだが、なぜか客は来なかった。


待てど暮らせど時間だけが過ぎていく。


そして何もしない時間が続けば、例によって例のごとく考えてしまうわけだよ。


おかげで負のスパイラルに入ってしまいテンションはがた落ち。


はぁ、なんで俺なんか・・・。


「ただいま~、ってシロウ何してるの?」


「見てわからないか?落ち込んでいるんだよ。」


「なんで落ち込むの?」


「そりゃぁお前・・・。」


はて、なんで落ち込んでいたんだったっけか。


それすらも忘れるぐらいの状況になっていた。


いかん、いかんなぁ。


「とりあえずお前着替えてこい、返り血すごいぞ。」


「あ、うん。すぐに着替えるね、これ素材。」


「鑑定しとく。」


とりあえず仕事が来た。


返り血まみれのエリザが二階に上がる音を聞きながら持ち帰った品を確認する。


『エッグドラゴンの卵。有精卵。ドラゴン亜種の中でも特に栄養価が高く、有精卵を食べると三日三晩動き続ける程の精力を得ることが出来る。最近の平均取引価格は銀貨42枚。最安値銀貨29枚、最高値銀貨61枚。最終取引日は299日前と記録されています。』


『ファイヤーオニオーンの根っこ。自らの熱量で燃え続けるオニオーンは、食べた者に無尽の活力を与えると言われている。最近の平均取引価格は銀貨11枚、最安値銀貨7枚、最高値銀貨26枚。最終取引日は41日前と記録されています。』


『バジリスクの尻尾。目を見ると相手を石化させる事で有名なバジリスクだが、実は栄養価が高く各部位は薬に利用されている。特に尻尾は精力アップに効果的。最近の平均取引価格は銀貨27枚、最安値銀貨19枚、最高値銀貨41枚。最終取引日は24日前と記録されています。』


卵にニンニク、トカゲのしっぽ。


他にもねばねばした木の根っこだの血の滴るお肉だの、なんていうか栄養価の高そうなものばかり持って帰ってきている。


栄養価じゃねぇな、精力だな。


これ全部そっち系の素材だわ。


「あ~さっぱりした。」


「おいエリザ。」


「あ、鑑定終わった?全部でいくら?」


「銀貨81枚。」


「まぁそんなところよね。」


「なぁ、なんでこんな素材ばかり・・・。」


「ねえアネットは?アネットはまだ帰ってないの?」


「まだ帰ってきてない。だからこの素材のだな。」


「ただいま帰りました!あ、エリザ様お帰りなさい。」


問いただそうと思ったらアネットが戻ってきた。


そのまま俺の横を通り過ぎてカウンターの上に乗った素材を見ながら話し込んでいる。


どうやらアネットが頼んだ素材だったらしい。


なるほど、薬の材料か。


てっきり俺に使うつもりなのかと思ったが、勘違いだったようだ。


「ねぇ、ミラは?」


「まだレイブさんの所じゃないか?」


「そっかそっか。」


「そうだ、マリーさんとアニエスさんが呼んでましたよ。」


「え~、でもそうよねぇ。」


「他にもイライザさんとかエルロースさんとかモニカさんとかも名乗りを上げています。」


「え!?モニカちゃんも?」


「私的にはそろそろ良いかなって思うんですけど、どう思いますか?」


「それはミラに相談してからね。」


なんだかよくわからない話をしているんだが。


おーい、俺無視か?無視なのか?


「ただいま戻りました。」


「すみません、遅くなりました。」


「おかえり・・・ってハーシェさんも一緒なのか?」


「はい。今日はこっちでお食事を頂けると聞きまして。」


「シロウ様の事ですからたくさん仕込んでくださっていると思っていたのですが、この匂いは図星ですね。」


「何故分かった。」


「シロウ様の事です、色々考えすぎて弱気になっているのでしょう。それを忘れたくて手を動かすと、必然的に料理しか残りませんから。」


はい、大当たりでございます。


なんだよエスパーかよ。


俺の行動全部読まれているとか、正直かなり恥ずかしいんだけど?


