435.転売屋は逃げ出した奴隷を捕まえる
一日予約がずれておりました、申し訳ありません。
逃げ出した。
何かするだろうなとはなんとなく覚悟していたが、まさか買われた初日に逃げるとは思わなかった。
なんていうか、反抗するとか暴れるとか前みたいに豹変するとか。
そんな感じの覚悟だったので、逃げるという選択肢はなんていうか拍子抜けだ。
報告を受けた俺達は大きなため息をつき、ゆっくりと行動をし始める。
慌てなくていいのかって?
問題ない。
ここをどこだと思ってるんだ。
草原のど真ん中、徒歩で逃げる場所なんてどこにもないのだから。
「それじゃあ後は任せた。」
「かしこまりました。」
「使用人のみんなには落ち込まないように言っておくわ。」
「あぁ、そうしてやってくれ。」
「まったく、逃げるならもっと計画的にやりなさいよね。」
「昨日の今日だ、まさかウィフさんの屋敷に入れられるとは思わなかったんだろう。むしろ、それで思いついたのかもな。勝手知ったるなんとやらだ。」
この家だったら階段を降りるためにどうしても俺達の部屋を経由しなければならない。
狭い家だ、人の動きがあればすぐわかる。
だが、屋敷はそうじゃない。
使用人も少なく、何度も来ていたのであればどこが出入り口かわかっているわけで、脱出するのは容易だったんだろう。
だが無計画にも程がある。
この街に生まれこの街で育ったのであれば、逃げる場所なんかないとわかるものだと思うけどなぁ。
店を出てそのまま畑へ。
「ルフ、仕事だ。」
「わふ?」
「この匂いの持ち主を探してくれ、出来るよな?」
ブンブン。
当たり前だと言わんばかりに大きく尻尾を振る。
ルフに続いてレイも尻尾を大きく振った。
ちなみにレイはルフの娘、灰色の毛並みだからレイ。
わかり易いだろ?
「お前も来るのか?」
ブンブン。
母親の真似をして大きく尻尾を振る。
ルフがいれば大丈夫だろうが、まぁ散歩ついでに連れていくか。
ルフにかがせたのはイザベラさんの着替え。
あえて言うが肌着じゃないぞ、昨日湯あみをした後に洗濯する予定だった奴だ。
さすが元貴族、所持していた荷物もなかなかに多い。
家を追われた時に貴金属なんかは手放したようだが、服や日用品なんかはそれなりの量を持っていたようだ。
レイブさんから渡されたときには目を疑ったよ。
アネットもミラも体一つだっただけに、待遇がコレほどまでに違うとは。
レイブさんも性格が変わるぐらいに大変だったんだなぁ。
匂いをかいだルフがすぐに行動を始める。
向かったのは女豹のいる隣町へと続く街道。
まさか分かりやすい街道を進んでいるとか?
いやいや、そもそも隣町まで徒歩で行くとかまともじゃない。
金のない冒険者ですら乗合馬車を使うんだぞ?