「ねぇねぇ、今日は何?」


「色々だ。」


「そっか、じゃあ準備しちゃうね。ハーシェさんは奥の椅子で座って待ってること。アネット、お皿・・・いや、ミラお願いね。」


「かしこまりました。」


「あれ、アネットは?」


「私はちょっと準備がありますので。あ、素材ありがとうございました。」


飯の準備をするエリザとミラをよそにアネットは素材を抱えていそいそと上に帰っていった。


飯までには降りてくるだろうが、急ぎの依頼なんだろう。


とりあえず俺も準備に混ざり、大量の料理が食卓に並べられた。


うん、作りすぎた感はある。


「すごいですね、これ全部シロウ様が?」


「男の手料理だ、味は期待するな。」


「とかいって美味しいのよね~。」


「今後はこれを皆さんと頂けるなんて、夢のようです。」


「あ~、まぁ、そうなるな。」


なんとなくハーシェさんがいると緊張するというか、色々思うところがあるというか。


そんな変な気持ちを振り払うべく、駆けつけ三杯ほど酒を流し込んだ。


良い感じでアルコールが回りだす。


よし、絶好調!


「お待たせしました。」


「アネット、お疲れ様。ほらシロウ、酔っぱらう前に薬貰いなさい。」


「別にまだいいぞ?」


「いいから。酔い覚ましじゃなくて二日酔い防止だから。」


確かにすきっ腹に入れると残り易いからな。


有難くいただくとしよう。


アネットの薬を飲み、皆で食事を楽しむ。


うむ、美味い。


食事が進み、そろそろ終わりというところに来てエリザが急に立ち上がった。


「はい!ちゅうも~く!」


「なんだよ急に。」


「ハーシェさんの妊娠が判明したことで今後の方針が決まったから報告するわね。」


「今後の方針?」


はて、何かあっただろうか。


みんなで引き続き稼ごうって話はしたが、それ以外にはなかったはずだ。


「正直次が誰っていうのは決められないので、それぞれが努力してシロウを誘惑していくしか無いと思うの。なので!今後は複数人でするのはやめて一人がシロウを独占することにしようと思うの。これがその当番表ね。」


バッとエリザが広げた巻物には複数の名前が書いてある。


ミラ、エリザ、アネット、マリーさん、アニエスさん、エルロース、モニカorイライザ。


共通するのはどれも俺の秘密を知っている人・・・いや、モニカは知らないか。


とにもかくにもそういった女の名前が並んでいた。


「順番って、何考えてるんだよ。」


「だって仲間はずれをつくったら可愛そうでしょ?ハーシェさんが出産するまでに全員妊娠させてもらうから。」


「いや、貰うからって。」


「ちなみに妊娠したらその人は抜けて、他の人が順番をつめるの。そうすれば後半は回数が増えるからその分可能性もあがるわ。」


まったく意味が解らない。


ちょっとエリザに何か言ってやってくれとミラやアネットの方を見たが二人は真剣な面持ちでエリザを見つめていた。


「だってシロウったら子供が出来た途端急にクヨクヨするんだもの。どうせ責任がとかどうでもいいこと考えてるんでしょ?それなら一気に子供が増えた方が考える暇もなくなるじゃない。どうせ遅かれ早かれみんなにも子供ができるんだし、それなら喧嘩しない方がみんなも納得するでしょ?」


「・・・・・・・・・。」


「ちなみにルティエとビアンカも候補だったんだけど、仕事があるから今回は遠慮してもらったの。でも、みんな妊娠しだしたら加わってもらうかもね。」


開いた口が塞がらない。


ついこの間同じことをやった気がするが、また同じ状況になってしまった。


エリザの発表に二人も大きく頷いている。


もう何も言うまい。


俺は天井を見上げ、酔いと共に大きなため息をついた。


一つわかったのは 俺が一日うんうん悩んでいた事は女達にとってちっぽけな悩みでしかないということだ。


母は強し、いや女は強しだな。


「だから、何も心配しなくていいからね。」


そう言いながら満面の笑みを浮かべるエリザに向かって、俺は無言で酒を注いだ。

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