いくらなんでも無謀すぎる。
一応魔物とかも出るんですけど・・・。
せっかく買った奴隷に一日で死なれても困る。
ルフとレイの後ろについて小走りで街道を走ること30分ほど。
道の向こうに人影が見えてきた。
「あれか?」
「ワフ。」
どうやら間違いないようだ。
日も高く上り、近づけば太陽の光を浴びて白髪が金色に輝いている。
後200mぐらいの所でこちらに気づいたのか、一度後ろを振り返り慌てたように走り出した。
やれやれ、無駄だってのに。
「ルフ、前に回りこんでけん制してくれ。くれぐれも噛むなよ。」
返事を確認するまもなく、一瞬でトップスピードまで加速したルフが一気にイザベラさんへと接近する。
すばやく前に回りこんだところで大きな悲鳴が聞こえてきた。
「イヤ!食べないで!」
必死に手を動かしてルフを威嚇するイザベラさん。
なんていうか腰が引けてしまって、へたくそな踊りを踊っているようにも見える。
あまりにおかしくて近づきながら笑ってしまった。
「おい。」
「お願い!助けて!」
俺の声に首だけ振り返り助けを請うイザベラ。
その顔は恐怖におびえていて、この前のような気の強さはまったくない。
「助ける?自分で逃げ出したんだろ、食い殺されればいいじゃないか。」
「イヤよ!こんな所で死ぬなんて!お願い!何でもするから!逃げないから!」
「いや、現に逃げてるし。」
ルフが少しずつ近づきうなり声を上げる。
その声にまた短い悲鳴を上げて縋る様な目を向けてきた。
面白いな。
まるでおもちゃみたいだ。
俺にこんな嗜虐さがあるとは知らなかった。
なんていうか、こいつはもっと痛めつけてやるべきだとつい思ってしまう。
怯えた顔が妙にそそられるんだよな。
ルフに目配せをすると、大きな声で吠えた。
それはもう飛び切り大きな声で。
隣で様子を見ていたレイがびくりと震えるような吠え方だった。
「いやぁぁぁぁ!」
食われる、そう思ったイザベラが大きな声で叫び、そしてその場にへたり込んでしまった。
「あ、あ、あぁ・・・。」
肩を落とし小刻みに体が震える。
しばらくすると、へたり込んだ地面の色が変わっていることに気がついた。
漏らしたか。
ルフがクンクンと濡れた地面を嗅ぐが、本人は放心したまま反応しない。
「ルフ、もういいぞ。」
「ワフ。」
もう終わり?という感じで首をかしげルフが俺の横にぴたりとつく。
それでも放心したままのイザベラが動くことはなかった。
「おい。」
「え?」
「逃げないのか?」
「え、あ・・・。」
「まぁ、逃げられないよなぁその恰好じゃ。それに逃げたところで今度こそ食われるのがオチだ。だが簡単に死ねると思うなよ?奴らいたぶるのが好きだから死ぬギリギリまで痛みを味わうことになるだろうな。」
「わ、私が死んだらどうなるかわかっているの!?」
「お前だってわかってるのか?自分勝手な行動で世界が滅びるんだぞ?それがわかってそうやって逃げ出したんだよな?」
「ち、違う、私はただ隣町に・・・。」
「いったいどれだけ離れてると思ってるんだ?バカなのか?冒険者ですら乗合馬車を利用する距離だぞ?それとも誰か通りがかってくれると思ってるのか?もしそうだとしたらとんだ世間知らずだな。」
そこまで言って鼻で笑ってやる。
するとその態度が気に入らないのか、しょんべんまみれの恰好で睨みつけてきやがった。
「誰か通りかかってくれたらこ、こんな事には・・・。」
「それが盗賊だったらどうする?お前みたいな美人、魔物に食い殺された方がマシだと思うぐらいに使われるだろうなぁ。やつらがどうするか知ってるか?まずは足の腱を切って逃げられなくするんだよ。その後、穴がガバガバになるまで使って、締まらなくなったら物を入れて遊ぶんだ。最後は中から壊されて山に捨てられるか、それとも延々と子供を孕まされるか。母親が美人だからな、産まれてくる子供は女でも男でも高値で売れるだろうよ。」
と、適当なことを言ってみる。
この世界の盗賊が本当にそんなことするかは知らないが、まぁ想像するとこんな感じの事をさせられるだろう。
俺が盗賊ならそうするね。
やつら女に困ってそうだから、それじゃ済まないかもしれない。
だが、そんな嘘八百でもこの女をビビらすにはちょうど良かったようだ。
ルフにビビらされた時のように目を真ん丸にしながら、俺の視線を浴びて両手で自分の体を隠している。
元貴族のお嬢さんには刺激が強すぎたようだ。
「それでもまだ逃げるのか?」
「に、逃げないから、もう二度と逃げないから・・・。」
「からなんだ?」
「・・・連れて帰ってください。」
「しょんべんまみれの女を介抱する趣味はない、自分で歩け。」
漏らしたことを知られていたのが恥ずかしかったんだろう。
火が出るように顔を赤く染める。
はぁ・・・気は強いが中身はただのビビりかよ。
金貨1000枚も出していったい何に使えばいいんだか。
「あ、あれ?」
「おい。」
「た、立てないの。」
「知るか。」
イザベラは顔を真っ赤にしながらも何とか立ち上がろうとする。
だが腰が抜けてしまったのか、なかなか立ち上がれないようだ。
俺は再び大きなため息をつき、踵を返す。
「待って!お願い!置いていかないで!」
「うるせぇさっさと立てよ。」
「立てないのよ!」
「ったくめんどくさい女だな、お前は!」
大声を出しながら必死に伸ばした手を掴み引っ張ってやる。
思った以上に軽かった。
エリザぐらいの重さを想像していたので勢いあまってイザベラが俺の方へと飛んでくる。
慌てて体を押さえようとするとちょうど胸に手が当たってしまった。
不可抗力だ。
断じて狙ったわけじゃない。
てっきり叫ばれると思い身構えたが、顔を赤くするだけで何も言ってこなかった。
何か言えば捨てられる。
勝手にそんなことを考えたんだろう。
もしウィフさんがいなければ手を出しているぐらいに良い女ではある。
だが、俺の好みじゃないしもう先約がいる。
そんな相手に手を出すほど生憎と女には飢えてない。
「自分で立て、もう歩けるだろ。」
「は、はい。」
「安心しろ、お前みたいな女に興味はねぇ。」
「し、失礼な・・・!」
「なんだよ。」
「なんでも、ありません。」
「良いからちゃっちゃと歩け、ルフに食わせるぞ。」
「ガゥ!」
「食べないで!歩くから!」
ほんと面白い女だな、なんて言ったらウィフさんに怒られてしまうが、本当にそう思うんだから仕方がない。
その後半泣きのイザベラを連れて昼過ぎぐらいに屋敷へと戻った。
「おかえりなさいませ。」
「ただいま。悪いが風呂に入れてやってくれ、それが終わったら部屋に鍵をかけて出られないようにしろ。もっとも、また出るような馬鹿じゃないとは思うがな。」
「かしこまりました、イザベラさんこちらへ。」
「・・・はい。」
ミラに呼ばれても今度はあの睨むような眼をすることはなかった。
やれやれ、これで終わり・・・じゃないんだよなぁ。
「シロウ様。」
「レイブさんか。」
「この度は誠に申し訳ございませんでした。」
「あいつはもう俺の奴隷だ、レイブさんが謝るようなことじゃない。」
屋敷に戻ると、女たちの他にレイブさんも俺の帰りを待っていてくれた。
それはもう申し訳なさそうな顔で。
「ですが・・・。」
「悔やむんなら監視用の奴隷を貸してくれ、それと来月になったら使用人がいなくなる。代わりを見繕いたいんだが。」
「最高の者をご用意いたします。」
「悪いが宜しく頼む、ただし貸出だからな。まだ買うとは言ってないからな。っていうか買う金がねぇ。」
「もちろんわかっております。」
本当にわかっているだろうか。
なんだかんだ言って新しい奴隷を買わせようとする人だからなぁ、この人は。
「で、話ってのはそれだけじゃないんだろ?」
「わかりますか?」
「じゃないと、こんなところまで来るわけがない。」
さっきも言ったように、イザベラが逃げたのは俺が買ってからだからレイブさんに非はない。
にもかかわらずわざわざ屋敷まで来て頭を下げるってのは、何かあるってことだ。
はぁ、めんどくさい。
本当にめんどくさい。
こんなことになるのなら買わなきゃ良かった、そう後悔してももう遅いんだよなぁ。
「で、何があったんだ?」
「買い手に名乗りを上げていた方が、今回の購入に文句を言ってきまして。」
「はい?」
「ひとまずこちらで何とかしてみますが、相手が相手だけにどんな手を使ってくるかわかりません。一応お耳に入れておこうかと。」
「はぁ、マジでめんどくさい。」
思わず声に出てしまった。
なんで俺がこんな目に合うんだろうか。
うなだれる俺の肩ををレイブさんがポンポンと叩く。
どうやら買って終わりという事にはならないようだ。
はてさてどうなることやら。




